ⅩⅣ 伝説の再現(7)

 それより30分程後……。


 ボートで母船〝プリドウェン〟へと帰還し、さらに警察の追跡も届かない海域まで逃れた彼らは、闇夜の海と同じ、暗く打ち沈んだ雰囲気の中にいた。


「――ガヘリぃぃぃース! …うぅぅ……なんで、なんで、お前がぁ……」


 食堂のテーブルの上に寝かされたガヘリス卿の死体に縋り付き、ガウェイン卿が男泣きに泣いている。


 その他の円卓の騎士達も、全身ボロボロの姿でそれぞれの場所に、それぞれ自由な格好で佇み、冷たくなった彼女の方へ悲壮感に満ちた眼差しを向けている。


「………………」


 同じように部屋の片隅に座る部外者のアルフレッドは、悪運強く軽傷では済んだものの、マリアンヌに負わされた打ち身や切傷の手当てをしながら、その重たく淀んだ空気に居心地の悪さを感じていた。


「……ベディヴィエール卿……どうして…どうしてガヘリス卿が死なねばならんのですか?」


 泣き声を不意に止め、静かになった食堂に再びガウェイン卿の声が響く。


「うむ……確かにガヘリス卿の死は悲しいことだ。だが、彼女も立派な円卓の騎士の一人。戦にて命を落とすことは騎士道の倣いだ。騎士として誉れ高く死んだ彼女を、皆で懇ろに弔ってやろう」


 いまだ遺体に向きながら尋ねるガウェイン卿に、ベディヴィエール卿は優しく諭すようにそう答える。


 だが、その心の内で彼は、他の者達とはまた別のことを考えていた。


 グゥイネヴィア妃の処刑をランスロット卿が邪魔し、ガレス卿はいなかったものの、ガヘリス卿がアロンダイトで斬り殺される……まさか本当に伝説通りになってしまうとはな……まったくの予想外だ。こんなことは〝マーリンの予言書〟にも書かれてはいない……。


 予想を上回るアーサー王伝説との共時性シンクロニシティに、ベディヴィエール卿は正直、少なからぬ衝撃を覚えていた。


 そんな彼に、仲間の死を納得できないガウェイン卿が遺骸から顔を上げてさらに問う。


「でも、だからって、まだこんなに若いんですよ? それがこんな……あんまりじゃないですか! 我らはこんな結末のためにティンタジェルへ行ったのですか?あの冒険で新生円卓の騎士団はさらに結束を強め、よりいっそう我らが王の復活に近付くはずだった。それなのに、王が現れるどころか逆に裏切り者が現れてこんな……そうだ。我らの王は、アーサー王はなぜいまだに現れないのですか⁉」


 そして、語る内にガウェイン卿は、不幸な運命への不信感から、ベディヴィエール卿があまり触れては欲しくない核心部分へと思い到る。


「そうですよ。私達がこの冒険を続けていれば、私達と同様、この現世に転生しているアーサー王も姿を現すとあなたは言いました。なのに、今もってその気配すらないのはどうしてです?」


「ああ、その通りだぜ。俺もずっとそれを思ってたんだ。俺達の王様は一体いつになったら現れるんだよ?」


 その疑問には、パロミデス卿、トリスタン卿も同調し、それまで潜在化していたその疑念と不満は、他の者達にも伝播していく。


「そういや、そうだな」


「確かに……エクスカリバーを手に入れてから既に一月が過ぎようとしているのに、なぜ、王は僕らの前に姿を現してくれないのでしょう?」


「何か、我らの行いが間違っているのでしょうか? ならば、改めねばなりません」


「そうっすよ。俺も早く王様に会いたいっすよ!」


 さらにラモラック卿にボールス卿、折れた〝ダヴィデの剣〟を弄んでいたガラハッド卿とパーシヴァル卿も各々の考えを口にする。


「ま、まあ、そう焦るな。〝十二の戦い〟も成功させ、我らの冒険自体は着実に前へ進んでいる。それに今回の冒険にしても、確かに悲しい出来事ではあったが、客観的に見れば、それこそがアーサー王伝説と同じ筋書きではある……受け止めるには辛いことではあるが、これも、前世の業にもとづく円卓の騎士としての宿命だ。こうした我らの辛く厳しい冒険が、必ずや我らの王を復活させることになるだろう。皆の気持ちもよくわかるが、疑う心を捨て、〝マーリンの予言〟と我らがアーサー王を信じるのだ」


 自分に向けられた騎士達の疑いの眼差しに、ベディヴィエール卿はいつになく少々うろたえながら、それでも堂々とした声で皆を説得せんと試みる。


「……いずれにせよ、この復讐はしなければならん」


 思いがけず妙な方向へと話が向かい、困惑するベディヴィエール卿を救ったのもまたガウェイン卿であった。


 彼はテーブルの脇から立ち上がると、正面からベディヴィエール卿を見つめて言う。


「ランスロット卿…いや、あの裏切り者と警察の犬の女を斬りに行きましょう!」


「そうだ! 弔い合戦だ!」


「それに、あのエリック卿を名乗ってたやつもだ!」


 ガウェイン卿の言葉に、ラモラック卿、パロミデス卿を始め、騎士達の注意はそれまでの不満から再びもとの話題へと戻り、それぞれに興奮の声を上げる。


「う、うむ。そうだな。いずれ必ず復讐はするつもりだ……」


 異様に盛り上がりを見せる騎士達の雰囲気に、若干、気負されながらもベディヴィエール卿は答えるが、またも彼の心は皆と違う所に行っている。


 ……いったいなんだというのだ? これではまるで……まるで、ランスロット派との戦へ向かう、アーサー王宮廷崩壊前夜のようではないか?


 ……なんというか、皆、円卓の騎士そのものになり過ぎている……暗示が利き過ぎたか? ……このままではマズいな。ここは、何か手を打たなくては……。


「とにかく、ひとまずはティ・グウィディルに戻って、ガヘリス卿を弔ってやることにしよう。彼女の復讐はそれからだ」


 自らの思惑を超えてアーサー王伝説をなぞり始めた現実の事象に、これまで築いてきた〝新生円卓の騎士団〟という王国キャメロットの何かが、少しづつ狂い始めたのをベディヴィエール卿は感じていた。


 他方、そうして復讐心に燃える騎士達を、アルフレッドは部屋の隅から気が気でない様子で見つめている。


 じつを言うと、俺もその裏切り者だったりするんですけどねえ……ああ、バレたらどうしよう……ハァ…やっぱ、あん時、逃げてりゃあ良かったかなあ……。


 心の中でそう呟き、人知れず溜息を吐くアルフレッドであるが、また一人、同じく皆から距離を取って話を聞いている者がいた……モルドレッド卿である。


「………………」


 彼女は必死で皆の激情を押さえようとしているベディヴィエール卿の姿を、他の騎士達とはまた違った、冷たく、疑心的な黒い瞳でじっと見つめていた……。

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