ⅩⅧ 生き続ける伝説(6)
それから5分程後、部屋の前には先程の警官隊の内八名が到着し、突入の準備を始めていた。
「――よし。全員、配置に付け。正面入口、裏口、そちらの準備はどうだ?」
黒いボディ・アーマーに身を包んだ警官隊の隊長が、インカムで別働隊に確認を求める。
「正面入口、異常ありません……」
「裏口、配備完了いたしました……」
砂嵐のようなノイズ音混じりに、耳に着けたレシーバーからはすぐさま立て続けにそんな声が返ってくる。
それを確認すると、隊長は傍らに立つ、明らかに警官隊とは違う男に目で合図を送った。
そのカーキ色のトレンチコートを着た金髪碧眼の長身の人物……それは、刃神達同様、ロンドンに帰って来ていたマクシミリアンである。
昨日、グラストンベリーでの事後処理を一応終え、後は地元警察に任せた彼は、英国警察上層部への説明のためにスコットランドヤードへ帰って来ていたのだ。
ところが、今朝になってこの騒ぎである。
なんでも、このホテルに「フランスが誇る華麗なる怪盗マリアンヌとその愚かな下僕二名が潜伏している」との匿名希望の電話が、ご丁寧にも部屋番号まで指定して八時半頃にかかってきたのだそうだ。
そこで、ヤードの上層部が煙たがるのも他所にICPOの担当捜査官である権限を発動し、こうして警官隊について来たという次第である。
だが、彼の隣には、ここ一月というものともに事件を追って来たジェニファーの姿はもうない。
あの後、彼女はすぐさま辞表を提出し、あれほど拘っていた刑事の職をあっさりと捨てたのだそうだ。
彼女の恋人であったランスロット卿ことジョナサン・ディオールの遺体は検死解剖に回されており、今はまだ葬儀もできる状態ではないが、彼女は今、どこで何をしているのだろうか?
根拠の定かでない噂では、どこかの教会で尼僧になるのだとかいう話も聞いた。あたかもカムランの戦の後に、グウィネヴィア妃がそうしたことのように……。
そんなかつてのパートナーのことを一瞬、脳裏に過らせながらも、突入の許可を求める隊長の視線にマクシミリアンは黙って相槌を打つ。
その合図に、隊長は部屋のドアを激しくノックした――。
一方、その頃、部屋の中では……。
「――フー…さっぱりしたぜ。っつっても、あのクソ小娘のこと考えると、気が急いて長風呂はできなかったけどな」
以外に早くシャワーを終えた刃神が、既に服も身に着けてバスルームから出て来ていた。
ただし、いつも頭に巻いているターバンは外したままで、濡れた黒い髪をタオルでゴシゴシと拭いている。
「これでようやく頭も冴えてきた。おい、詐欺師。俺はもういいから使ってもいいぞ? ……ん? おい、詐欺師、どこ行った?」
と、その時。入口のドアがドン! ドン! ドン…! と、けたたましいノック音を上げる。
「警察だ! 怪盗マリアンヌ及びその配下の者二名! 文化財の窃盗ならびに傷害致死、銃器等の不法所持等の容疑で逮捕する! 速やかにこのドアを開けなさい!」
続いて、そんな口上もドアの向こうから聞こえてくる。
「ハア? 警察だあ? なんでサツがここにいんだよ……っていうか、誰が小娘の配下だ! ボケぃ!」
口上の主にそんなツッコミを入れつつも、刃神は一瞬の内にこの事態を理解する。
「チッ…小娘のヤツ、嵌めやがったな。ったく、どこまでもムカつくアマだぜ……それに詐欺師。あの野郎も俺をダシに自分だけ助かる魂胆だな……」
「おい! 早く開けないか! 開けないと強制的に踏み込ませてもらうぞ!」
そうして恨みごとを言っている内にも、警官隊は突入へのシークエンスを踏んで行く。
「クソっ! あの野郎ども、今度会ったら
刃神は非建設的な時間の無駄使いをやめると素早くターバンを頭に巻き、ソファの上に放っぽり出してあったコウモリ傘を引っ摑んで窓の方へと向かう。
「こいつじゃ、ちょいと武器には物足りねえが……ま、ないよりはましか――」
「――よし。もういいだろう。お願いします」
一方、外の警官隊はホテル側の協力を得て、カードキーの解除に着手する。
とともに、そこにいた八名の警官及びマクシミリアンはドアに向けて一斉に銃を構える。
「よし! 突入っ!」
ドアの鍵が開いた瞬間、警官隊は一気に部屋へと雪崩れ込む。
「フン。誰が捕まってやるかよ……」
それと刃神が窓から外へ出るのは同時だった。
彼は外へ出るや外壁伝いに、屋上へ上がるための道を探して移動を始める。
「しまった! 窓から逃げたか! 正面入口と裏口にいる者へ連絡! 犯人は窓から外へ出て屋上へ向かう模様。けして見失うなよ! ……しかし、ヤツはここを何階だと思ってるんだ⁉」
「それよりも、ここにいたのはヤツだけか? 怪盗マリアンヌは……女ともう一人はどうした⁉ ……まさか、また図られたか……」
タレ込みとは違う状況と相手の予想もしていなかった行動に、警官隊もマクシミリアンも一瞬にして大混乱となる。
「……ったく、最悪だな。なんでこの俺様が、こんな朝っぱらからビルをよじ登らなきゃなんねえんだよ……ハァ…こいつが〝メアリーポピンズの傘〟だったりしたら、ものすごく助かるんだがな……」
そんな警官隊を他所に、ぶつくさ文句を口にしながらも瀟洒な壁を伝って屋上へと逃れた刃神は、そのどう見ても〝魔法が使える乳母〟のものには見えない紳士用の傘を、英国らしい灰色の空へ向けて勢いよく開いた……。
(マイポン・ハンティング ~聖剣エクスカリバーと新生円卓の騎士団~ 了)
マジポン・ハンティング ―聖剣エクスカリバーと新生円卓の騎士団― 平中なごん @HiranakaNagon
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