Ⅴ 夜の博物館での邂逅(4)
静まり返った夜の空気を震わし、ブウゥゥゥゥン…という、何かエンジンの唸るような低い音が各々の耳に聞こえた。
「…?」
「あん?」
加えて床を伝ってくる微かな振動に、マリアンヌと刃神は口論をやめ、音のする方向――一階玄関の方へと顔を向ける。
と、次の瞬間。
ガシャァァァァーン…!
と、玄関のドアが内側へと吹き飛び、何かが建物内へ突っ込んで来たのである。
「なんだ?」
「なんなの?」
一方、ブゥンブゥン…いう謎の爆音はさらにエンジンを吹かしつつ、飛び込んだその勢いのままに大階段を駆け上がって来る……。
そして、僅か数秒で階段を登り切ると、その加速と傾斜を利用して二階ホールの高い天井目がけ跳び上がった。
「な…⁉」
「…⁉」
突然、目の前の空間に現れたそれを見て、二人はその顔を硬直させる。
それは一台の白いオフロード用バイクだった……だが、二人が顔を強張らせたのは、バイクが博物館に突っ込んできたという、ありえない珍事に驚いたばかりが原因ではない。
それよりも彼女達の目を釘付けにしたのは、そのバイクを駆っていた搭乗者の方である。
バイクに跨っていたは、なんと、甲冑に身を包んだ騎士だったのだ!
薄闇に浮かぶ鈍い銀色の鎧を胴に着け、可動式のバイザーと
乗っているのが馬ではなくバイクというだけで、その姿はまさに古の時代の騎士そのままである。
「
目を疑うその光景に、まるで夢か幻でも見ているような顔をしてマリアンヌは呟く。
だが、一瞬の後、バイクの騎士は美しい寄木模様を見せるホールの床へ見事着地すると、手にした
「い…⁉」
「ヤベっ…!」
現実的なその武器に、マリアンヌと刃神は咄嗟に左右へと別れ、展示ケースの前から飛び退ける。
その刹那、サブ・マシンガンから無数の銃弾が轟音とともに射出され、展示ケースのガラスを粉微塵に粉砕した。
さらに騎士はバイクを走らせ、ガラスの覆いがなくなった展示ケースの前で急停止させると、そこに横臥する〝エクスカリバー〟を兜の
「危っねえなあ……野郎、俺様のエクスカリバーに傷でも付いたらどうするつもりだ!」
「あたしのお宝になんてことするのよ!」
各々、近くの展示ケースの陰に隠れた二人は、ともに自分の身の心配よりもガラス片の中に埋まるエクスカリバーとその見事な鞘の方を心配する。
しかし、そんな彼らの声が聞こえているのかいないのか、騎士は二人を気にかけることなく、そのエクスカリバーへと
「あっ! おいコラ! それは俺のもんだぞ!」
「ああ! あたしのお宝を横取りする気っ⁉」
その行為に刃神とマリアンヌは抗議の声を上げ、慌てて物陰から飛び出そうとするのだったが…。
またもブウゥン…とエンジン音がけたたましく鳴り響き、それを邪魔するかのようにさらにもう一台、扉の破壊された玄関からバイクが館内に侵入して来た。
いや、一台ばかりではない。それに続いて二台、三台、四台…と、次々にバイクの騎士達が突入して来る……終いには、最初のものを含めて、その数計十二騎にもなっていた。
その内の何台かは最初のものと同じく階段を二階へと駆け上り、また他のものはそこまでの技術がないのか、それとも何か他の意図があってなのか、一階のホールで急停止する。
各々、甲冑とヒーター・シールドによって武装してはいるが、兜はバケツ形をしたただ被るだけの〝ヘルム〟だったり、「V」字の
「おいおいおい、まだいんのかよ……」
「何? 一体、なんの騒ぎなの?」
これは何かのお祭りか、仮装パーティーかと錯覚してしまいそうなその騒動に、刃神とマリアンヌは再び気を削がれて動きを止める。
と、その隙をついて、二番手で二階ホールへと到達したバイクの騎士―—今度は〝アーメット〟と呼ばれる鼻の尖ったバイザー付き兜と、赤地に黄色で五芒星の描かれた盾を着けた者が、二人を敵と認識してサブ・マシンガンを放ってきた。
「うおっ…!」
「キャっ…!」
響く射撃音に、二人はもう一度、物影へと慌てて飛び込み、目標を外した銃弾は木製の床を穿り返す。
「チッ。ったく、容赦なしかよ……が、どうやら盗人から宝を守る正義の騎士ってわけでもなさそうだな」
「なんだか変な格好してるけど、やっぱり同業者ってやつ? ハァ…なんで今夜はこんなにもかち合っちゃうのよ、もう……」
そうしてマリアンヌ達が展示台の陰から様子を覗っている内にも、騎士達は各々バイクから降り、散開して一階と二階の展示物をそれぞれに集め始めている。
どうやら一階ホールにいる〝クローズ・ヘルム〟を被った騎士の一人が、手で合図を送って皆を指揮しているらしい。
その指示に従い、各所でケースのガラスが割られ、
そして、刃神の隠れる〝伝アーサー王の王笏〟が飾られた展示ケースと、マリアンヌのいる〝伝アーサー王の王冠〟が置かれた展示ケースへも、例外なく彼らの手は迫って来た。
刃神の方へは紅白ストライプ盾の騎士が、マリアンヌの方は五芒星盾の騎士が、いずれもサブ・マシンガンを構えてゆっくりと歩み寄って来る。
ジャリ、ジャリ…と床に散らばったガラス片を踏みしめる音が、段々と双方へ近付く。
「チッ……」
「………」
展示ケースの裏で身構える二人に、それぞれ緊張が走る。
だが、その緊迫した空気を破ったのは、まったく別方向から聞こえてきた声だった。
「こ、これはいったい、なんの騒ぎじゃ?」
その予期せぬ声のした方向に、皆の視線が向けられる。
すると、正面から見て右側廊下に通じるホール入口に立っていたのは、カーキ色の作業着に眼鏡をかけた、ずんぐりむっくりの男――ハンコック博士だった。
彼はこのとんでもない有様を見渡して、眼鏡の奥の目を白黒させている。
また、その後ろには、やはり驚きの表情を浮かべたアルフレッド・ターナーの姿も見られる。
彼らは扉の吹き飛ぶ音を聞いて、警備員よりも早く駆け着けたのである。
……だが、その行為はけして賢明なものとは言えなかった。
闇に明滅する火花のフラッシュとともに、薄暗いホールに響き渡る銃の連射音……。
ハンコック達の姿を目にした五芒星盾の騎士が、彼ら目がけてサブ・マシンガンをぶっ放したのである。
「ごはっ…!」
連射された弾丸はハンコックの大きな腹に荒々しい斜めの線を描き、破裂したシャツの穴からは真っ赤な血が勢いよく迸る。
「は、博士っ!」
反射的に壁の裏へと身を隠し、からくも被弾を免れたアルフレッドは、まさかの事態に慌てて血塗れのハンコックへとしがみ付く。
「博士っ! …ドクター・ハンコックっ!」
だが、無数に刻まれた傷からは夥しい血液が溢れ出し、最早、助かる見込みのないのは一目瞭然である。
「……なんてこった」
もうじき〝骸〟と呼ばれることとなる仕事仲間を前に、アルフレッドは頭のソフト帽を押さえ、血の気を失った顔でそう、ぽつりと呟いた。
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