ⅩⅣ 伝説の再現(6)

「さあ、早くガヘリス卿をボートへ乗せるのだ!」


 連携の取れた騎士達の働きにマリアンヌと刃神が足止めを食らう中、エンジンをかけ、出発準備のできた三艘のボートの一つへとベディヴィエール卿は近付き、ガヘリス卿を抱えた背後の二人にそう声をかけて急かす。


 また、そのボートの中には既にアーサー王の御物が入った四つの木箱も積み込まれている。


「ガヘリス卿、もう少しの辛抱だ! 気をしっかり持て!」


「おい! ガヘリス卿! 目を開けろ! 目を開けるんだ!」


 ベディヴィエール卿の指示を仰ぐまでもなく、鎧を血で赤く染めたガウェイン卿とモルドレッド卿は、急いでガヘリス卿を舟の上に寝かせ、まるで反応のない彼女へと必死に呼びかける。


 しかし、彼女は答えるどころか指一本動かすことなく、モルドレッド卿が兜を外してやると、その下から現れた彼女の顔は、青白く透き通った死人のような色をしているのだった。


 また、そうして二人がガヘリス卿を介抱している間に、ベディヴィエール卿はずっとこの浜に置いたままにしておいた例の大きな木箱のもとへと近付き、側面に設けられた頑丈なその蓋を開けようとする。


「予定では、明日の朝やって来た観光客達を驚かしてやるつもりだったが、警察諸君、これは貴君らにプレゼントすることとしよう」


 そう言って彼がおもむろに蓋を上に引き上げると、中の暗闇には二つの怪しい光が輝き、グルグルと何か獣が唸るような声が聞こえて来る……。


 そして、木箱の中からゆっくりと姿を現したのは、信じ難いことにも一匹の立派な雄豹であった。


「グルルルル……」


 腹を空かしてでもいるのか、箱という檻から解き放たれた豹は辺りを見回し、周囲に不気味な唸り声を響かせる。


「な、なんだ?」


レオパール?」


「大きな猫……じゃないですよね」


「おい、なんで、んなもんがこんなとこにいんだよ?」


 そのブリテンの自然界では普通お目にかかることのない猛獣に、浜にいるマリアンヌも刃神も、それからボートに乗り込んだ円卓の騎士達も思わず驚きの声を上げる。


 そんな呆気にとられる皆の顔を満足そうに見つめ、ベディヴィエール卿が解説する。


「これは今回の冒険のために、私が密売業者から手に入れておいたものだ。『カマーゼンの黒い本』の『パ・ギール』では、キャス・パルーグという〝斑点のある猫〟とケイが闘うようなことを言っているからな。本当ならケイ卿と遊ばせたいところではあったが……時間がないのでそれはまあ、やめておこう」


「え……?」


 下手をすれば実現していたかもしれないその笑えない戯事に、アルフレッドはボートの中で顔をしかめる。


「おい! そこで何をやってる!」


「警察だーっ! 武器を置いておとなしく投降しろーっ!」


 ちょうどそんなところへ、遊歩道の上から階段を下り、ついに警官隊も入江に姿を現す。


「それではさらばだ! ベイリン卿、妖妃モルガン、そして警察諸君。あとはそのキャス・パルーグと遊んでやってくれ。では、参るぞ!」


 岩場を必死で駆けて来る警官隊を一瞥し、ベディヴィエール卿は愉快げに笑みを浮かべてそう告げると、繋いでいたロープを剣で断ち切り、他の二艘ともどもエンジンを吹かしてボートを沖へと疾走させる。


「おい! 待てコラッ…つっ!」


 それでも彼らを追いかけようと、刃神は近くの地面に突き立ててあったヴロンラヴィンを引っ摑み、それを杖にして足を踏み出すが、やはり激しい痛みを覚える太腿の傷口からは血が吹き出し、思うように歩くことすらできない。


 しかも、そんな状態にあって、後方からは警官隊も迫っているのだ。敵を追いかけるどころではない。


「別に助けたい訳じゃないけど、ヤツらからお宝を奪い返すまでは貴重な戦力だし、手を貸してあげるわ。ただし、一つ大きな貸しだけどね」


 立ち往生する刃神の隣に、すでに騎士団の追跡は諦めたマリアンヌが立って言う。


「ヘン。小娘の厄介になるたあ、俺ももうおしめえだな……」


 その口の悪さとは裏腹に、刃神はいつになく素直に手を彼女の方へと差し出す。


「もう、そんな減らず口叩いてると、ほんとにここへ置いてくわよ?」


 悪態を吐く刃神に肩を貸すと、マリアンヌは早足で、月明かりも届かぬ暗い〝マーリンの洞窟〟の方へと歩き出した。


「おい! 止まれ! 止まらんと撃つぞ……ん? な、なんだあれは⁉」


 砂浜へ到達した警官隊はそんな刃神達に銃を構えるが、彼らにとっては不運なことに、そして刃神達にしてみては不幸中の幸いにも、警官達の目と〝キャス・パルーグ〟の爛々と輝く目が合ってしまう。


「ひょっ、ひょっ、ひょっ、豹だぁぁーっ!」


「ガルルルルルッ…!」


「う、うわあぁぁぁぁーっ!」


 解き放たれた〝斑点のある猫〟は警官達に襲い掛かり、彼らは一気に大混乱へと陥った――。




 一方、警官隊が豹と追いかけっこを演じる中、その入江の片隅で、ランスロット卿とジェニファーの二人は決断を迫られていた。


「ジェニファー、僕と一緒に来るんだ!」


 刃神達も向かう〝マーリンの洞窟〟の入口に立ち、ランスロット卿はジェニファーに手を差し伸べて言う。


「二人でどこか遠くへ行こう! そうだ、フランスがいい。あそこなら父の実家がある。きっと助けになってくれるよ」


 だが、必死で訴えるランスロット卿に、ジェニファーは苦悶の表情で首を横に振る。


「……だめ。やっぱりあなたとは行けないわ」


「なぜだ! なぜ、僕の気持をわかってくれない! 僕はもう君を放さない。絶対に君を守ってみせる! だから…」


「オーモンド捜査官ーっ!」


 なおも懸命に説き伏せようとするランスロット卿だが、そこへ追い打ちをかけるように、ジェニファーの名を呼ぶマクシミリアンの声が聞こえてくる。


 その声に、彼女は迷いながらもゆっくりと背後へ後ずさる。


「…………さよなら」


 そして、淋しげな眼をして呟くと、踵を返して声の聞こえた岩場の方へ駆け出した。


「行くな、ジェニファー!」


 ランスロット卿は必死に手を伸ばして叫ぶが、彼女はもう振り返ることなく、暗い岩場の闇の中へと溶け込んでいってしまう。


「お先に……」


 独り、取り残された彼の脇を、特に気に掛ける様子もなくマリアンヌと彼女の肩を借りる刃神が通り過ぎて行く。


「………………」


 しばし、元恋人の走り去った方向を悲痛な眼差しで見つめた後、ランスロット卿も洞窟の中へとその姿を消した――。




「マックス捜査官!」


 対して、彼に背を向けて走り去ったジェニファーは、岩場の影にマクシミリアンの姿を見付けて声をかける。


「ああ! 無事か? オーモンド捜査官」


 豹と戯れる警官達を注視していたマクシミリアンも、彼女と気付いて少しく顔を明るくする。


「あ、はい! 大丈夫です!」


「そうか。良かった……いや、すまない。もうちょっと早く来るつもりだったのだが、ペンザンスでテロを働くという犯行予告があって、それに地元警察が混乱していたものでね。しかし、なんなんだ、あの豹は?」


 見ると、警官達はなおも豹に追い回され、円卓の騎士団の乗ったボートを追うどころではない。どうやらマクシミリアンも、予期せぬ珍獣の登場に翻弄されたらしい。


「ああ、あれはどうもベドウィル・トゥルブが密輸入したものらしく……」


 そう冷静さを装って説明しながら、一向に自分とランスロット卿とのことについては触れてこないマクシミリアンに、ジェニファーは内心、ホッとした気分になる。


 しかし、それに気が付かぬほど彼は凡庸な人間ではなく、その一瞬の安心を打ち砕くような台詞をその後すぐに口にする。


「君にはいろいろと事情を訊かなくてはいけない……もちろん、〝彼〟とのことも」


「…! …………はい……」


 僅かな沈黙の後、ジェニファーは観念したように、そう目を伏せて答えた――。

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