間章 ベディヴィエール卿――ベドウィル・トゥルブ(52歳)の来歴

 私の名はキャメルフォード男爵・ロード・ベドウィル・トゥルブ……コーンウォール州キャメルフォード近郊に先祖伝来の土地を持つ貴族である。


 ……否。貴族〝だった〟と言った方が正しいだろう。


 伝承によると私の家の出自は古く、遠くアーサー王の時代に王の酌人――中世宮廷における顕官が帯びる官職名で、現代でいうところの執事として仕えたベディヴィエール卿の子孫なのだという。


 そんな伝説や物語の登場人物が祖先だなどと、普通ならば眉唾物と信じぬところではあるが、所有する土地のある場所はアーサー王の宮廷キャメロットのあったとされる候補地の一つであるし、近所にはアーサー王最後の戦である〝カムランの戦い〟が行われたとされるカメル川のスローター・ブリッジ(虐殺橋)や、本当はどうやら別人のものであるらしいがアーサー王の墓と伝えられる石が存在したりもする……あながち、その来歴もバカにできないのかもしれない。


 そんな我がトゥルブ家の遠い祖先ベディヴィエール卿であるが、他にベディヴィアやベドウィルとも呼ばれ、私の名は父がその偉大なる祖先より取って名付けたものらしい。


 もちろん、円卓の騎士の一人であり、古いウェールズの詩にも頻繁に登場する人物で、ウェールズ最古期の伝承ではアーサーの傑出した部下の一人として描かれている。


 そのため、ローズマリ・サトクリフなどはグウィネヴィア妃の恋人を新参のランスロット卿ではなく、古株のベディヴィエール卿にしていたりもする。


 一説には、隻腕だったという話もある。


 また、アーサー王が反乱を起こした息子モルドレッド卿と戦い、瀕死の重傷を負ったカムランにおいては、弟で同じく執事だったルカン卿とともに王を戦場より運び出し、戦の傷がもとでルカン卿が亡くなった後には、独り、王がアヴァロンへと運ばれて行く様を見届けた重要な人物でもある。


 その折、彼はさらに重大な任務をアーサー王より言いつかり、それを果たしてもいる……。


 即ち、今にも息絶えようとするアーサー王は、自身の愛剣エクスカリバーを湖に投げ込み、それを授けてくれた湖の貴婦人に返すよう、ベディヴィエール卿に命じたのだ。


 だが、王の命令にエクスカリバーを持って湖までは行ってみるものの、その剣の素晴らしさにどうしても投げ捨てることができなかった。


 そこで、彼はエクスカリバーを木陰に隠し、アーサー王のもとへ戻って、剣は捨てたと嘘を吐いてしまうのである。


 すると、王は「剣を投げ入れた時、何が見えたか?」と彼に問い、それに「いえ、別に何も見ませんでした」と答えるベディヴィエール卿だったが、そのことで嘘を吐いていることを見抜いたアーサー王は、今度こそ本当に剣を湖に返して来るよう彼を叱責して、再度、湖へと赴かせる。


 しかし、その素晴らしさにまたも湖に捨てることが惜しくなり、今度もアーサー王のもとへと帰って、剣は捨てたと嘘を吐く。


 だが、再び「剣を投げ入れた時、何が見えたか?」という質問に「いえ、別に何も見ませんでした」と答えたことで嘘がばれ、彼は三度、湖を訪れることとなるのだ。


 三度目の正直。さすがに今度こそ、ベディヴィエール卿は王の指示通りエクスカリバーを湖に向かって投げ込んだ。


 すると、驚くべきことに、純白に金襴の袖を纏った女の手が水面に現れ、その剣を受け止めたのである。


 そして、三度剣を振るうと水の中へと没し、二度と現れることはなかったのだという……。


 もっとも、真か否か、我が家には代々、その〝エクスカリバー〟だと称されるずいぶんと古い時代の剣が、アーサー王の王冠や王笏、宝珠などとともに伝わっていたりなどもするのだが。


 まあ、それはともかくとして、その後、すべてを見届けたベディヴィエール卿がそれをアーサー王に報告すると、王は安心したように死の眠りへとつき、モルガン・ル・フェイを始めとする三人の乙女達によって、舟でアヴァロン島へと運ばれて行った。


 後年、旅に出たベディヴィエール卿がグラストンベリーの僧院を訪れた際、そこで鉛の十字架に「かつての、そして未来の王アーサーここに眠れる」とラテン語で銘の刻まれている、造られたばかりの墓を見たのだともいう……。


 そのグラストンベリーは、アヴァロンの候補地の一つである。



 さて、そうした伝説上重要な役割を果たす人物の血筋と、その光栄なる名を賜った私であるが、当時の私はそんな一族の起源や伝説よりも、もっと現実的な金儲けのことに夢中であった。


 由緒ある貴族などと言っても、宮廷の高官であったアーサー王の時代ならばいざ知らず、この現代にあって、大きな家屋敷や広大な所有地を維持していくにはそれなりの努力が必要なのだ。


 だが、私は大きな過ちを犯した……その血筋と家柄を強く意識せざるを得なくなるような過ちを……。


 私は、デイヴィッド・アダムスという金貸しに騙されて、家も、土地も、代々我が家に受け継がれてきたアーサー王の御物と称される財宝も、すべてを失ったのだ。


 美術品の売買もしているというあの男とは、骨董品のオークション会場で出会った。自称アーサリアンのやつは、我が家にエクスカリバーやアーサー王所縁の品々があると話すとずいぶん興味を示していたものだ。


 そして、オークション会場で何度か会う内に親しく話すようになり、互いの家へ遊びに訪れるほどの間柄になったある日、あの悪魔のような男は、私に投資の資金を融通してやると持ちかけてきた。


 その頃の私は、素人の浅知恵にも株で儲けることに夢中になっていたのだが、それにはいささか資金が心許なかったのだ。


 そんな私にやつは親切な振りをして、これ見よがしに大金を貸し付けたのである。


 しかも、儲かりそうな所を教えてやると、わざわざ幾つかの銘柄まで紹介して。


 あの時、私は気付くべきだったのだ……こんな黒い噂のある男の手をけして借りてはいけないということに。


 ほどなくして、私が株を買った企業は皆、倒産や営業不振に陥り、証券はすべて紙屑同然になってしまったのである。


 当然のことながら、後にはアダムスから借りた莫大な借金だけが残された。


 私は銀行や親類縁者などを頼って、なんとか金を工面しようと必死に奔走したが、借金塗れになった貴族に救いの手を差し伸べてくれるようなお人好しは誰一人としていなかった。


 当時は薄情な者どもを恨みもしたが、自業自得といえば自業自得なので致し方なかろう。


 しかし、アダムスだけは違う。


 あの男には、何度殺しても殺したりないくらいの恨みがある。


 やつは私に金を貸した時から、私が投資に失敗することを見越していたのだ。


 私に紹介した一見、儲かっているように見える企業も、彼の裏の情報網でそろそろ危ないことを知っていたのであろう……。


 私は、大間抜けにも騙されたのである。


 さらにアダムスは金を返すことのできぬ私から、先祖伝来の土地と、家族で住み慣れた屋敷と、そして我が家に伝わるエクスカリバーやアーサー王所縁の宝を借金の形に奪い去った。


 財産も住む場所も失ったトゥルブ家は一家離散、妻は実家へと戻り、子供達もわたしを見放した。


 一方、その原因を作った当の本人の私はといえば、すべてを失い、由緒ある家名にも泥を塗ってしまったそのあまりのショックから、精神に異常をきたしてしまっていた。


 いや、ただ気が狂ったばかりではない。その上、入院させられた病院からも狂人と化して逃亡を図ったのである。


 当時のことはよく憶えていないが、病院を脱け出した私は、半生を過ごしたコーンウォールからも離れて、ホームレスのように各地を転々と彷徨い歩いていたようだ。


 ぼんやりとした記憶を辿ると、時には人の住む町場ばかりでなく、深い森や山の中で数日間過ごすことも珍しくなかったように思う。


 着ていた入院用のパジャマの裾も擦り切れ、日に日に薄汚れていく私の姿は、アーサー王伝説に名を残すベディヴィエール卿の末裔たる貴族にはとても見えなかったことだろう。


 そういえば、アーサー王に力を貸した魔術師マーリンのモデルとされる人物の一人に、ムルジンという北ブリテンの詩人がいる。


 『カマーゼンの黒い本』などの後代の写本に残る詩が正真正銘本人の作だとすれば、6世紀後半の人物ということになるが、彼の作とされる『アル・アファレナウ(りんごの樹)』というケリズオンの森に隠された魔法の林檎の樹を讃える詩の中で、「私は過去50年間、ストラスクラウドの王ルゼルフ・ハイル(寛大なロデリック)から逃れるために、カレドニア(スコットランド)の森の中で辛い生活を送っていた。ケリズオンに来る前はカンブリアのグウェンズオラウ公に仕え、575年にアルデリオスの戦いでともに戦ったが、公は戦に倒れ、私は大殺戮の場面を目撃して正気を失い、予言を唱えながら森に走り込むと動物達とともに仲良く暮らした」とムルジンは述べている。


 また、これによく似たスコットランドの「森の野人ライロケン」やアイルランドの「野人スウィーニー」の話、その他、有史以前から名もなき野人が何か衝撃的な出来事のために森の奥深くへと入り込み、そこで野性の動物と一緒に暮らすという物語が存在する。


 その時の私は、まさにこのムルジンのような、気がふれて森の中を彷徨い歩く野人そのものであった。


 そして、運命のあの日、奇しくもカマーゼンの森に迷い込んでいた私は、まるで野人ムルジンに導かれるかのようにして出逢ったのだ……あの、マーリンのような魔術師に……。

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