間章 ラモラック卿――チャールズ・グリフィス(23歳)の診察録音記録

「――チャールズ・グリフィスさん……ほう、プロのフットボール選手さんですか。それはすごい」


「ま、最上位のプレミアリーグでも、その下のチャンピオンシップでもなく、さらにその下のフットボールリーグ1だけどな」


「いや、それにしてもプロの選手とは大したものですよ。クラブはどちらで?」


「カンタベリー・シティだ。そこでフォワードをやってる。出身もそっちなんだ」


「おお、カンタベリーですか。それはそれは……で、お悩みは不倫関係とのことでしたが、もう少し詳しく話していただけますか?」


「ああ、話してもいいが……秘密は絶対、守ってくれるんだろうな?」


「勿論です。患者クライアントの情報を外部に漏らすようなことは決していたしませんのでご安心ください」


「絶対えだぞ? こいつがバレたら、それこそ俺は身の破滅だ」


「まあ、不倫というものは世間一般から見て反道徳的な行為ですからね。スキャンダルは避けられない。相手の旦那さんとも争いになるでしょうし……」


「いや、そういうことじゃねえんだ……その不倫の相手ってのが問題なんだよ。よりにもよって、手を出しちゃいけねえ女に手を出しちまった……」


「……と、言いますと?」


「その相手ってのはな、実は同じケント州のライバルチーム、ドーバー・ユナイテッドの監督の若奥様だったんだよ」


「ほう……それはまた、確かに厄介なお相手ですな。もし周囲に知られれば、身内からは敵への内通者と思われるでしょうし、あちらからはその監督の奥さんと組んでのスパイ容疑をかけられるでしょうな」


「ああ。その通りだ。今のクラブにもいられなくなるだろうし、下手すりゃあ、フットボール界からも追放されるかも知れねえ……」


「事態は深刻ですな……しかし、どうしてまた、そのような女性と?」


「いや、初めは知らなかったんだ。エミリー……その相手の女と知り合ったのは地元のクラブでだった。旦那はもうジジイだが、エミリーは30そこそこで見た目はそれ以上に若い。きっと旦那に飽き足らずに男を求めて遊びに来てたんだろう。そこを俺がナンパしたってわけさ。それ以来、付き合ってるが、あいつがドーバーの監督夫人だと知ったのはそれよりもずっと後のことだ。人妻だってのはわかってたけどな」


「なるほど。そういう経緯でしたか……で、その事実が判明してからは関係を終わりにしようと思わなかったのですか?」


「それができたら苦労しねえよ……だがな、俺はあいつに本気で惚れちまったんだ!エミリーは綺麗だし、妙な色気があるし、まあ、結構、淫乱な女だが、そこがまた男を虜にさせる。俺にはもう、あいつと別れるなんてことは考えられねえんだよ!」


「その相手の女性と旦那さんとのご関係はどうなのですか? もし、夫婦生活が冷え切っているようでしたら、離婚して、堂々とあなた方が恋人同士になることも…」


「いや。エミリーの方はもう冷めてるが、旦那はエミリーのことを愛してる。俺とのこともまだ知らねえが、もしそれを知ったら激怒するに違いねえ。俺も何をされるかわかったもんじゃねえよ」


「ふーむ……その女性とは別れられないし、さりとて、このままでは身の破滅か……これは確かに厄介ですな」


「ああ。厄介も厄介、大厄介だぜ……なあ、あんた、恋愛問題のカウンセラーなんだろ? だったら教えてくれよ! 俺はいったいどうすればいいんだよ!」


「まあ、まあ、落ち着いてください。グリフィスさん。あなたの話を聞いて、一つ、気付いたことがあります」


「気付いたこと?」


「はい。あなたの抱えているその問題は、アーサー王の円卓の騎士の一人、ラモラック卿のそれと非常によく似ているということです」


「ラモラック? ……誰だそりゃあ?」


「ご存じありませんか? ラモクスとも呼ばれるペリノア王の息子で、兄弟にトー卿、アグロヴァル卿、パーシヴァル卿がいます。マロリーの『アーサー王の死』では、ランスロット卿、トリスタン卿と並ぶ非常に武勇優れた騎士として描かれている人物ですよ」


「さあ、知らねえな。アーサー王と円卓の騎士くらいは俺も聞いたことあるが……」


「このラモラック卿もあなたと同じでしてね。彼はアーサー王の姉で、アーサーと敵対して敗れたオークニーのロッド王の妻モルゴースと関係を持っていたのです。しかも、自身はそのロット王を討ち取ったペリノア王の息子という最悪の立場でです。つまり、彼もあなたと同じように、敵チームのトップの奥さんと不倫関係にあったということですよ」


「そうなのか? それは確かにちょっと似てるかもしれねえな……なんだか親近感が湧いてくるぜ」


「それも、ラモラック卿のモルゴースへの愛はかなりのものでしてね。一度などは、自分の愛するモルゴースとアーサー王の王妃グウィネヴィアのどちらが美しいかで、グイネヴィア妃に恋するメレアガンス卿という騎士と決闘に及んだりしています。さらにこれを仲裁に来たはずのランスロット卿もグウィネヴィア妃を愛していたものですから、彼もグィネヴィア妃の方が美しいと主張してラモラック卿に決闘を挑んでしまい、結局、プリオベス卿が〝自分の愛する貴婦人が一番美しいと思うのが当然であり、どちらの発言も正しく、争うべきではない〟と仲裁してその場は収まるのですがね」


「へえ、なかなか情熱的なじゃねえか。ま、その気持ち、今の俺にはわからんでもないけどな」


「ただし、このモルゴースへの愛がラモラック卿を破滅へと導いてしまうのです。彼とモルゴースが関係を持つことを、ロッド王とモルゴースの息子であるガウェイン卿、アグラヴェイン卿、ガヘリス卿達は快く思っていなかった。何せ、自分達の父の仇が母親の愛人なのですからね」


「ま、そりゃそうだろうな」


「そして、ついにガヘリス卿は二人が一つの布団に寝ているところへ押し入って、モルゴースを斬り殺してしまいます。この時、武装していない騎士を殺すのは騎士道にもとるということでラモラック卿は命を奪われずにすみますが、その後、サールースで行われた槍試合の終了後には、ガヘリス卿達三人にさらにモルドレッド卿を加えた四名の騎士に襲撃され、槍試合で疲労していたラモラック卿は敢えなく殺されてしまうのですよ。この敵側の女性との不倫による身の破滅……これも、あなたの行く末に待つ結末を何か暗示しているように思えませんか?」


「ああ、そう考えるのは嫌だが、確かにこの先の俺達に待っているのはそれと同じように身の破滅だ……でもよ、そのラモラックだかと俺の状況が似てるからって、なんだって言うんだよ?そんなことよりも俺が教えてほしいのはな、この問題をどうやったら解決できるかっていうその方法だ!」


「まあまあ、話は最後までお聞きなさい。このラモラック卿とあなたの類似こそが、あなたの問題を解く鍵なのです」


「はあ? ……どういうことだよ?」


「つまりですね、このすべての問題の原因は、あなたの前世がラモラック卿であったことにあるのですよ」


「は? 前世⁉ ……おいおいおい、ちょっと待ってくれよ。そりゃ、確かにラモラック卿も同じような問題抱えてるし、俺も前世とか幽霊とか、そういうの結構、信じる方ではあるけどよ。だからって、いきなりその野郎が俺の前世だなんて言われてもな……おい、これは何かの冗談か? それとも、ここはカルトかなんかなのか?」


「いいえ。冗談でもカルトでもありません。それが事実なのです。あなたとラモラック卿の類似は抱えている問題だけではありませんよ? 先程もお話いたしましたように、ラモラック卿は円卓の騎士団の中でも一、二を争う非常に武勇に優れていた人物でしたが、あなたもご自分のクラブの中ではフォワードとして常に最前線で戦う、いわば最も勇猛な戦士です」


「それはまあ、そう言われてみれば、そうだが……」


「それにあなたの経歴や、今、診させてもらったあなたの言動などから察するに、あなたはその熱しやすい性格からチームメイトと衝突することも多いのではありませんか?」


「ど、どうしてそれが……」


「やはりそうですか……あなたの前世――ラモラック卿もそうだったのです。ある槍試合の際、ラモラック卿は既に何十人もの騎士を相手にして疲労していたのですが、そんな彼と闘うのは騎士道に反すると考えたトリスタン卿がその対戦を拒否すると、彼はこれを自身に対する侮辱と考え、トリスタン卿と対立するようになります。例えば、トリスタン卿とアイルランドのイゾルデ王妃の不倫を暴こうと〝不貞をしている者が飲むと、飲み物がこぼれる魔法の杯〟をアイルランドに送りつけ、トリスタン卿を激怒させたりといったように」


「なんだ、そのふざけたグラスは? 俺はそんな手の込んだ嫌がらせはしないぜ?」


「いや、重要なのはそこではなく、槍試合がもとで対立しているということです。同じような理由から、ランスロット卿とも諍いを起こしていますね。まあ、どちらとも、その内にお互いの武芸に感心し、以後は友人となっていますがね。あなたの場合も、それはフットボールへの情熱ゆえの争いですから、いつもすぐに和解されるのじゃありませんか?」


「ま、まあ、そう言われると、確かにそれも当たってるが……」


「そう! あなたはどこをとっても、ラモラック卿そのものなのです!」


「いや、だけど、だからって前世なんてことは……」


「いいえ。あなたはラモラック卿の生まれ変わりなのですよ。そして、それを受け入れなければ、あなたはまた前世と同じように破滅の道を歩むことになります」


「え……?」


「あなたはその破滅から、なんとかして逃れたいと思っているのでしょう?」


「あ、ああ……それは、もちろんだけどよ……」


「そのためには、あなたがラモラック卿としての運命を受け入れ、過去の過ちを二度と繰り返さないよう、騎士道を極めていくしかないのです! ……まあ、いきなり、こんなことを言われても、信じられないのは無理のない話です。いいでしょう。少しばかり、あなたが前世の記憶を思い出す手助けをしてあげましょう。さあ、そんなに身体に力を入れずに、目を瞑って、気持ちを楽にして――(以下略)」

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