ⅩⅣ 伝説の再現(5)
一方、ランスロット卿達の方へ戻ると、彼もモルドレッド卿とガヘリス卿の二人を相手に、やりづらい戦いを続けていた。
「――やめろと言ってるのがわからないのか!」
「くっ…!」
「きゃっ…!」
仲間を傷付けたくないランスロット卿は守りに徹していたが、あまりに聞き分けのない彼女らに、少し力を込めて二人を押し倒す。
「ここは僕に任せて、君は早く安全な場所へ!逃げるのが嫌なら、せめてどこかに隠れているんだ!」
そして、その隙をついて、目だけを背後のジェニファーへ向けて叫ぶ。
「え……ええ、わかったわ……」
そのギリギリで下したランスロット卿の妥協案に、ジェニファーもその方が職務を全うするのに得策と考えたのか、頷くと、近くにあった〝マーリンの洞窟〟の方へ向けて走り出した。
「あ! 女狐め、逃がしませんわよ!」
それを見て、ガヘリス卿は急いで立ち上がり、彼女の後を追おうとする。
「待てっ! 彼女には手を出すな!」
「貴様の相手はこのわたしだ!」
またも鳴り響く衝撃音……ガヘリス卿を止めようとそちらを振り向くランスロット卿に、モルドレッド卿も立ち上がり様に剣を振り上げ、受け止めた彼はその場に留められてしまう。
その間にもガヘリス卿は剣を投げ捨て、肩から下げていたサブ・マシンガンを手に取ると、前方を走るジェニファーの背に狙いを定める。
「あたしはあなたのことを許さない……警察の犬だったってのも許せないけど、不倫なんかするふしだらな女だってことがもっと許せませんわ。だから……」
そして、凶悪な相をその幼い顔に浮かべて呟くと、無慈悲にも躊躇することなく、トリガーに指をかけた。
「死ね」
「ジェニファぁぁぁーっ!」
瞬間、無意識にランスロット卿の身体が動いた。彼は恐ろしく強い力でモルドレッド卿を押し飛ばすと、振り向き様に地を蹴って、アロンダイトを振り上げながらガヘリス卿目がけて飛びかかる……。
「うっ…」
刃物が肉を切り裂くような、鈍く微かな、なんとも気色の悪い嫌な音……。
次に気付いた時には、アロンダイトの鋭利な刃がガヘリス卿を背後から袈裟がけに斬りつけ、ボディ・アーマーに覆われていない彼女の首筋から吹き上げた真っ赤な鮮血が、暗いティンタジェルの夜空に吹き抜ける荒涼とした海風の中に舞っていた。
「……!」
自分が犯してしまったその行いに、ランスロット卿は顔を強張らせ、剣を振り下ろしたままの姿でその場に固まる。
また、彼の声に振り向いたジェニファーも、その目に映った非現実的な映像に、夢でもみているのかと疑うような表情で立ち止まる。
「ガヘリス卿…………ガヘリぃぃぃースっ!」
わずかな時間差の後、ようやく何が起こったのかを理解したモルドレッド卿は、彼女には珍しく感情的な大声で叫んだ。
「…⁉」
その突然の悲鳴に、入江にいた者達も皆、何か尋常ならざる気配を感じ取ってその場で動きを止める。
「……なんだ?」
「なに? どうしたの?」
それは、ガラハッド卿の刃の下にいた刃神や、岩影から二丁拳銃をぶっ放していたマリアンヌも同じである。
「なんだ?」
「…………え?」
舟の準備をしていたベディヴィエール卿ら四人の騎士達、大きな岩の影に隠れていたアルフレッドも、悲鳴の聞こえた方へと視線を向ける。
「何があった?」
また、マリアンヌと撃ち合っていたガウェイン卿とラモラック卿、剣を振り上げたままのガラハッド卿や受けた攻撃に蹲る二人の聖杯騎士も、向こうに立ち尽くすランスロット卿、ジェニファー、モルドレッド卿、そして、冷たい砂浜の上に転がった誰かを、不吉な予感を抱きながら見つめていた。
「ランスロット卿……まさか、お前……」
しばしの後、その立ち位置や横たわる騎士の身に着ける兜や盾の紋章、ランスロット卿が手に持つ血に染まったアロンダイトの刃から、皆は凡そのことを理解した。
「貴様あぁっ! 何やってんだああっ!」
何が起きたのかを知ったガウェイン卿は、憤怒にその顔を真っ赤に染め、猛獣の如き雄叫びを夜の闇に響かせる。
だが、その時である。
「――おい! いたぞ! あそこだっ!」
「武器を持ってるぞ! 気をつけろ!」
そんな男達の声とともに、幾筋もの白い懐中電灯の光線が激しくランダムに揺れながら、崖の上の遊歩道をこちらへ向かって近付いて来たのだった。
その数、ざっと十数人はいるように見える。
「チッ…サツどももおでましか」
「ちょっとばかし遊び過ぎたようね」
そちらに目を向け、刃神とマリアンヌはそう各々口にすると、先程の悲鳴で殺がれた気を再び同時に引き締める。
「いやぁ、こりゃますます厄介なことになってきたな……」
岩の影から顔を出し、なんだか
「マックス捜査官……」
対してジェニファーは待ち望んでいた仲間の到着に、目の前で人を斬った恋人のことも一瞬忘れ、ホッと安堵の溜息を洩らした。
「フン……どうやらあのエリック卿、なかなかにできる男のようだな……よーし! 皆、速やかに退却だ!」
一方、予想外だったというようにそう小声で呟くと、ベディヴィエール卿も一足早く気を取り直し、突然の不幸な出来事にいまだ立ち尽くす円卓の騎士達に号令を発する。
「……あ、ああ、そうだな」
「……は、はい!」
その指令に、他の騎士達もようやく我に返って動き出す。
「ランスロットおぉぉーっ!」
しかし、怒りに自分を見失っているガウェイン卿だけは、ベディヴィエール卿の声も聞こえていない様子で、サブ・マシンガンを放ちながらランスロット卿目がけて突進して行く。
「うっ…」
足下で跳び跳ねる湿った砂塵に、ランスロット卿はジェニファーを庇うように盾を構えて身体を屈める。
「とにかくここは逃げるんだ!」
「え、ええ……」
冷静さを欠いた乱射のために着弾はしなかったものの、ガウェイン卿のその鬼気迫る様子に、ランスロット卿はジェニファーの腕を摑み、すぐさま走るよう促す。
警察が到着したことで自分の役目は果たしたものと判断したのか、その提案に今度は彼女も素直に従った。
「逃げるなあっ! ランスロットぉぉっ!」
「おい、落ち着けガウェイン卿! 今はガヘリス卿を助けるのが先だ。さあ、彼女を抱えて一緒に来るのだ」
走り去る二人になおも襲いかかろうとするガウェイン卿を、背後から羽交い絞めにしてベディヴィエール卿は説得を試みる。
「ガヘリス卿……」
その傍らでは、ぴくりとも動かないガヘリス卿を見下ろし、モルドレッド卿が放心状態で突っ立っている。
「モルドレッド卿、貴殿も来るのだ。こんな所で警察に捕まってもガヘリス卿は喜ばんぞ。さあ、早く!」
「……あ、ああ…」
「ええい、クソっ! おい、ガヘリス卿、しっかりしろ! 大丈夫か!」
その言葉に若干冷静さを取り戻したモルドレッド卿は、怒りの衝動を抑えながら毒づくガウェイン卿と一緒にガヘリス卿を抱き起こし、ベディヴィエール卿についてようやく撤退を始めた。
「あ、待ちなさいよ! あたしのお宝…んくっ!」
「モルガン・ル・フェイ、今夜のデートはここまでだ!」
この状況下でも宝を諦めないマリアンヌだが、ラモラック卿に加え、舟の準備をすませたトリスタン卿、パロミデス卿、ユーウェイン卿も駆け付け、仲間の退却を助けるために揃って銃で牽制する。
「くっ……なんかお取り込み中のようだけど、そっちがその気ならこっちだって容赦しないわよ!」
対してマリアンヌも
「……え? やだ、もしかして、まさかの弾切れ?」
間の悪いことにも二丁の拳銃は押し黙ってしまう。しかも今夜は撃ちまくり過ぎたためにもう代わりのマガジンも彼女には残っていない。
「こんな時に何よもう!」
悔しそうにマリアンヌはしかめっ面を浮かべ、その場で地団駄を踏んだ。
「おい! ケイ卿、お前も早くしろ!」
また、そうして牽制しながら退く際に、義理堅くもパロミデス卿は岩の影で丸くなっていたアルフレッドにも手を差し延べてくれる。
「えっ? あ、は、はい……」
わずかの躊躇の後、彼らとマリアンヌ達の方を交互に見比べながら、とりあえずアルフレッドも騎士達とともにボート側へ向かった――。
「――ガラハッド卿、僕らも引き上げるぞ!」
「ダヴィデの剣も手に入ったっすからね。折れてるっすけど……」
聖杯の三騎士達の方でも、ベディヴィエール卿の号令を聞いて、ボールス卿とパーシヴァル卿が剣を振り上げた格好のままのガラハッド卿に声をかける。
見ると二人の手には、先程、自分に突き刺さったダヴィデの剣のなれの果てが握られている。
「今宵はここまでか……ベイリン卿、勝負はお預けです!」
折れてはいるが愛剣が手に入って納得したのか、ガラハッド卿も刃神にそう告げると、他の二人とともにボートへ向けて走り出しす。
「あ、コラ、ちょっと待て! 俺のダヴィデの剣を…くっ!」
後を追おうとした刃神だったが、その瞬間、彼の太腿には激痛が走り、立ち上がることすらできない。
「チッ! ……マズったぜ……」
去り行く三人の若者を、刃神は苦虫を噛み潰したような顔で睨みつけた――。
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