Ⅴ 夜の博物館での邂逅(5)

「おい! なんの騒ぎだ⁉」


「お前ら何をしている⁉」


 ちょうどそんなところへ、今度は三階に常駐している警備員達が、騒ぎを聞き付け二階ホールへと姿を現す……と、五芒星盾の騎士は、駆け付けた警備員達にも容赦なく銃弾をお見舞いする。


「伏せろっ!」


 だが、今度の相手はハンコックのような素人と違い、この博物館のオーナー・アダムスの雇っている、こうした暴漢相手が仕事のプロの警備員…というより、裏社会の用心棒達だ。


 彼らは壁際に身を潜めると、サブ・マシンガンの乱射を見事にやり過ごした。


「いったい何者なんだ? どうして警報が鳴らなかった⁉」


「構わん。射殺しろ!」

 

 そして、警備員達も脇のホルスターから拳銃を引き抜き、パン! パン…! と五芒星盾と紅白ストライプ盾の騎士相手に応戦を始める。


「貴様ら! そこを動くな!」


「くそっ! 撃ってきやがったぞ!」


 また、一階でも響き渡る単発づつの乾いた銃声と、パァーン…! とそれよりも長く尾を引く特殊な銃声……。


 二階へ向かった者とは別に一階ホールを見に行った警備員もいたが、やはりこちらでも騎士達の攻撃に遭い、警備員側もそれに応戦する。


 こっちではサブ・マシンガンの他に散弾銃ショットガンを持った騎士もいるようだ。


 こうして、瞬く間に一・二階のホールは銃撃戦の舞台となった。


 とはいえ、警備員が一・二階にそれぞれ2人づつの4人に対し、騎士達は上に5人、下に7人の計12人だ。


 それに拳銃しか持たぬ警備員と騎士達とでは火力に差があり過ぎる。警備側が持ち堪えられるのも時間の問題であろう。


 騎士達は盾でその身を庇いつつ、手を抜くことなく警備側に銃弾を撃ち込んでいく。


「飛び道具にバイクたあ、なんともご立派な騎士道だぜ……騎士だったら騎士らしく、正々堂々、剣で来いってんだよ!」


 一方、そんな銃声と硝煙が充満する薄暗いホールの中、刃神は不意にそう叫ぶや、背中のダヴィデの剣を強引に引き抜き、無謀にも展示ケースの陰から躍り出た。


 警備員に気を取られていた紅白ストライプ盾の騎士がそれに気付き、刃神目がけて再び発砲する。


「遅え……」


 だが、刃神は天井高く跳躍してそれを避けると、そのまま上空より騎士へと斬りかかる。


「…⁉」


 ガギィィン…! と暗闇に鳴り響く甲高い金属音。


 次の瞬間、大上段から振り下ろされた刃神の剣は、反射的に頭を庇った騎士のサブ・マシンガンを真っ二つに粉砕していた。


「ハン! …ダヴィデの剣……なかなかいい切れ味してんじゃねえか」


 意表を突かれ、銃を落として立ち尽くす騎士を前に、刃神は手に持つ古めかしい剣を眺めながら不敵な笑みを浮かべて呟く。


「ダヴィデの剣? ……貴様、それはまことダヴィデの剣なのか?」


 ところが、なんとも予想外のことには、その独り言を拾って唐突に騎士が口を開いたのである。


「ああん? ……ああ。こいつは正真正銘、俺様が某ユダヤ人資産家んとこからいただいてきたダヴィデの剣だが……そんなら、なんだってんだよ?」


 刃神は不審な面持ちで騎士を睨みつつ、それでも彼の質問にはちゃんと答えて問い返す。


「そうか。ダヴィデの剣を先に奪ったのは貴様か……それは本来、我らのもの。返してもらおうか」


「はあ? 何ふざけたことぬかしてんだ、コラ。大体、てめえら一体何者だ?人様にものを頼む前に、先ずは自分の氏素性を名乗るってえのが、騎士道精神に則った行為ってもんじゃねえのか?」


 当然、その聞き捨てならぬ物言いに難色を示す刃神だったが、期待もせずに言い放ったその戯言に、またしても騎士は思わぬ返事を返すのだった。


「それも道理だな……我が名はアーサー王の円卓の騎士が一人、湖のサー・ランスロット!そのダヴィデの剣は、かつて我が息子サー・ガラハッドが〝聖杯の探求〟のために手にしていた剣。そして、これからの新たな冒険のためにも必要な剣だ。さあ、ご理解いただけたのなら返してもらいたい!」


 喧噪に包まれたホールの一角で、騎士はクローズ・ヘルムの中からくぐもった声で高らかに名乗りを上げる。


 しかし、それは普通に聞いたら、どう考えたって人をおちょくっているようにしか思えない。


「サー・ランスロットだあ? ……ケッ! 騎士物語ロマンスの主人公とは恐れ入ったぜ。上等じゃねえか。んなら騎士らしく、その腕でこいつを奪ってみるんだな、ええ、ランスロットさんよおっ!」


 刃神はカチンと来た様子で、だが、どこか愉快そうに口元を歪ませると、その瞳に狂気を宿して剣先を騎士に向ける。


「よかろう。その勝負、受けて立とう。何者かは知らぬが黒衣の剣士よ」


 その挑発を受け、〝ランスロット〟を名乗る騎士も腰に帯びていた剣をすらりと抜き放つ。


 その身形みなり同様、まさに中世暗黒時代の騎士が持っていそうな典型的なロング・ソードである。


「ハハッ! こいつぁ、おもしろいことになってきやがったぜっ!」


 再び、ギィィィーン…! と夜気を震わせて響く金属音。


 愉しそうに叫び、再度斬りかかった刃神の剣と自称ランスロットの剣が、周囲の薄闇に眩い火花を散らした――。





「――サブ・マシンガン相手に剣で斬りかかるなんて、やっぱり頭がどうかしてたのね……」


 一方、マリアンヌの方はというと、身を隠した展示ケースの影から、嬉々として〝だんびら〟を振り回す刃神のことを呆れた様子で眺めていた。


「でも、こっちもいい加減、こんなとこに隠れたままじゃいられないわね……ハア…こんなことなら、もっと大きな玩具・・を持ってくるんだったわ」


 彼女はそう独り言を呟くと、しゃがんだ態勢のまま長いスカートの丈をたくし上げる……。


 そして、両の太腿のガーターベルトに着けたホルスターから二丁の自動式拳銃オートマチックガンを素早く引き抜き、警備員と交戦中の五芒星盾の騎士目がけて躊躇なく引鉄を引いたのだった。


「うぐ…!」


 彼女愛用の拳銃〝ベレッタM8000クーガー〟と〝ワルサーP5〟から発せられた二発の弾丸は、的を外さず騎士の胴鎧の正面に見事、命中していた。


「いくら頑丈な板金鎧プレート・アーマーでも、さすがに9ミリパラベラム弾には勝てなかったみたいね……」


 構えた拳銃の先から二筋の煙を上げ、マリアンヌは不敵な笑みをその顔に浮かべる。


「……え?」


 しかし、いったいどうしたことだろう? 二発も銃弾を食らったはずなのに、五芒星盾の騎士は倒れることなく、それどころか、彼女の方へサブ・マシンガンの銃口を向けたのである。

 

「きゃっ…!」


 直後、騎士は間髪入れずに弾を放ってくる。マリアンヌは辛うじて身体を展示台の陰に隠し、なんとかそれをやり過ごした。


「……ひょっとして、それ、ボディ・アーマー? ……しかも、プレート入りの……」


 現代の拳銃の弾が命中しても騎士が倒れなかったその理由……それは騎士の身に着けている鎧が中世の甲冑ではなく、近代化した軍隊で今日こんにち使用されている〝ボディ・アーマー〟――即ち、ケブラーやアラミド繊維などで作られた防弾ベストだったからである。


 それも、まったく効いていないところを見ると、おそらくは金属かセラミック製のプレートを差し込んで、小銃弾でも貫けぬほどに強化したものであろう。


 そう思い至り、マリアンヌがこっそりと注視してみると、どうやらそうしたボディ・アーマーをわざわざ銀色に塗って中世の鎧風に見せているようだ。


「サブ・マシンガンにボディ・アーマーなんて、騎士のくせにちょっと近代化し過ぎじゃない? この分だと兜も防弾処理されてそうね……まったく、嫌んなっちゃうわね」


 隠れながらマリアンヌは、その可愛らしい眉をハの字にして大きく溜息を吐く。


「よし……」


 それでも銃を握った両拳を肩まで上げて身構えると、マリアンヌは気合いを入れて、展示台の裏から飛び出した。


「うおりゃあっ!」

 

 そして、彼女は『マ●リクス』並に宙を側転しながら、向かって来る五芒星盾の騎士目がけて二丁拳銃をパン! パン…! と連射する。


 ……が、今度は彼女に気付いているため、騎士は盾を構えて全弾回避する。

 

 さらに続け様、9ミリパラメラム弾のめり込んだ盾を引っ込めると、着地したマリアンヌ目がけてサブ・マシンガンをダラララ…! と再び放った。


「ほっ!」


 その攻撃に、ハンド・スプリング、宙返り、バック転、さらには壁を蹴って空中へと飛翔して、先刻このホールに姿を見せた時のようなアクロバティクな動きでマリアンヌは回避行動をとる……それはまるで曲芸を見ているかの如くだが、高速で連射されるサブ・マシンガンの弾も彼女の千変万化の動きを捉えることはできないようだ。


淑女レディに向かってサブ・マシンガン使うだなんて……まったく、騎士にあるまじき行為ですわ!」


 逃げるばかりでなく、マリアンヌの方も隙を見付けては軽口を叩きながら反撃する。


「くそっ! 弾切れか……なんて、アマなんだ……」


 そうこうする内にとうとう弾を撃ち尽くし、五芒星盾の騎士は苛立たしげに呟きながら、サブ・マシンガンの弾槽マガジンを取り替えるために外した――。


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