Ⅴ 夜の博物館での邂逅(6)
……ギン! …ギィィン…! と立て続けに響く金属音……。
対して、そんなマリアンヌと近代化騎士の銃撃戦が行われているとなりでは、刃神とランスロット卿を名乗る騎士とがお互いの剣を激しく交え続けていた。
腕は刃神の方が多少上らしく、徐々に彼が責め立てる側に回り始めている。
「ハハ! なかなかやるじゃねえか、ええ? ランスロットさんよう!」
間断なく剣を振いながら、刃神は自称ランスロットに話しかける。
「だが、
そう断るや、これまで以上に重く鋭い一撃を刃神は騎士に浴びせかけた。
ギィィィィィィィーン…! と一際大きく響き渡り、闇を劈く甲高い金属音……。
「ぐっ……」
自称ランスロットの騎士は、なんとかその一撃を己がロング・ソードで受け止める。
「フン。よく受け止めたな。褒めてやるぜ……んん?」
だが、そんな上から目線な発言をする刃神が、ギリギリとそのまま力押しに押し付けたダヴィデの剣をふと見ると、相手の剣の刃がこちらの剣の刃にめり込んでいる。
「なっ…⁉」
いや、そればかりではない。よくよく見てみれば、所々で刃毀れまでしているではないか!
無論、すべてこれまでにはまったく見憶えのない傷である。
気付いた刃神は慌ててダヴィデの剣を引く。このまま無暗に力押しすれば、そこから折れてしまう危険性もあるからだ。
「なんじゃこりゃあ⁉ こいつは確かに古いもんだが、そんな軟な造りじゃなかったはずだぞ? それがこんなになるとは……てめえ、いったいどんな硬え剣使ってんだ⁉」
刃神は顔色を変え、ダヴィデの剣と自称ランスロットの剣を交互に見つめながら叫ぶ。
「フフッ…ようやく気付いたか」
すると、刃神のその問いに、クローズ・ヘルムの中からくぐもった声が答えた。
「別に驚くことはない。その剣が聖杯伝説で語られる〝ダヴィデの剣〟であると同様、この剣もアーサー王伝説にその名を留める名剣――〝アロンダイト〈Arondight〉〟なのだからな」
「あろんだいと? ……何っ⁉ アロンダイトだあ⁉」
僅かに考える時間を置いて、刃神はさらに驚きの声を上げる。
「アロンダイトって、あの、ランスロット卿の愛剣で、えらく刃毀れし難いっていうあれか?……なるほどな。それならこっちが刃毀れしたのも納得いくぜ。いや、俺も手に入れようと思ってたんだが、一足違いで盗まれちまった後でな……っていうか、ちょっと待てよ? てことは、前の持ち主んとこから先に盗み出したのはてめえらか⁉」
「盗んだとは人聞きの悪い……これは前世よりの我が愛剣。正統な持ち主の元へ返してもらったまでのことだ」
刃毀れの原因に納得するも、思わぬ世間の狭さにまたも驚かされている刃神に対し、自称ランスロットは冗談なのか本気なのか、そんな返事を返した。
「ヘン! 何が前世だ! 冗談ぬかすのはてめえの勝手だがな、本当ならそのアロンダイトも俺様のものになるはずだったんだ! 痛え目に遭いたくなかったら、エクスカリバーともどもそいつもこっちに渡しな!」
「それはこちらの台詞。ダヴィデの剣の正当な所有者は我らの同志であるガラハッド卿だ。返すのは貴様の方であろう。それに大人しく返さねば、その剣、折れてしまうぞ?」
「うっ……」
その警告に、傷付いて哀れな姿になってしまったダヴィデの剣を見つめながら、刃神は言葉を詰まらせる。
「確かに……こいつだけでやり合うのは危険ではあるな……しゃあねえ、ちょいと心許ねえが、キリストの剣も使わせてもらうとするぜ!」
そう叫ぶと刃神は、背負っていたもう一つの剣――キリストの剣(完全に贋物)も勢いよく引き抜いた。
「キリストの剣?」
それを聞き、自称ランスロットはまたしても訝しげに呟く。
「ああ、そうだ。どうせ、こいつも自分達のもんだから返せってんだろ?だが、さらさらくれてやるつもりはねえんで、無駄なこと言うのはやめときな」
「返せ? ……フフフ。誰がそんなものいるか」
しかし、なぜか愉快そうに肩を揺らすと、今度はこえれまでと逆の意味で、予想を裏切る答えを彼は返すのだった。
「なんだと?」
訝しげにランスロットを睨み、刃神は尋ねる。
「そのキリストの剣は真っ赤な偽物であろう? そのようなものはいらん」
「……ど、どうして、そんなことが言えんだよ?」
思わず本当のことを言われ、僅かに動揺を見せる刃神だが、それでも素知らぬ振りをして訊き返す。
「フッ…教えてやろう。伝説ではイエスが14の歳に造った剣が後にガウェイン卿の剣になったと、古代ケルトの鍛冶神ゴブナの変化した者であろうガバンが言っている。イエスが剣を造るとは信じ難い話であるし、恐らくは後世の挿話であろうが、ガウェイン卿の剣といったら〝ガラティーン〈Gallatin〉〟だ。つまり、この二つは同じ一つの剣である可能性が高い。そして、そのガラティーンの本物は今、あそこで闘っているガウェイン卿の腰に下がっているのだからな」
そう答えた自称ランスロットは、手にしたアロンダイトの先で、向こうでマリアンヌと銃を撃ち合っている五芒星盾の騎士の方を指し示した。
「ガウェイン卿? ……っていうか、ガラティーンだと⁉」
刃神は、またしても驚きの声を上げさせられる。
「てめえら、ガラティーンまで手に入れてやがったか⁉ ……他人の目ぇ付けてたもんに端から手ぇ出しやがって……誰が俺様の獲物にちょっかい出していいって言ったコラ!」
「何度も言うが、これらは本来、我ら円卓の騎士団のものだ。貴様の許可を得る必要などない」
毒づく刃神に自称ランスロットはまるで臆することなく、落ち着いた声で平然と言って退ける。
「ケッ! またそれか。てめえらの妄想はいい加減聞き飽きたぜ……だが、よくよく考えてみりゃあ、こいつあ、むしろツイてたかも知れねえな。ここでてめらをぶちのめせば、一気にアーサー王関連の剣が三本も手に入るって寸法だ」
二度にわたる獲物の横取りと、人をおちょくっているとしか思えないその態度に怒り心頭の刃神であるが、不意に不敵な笑みを口元に浮かべると、それでもその目には殺気を宿して二振の剣を構え直す。
「双剣か……おもしろい。二本の剣…それも、一本は本来、ガラハッド卿の持つべき剣を携え、その粗野で凶暴な性格……まさに呪われた双剣の騎士・ベイリン卿だな」
「フン。知り合いのクソオヤジにもそう言われたぜ。ま、サー・ランスロットの相手としちゃあ、うってつけだな」
彼の姿にそんな連想をして身構えるランスロットに、刃神も愉快そうに返す。
「では、第二ラウンド、行くとするか……」
「ああ……そんじゃあ、行くぜえっ!」
次の瞬間、刃神の二本の剣と、ランスロットの剣と盾とが激しくぶつかり合い、ギィィィィーン…! と大きな金属音をまたもホールに反響させた。
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