Ⅷ 円卓の下に(3)

 同日。イングランド南岸、ハンプシャー州・ウィンチェスター―。


 大聖堂を左手に見ながら目貫通りハイ・ストリートを西に向かって行くと、道が二又に分かれる場所の南側に、〝大広間グレート・ホール〟と呼ばれる堅牢な石造りの建物がある……穏やかな昼下がり、今はなきウィンチェスター城の名残であるこの史跡を、12名の奇妙な一団が訪れていた。


 奇妙と言っても、それは一目見ただけではわからない。外見は皆、どこにでもいるような服装であるし、この有名な観光地を訪れた小団体の旅行客のように見えなくもない。


 ただ、よくよく観察してみると、その一団を構成する人間の種類がバラバラなのだ。


 20代くらいの若者が主かと思えば、30半ばに見える者やもっと上の中年の男性もいて、さらには中東出身者、牧師のような黒服を着た青年、大学生風の男の子、高校生と思しき女の子まで混じっている。大学のゼミ仲間のようでもないし、会社の慰安旅行といった風情でもない。


 では、何が彼らを一つの集団たらしめているのか? それが最も彼らが奇妙である部分……即ち、彼らは自分達のことを〝円卓の騎士団〟だと認識している者達なのだ。


「……いつ見てもすばらしい。まさに我らが王と我々の精神を表しているようだ」

 彼らの内の一人、白いロングコートを羽織った金髪碧眼の端正な顔立ちの男性が、壁の上方に掛けられた巨大な〝円卓〟を見上げながら感嘆の声を漏らした。


 頭上高く広がる石造りの空間は教会の聖堂のようでもあり、そこに掛る直径約十8フィート(約5・5メートル)の巨大円盤は、どこか祈りの対象ででもあるかのような神聖さをも感じさせる。


「だが、こいつは〝本物〟じゃなくて、14世紀に作られたものなんだろ? おまけにヘンリー八世がテューダー朝のカラーである金と緑に塗り替えて、自分の顔でアーサー王の像まで描いている」


 感動している彼に、オリーブ色のミリタリー系ロングパーカをガタイのいい身体に羽織る黒髪単髪の青年がぶっきら棒に言った。


「それでも現在ある〝円卓〟の中では最も古い歴史と伝統を持つものだ。それにガウェイン卿、ウェールズ人の血を引くテューダー朝はアーサー王の子孫であることを自負している。夭折した息子にもアーサーと名付けているしな」


 金髪碧眼の男は、〝ガウェイン卿〟と呼んだその黒髪の人物の言葉をまるで気にかけることなく反論する。


「んじゃ、ランスロット卿。そんな気に入ってんなら、いっそのこと次はこいつをいただいちまおうぜ? なあ、ベディヴィエール卿、そうしねえか?」


 すると、今度は少し調子の軽い、フットボールクラブのジャージを着た長髪の若い男が、いやらしい笑みを浮かべながら彼らに尋ねた。


「いや、ラモラック卿。確かにランスロット卿の言う通り、本物の所在が明らかでない今、我らの目の前にあるこの円卓こそが最も我らに相応しいものではあるが、これまでの歴史を鑑みても、この円卓はここに置いておいて、こうして時折、見上げに来る方が趣きがあるというものだ。それに持って行くにしても、この大きさでは一苦労ではあるし、〝ティ・グウィディル〟にも飾る場所がない。近所にこのような良い置き場があるというのに、わざわざそこまですることもあるまい?」


 長髪の男の問いに、灰色のスーツにソフト帽を被った中年の紳士はそう答える。


「まあ、我らの念願であったエクスカリバーとアーサー王所縁のレガリアも取り戻したばかりだ。今はそれで満足するとしよう」


 周囲を行き交う観光客達は、ただの戯れか何かの冗談かと気に留めることもないが、もし真剣に言っているとすれば、とんでもない内容の話を彼らは語り合っている……いや、実際に彼らはここへ来る前にさらに恐ろしいことをしでかし、手を真っ赤な血に染めて、今、この場所に立っているのだ。


 そう……彼らは二日前の夜に旧トゥルブ家邸博物館からエクスカリバー及びその他アーサー王関連の品々を盗み出し、昨夜はディビッド・アダムスをその邸宅で斬殺して、本日、ここウィンチェスターにある彼ら新生円卓の騎士団の本拠地〝ティ・グウィディル〟へと盗んだ宝物を置きに来たのである。


 その後、全員揃ってアジトの近くにあるこのグレート・ホールへと散歩に出たわけであるが、こうした場所に彼らの隠れ家があるのは偶然ではない。


 アーサー王の円卓がここにあるというのは勿論のこと、その他にもここはデーン人(※ヴァイキング)の攻撃からブリテン島を守るという、アーサー王にも比肩する程の偉業を成し遂げたウェセックス王国の王・アルフレッド大王が、七王国を統一してイングランド初の都を置いた場所でもあり、そんな土地柄であるからこそ、彼らは本拠地を置く街として、ここウィンチェスターを選んだのである。


 ちなみに〝ティ・グウィディル〈Ty Gwydr〉〟というのは古いウェールズ語で〝ガラスの塔〟を意味する名前であり、伝説ではアーサー王を導き、彼を日に影に助けた魔術師マーリンの住んでいた場所だとされている。


「それにしても、ここまでよく頑張ってきましたねえ……」


 眼鏡をかけたビジネスマン風の男が、円卓を見上げながら感慨深げに言った。


「ああ。その通りだ、ユーウェイン卿。エクスカリバー奪還を果たすため、これまで我々は日々厳しい訓練を積んできた。騎士として必須の剣やランス、馬の扱い方から、この現代という時代においても武勇を示せるよう、銃とバイクを使った戦いの技術まで……」


 ビジネスマンの言葉に、その隣に立つ褐色の肌をした中東系の青年も円卓を見上げながら答える。


「訓練だけじゃないぜ? パロミデス卿。資金調達のために悪徳な金貸しを襲ったり、他のアーサー王所縁の武器を求める冒険なんかもたくさんやった。あれはどれも、俺のハートを最高にゾクゾクさせてくれたぜ」


 革のジャンパーに膝の破れたジーンズを穿いた、ミュージシャンを彷彿とさせる少々癖毛がかった黒髪の男性も、中東系の青年の言を補足するようにして続ける。


「そして、ついに我々は念願であった我らが偉大なる王の聖剣を奪還することに成功した訳ですね」


 そんな皆の心情を代弁するかのように、牧師の黒服を着た若者が、やはり円卓を見上げながら満足げな微笑みを浮かべて話を締め括った。


「だが、王の証たるエクスカリバーも揃ったというのに、アーサー王はまだ現れない……ベディヴィエール卿、我らが王はいつになったら姿を現すのだ?」


 しかし、髑髏と交差した骨スカル・アンド・クロスボーンの描かれた黒いTシャツにミニスカート、耳には複数のピアスを嵌めたパンクな少女は、不服そうにそう言って灰色の中年紳士を問い質す。


「そうですわ。まだ、アーサー王は現れてくださりませんの?」


 その意見に同調し、女子高生くらいに見える深緑のセーターにチェックのスカートを穿いた少女も紳士の方を向いて同じように尋ねる。


「そう焦るな、モルドレッド卿。それからガヘリス卿。我らが偉大なる王を待ちわびるその気持ちわからんでもないが、ようやくエクスカリバーを手に入れ、王を迎える準備が整ったばかりだ。これからも〝マーリンの予言書〟に従い、円卓の騎士としての冒険を続けていけば、この現世に再誕なされたアーサー王は必ずや我らの目の前にそのお姿をお現しになるであろう。だから、そんなに気を急かず、その時をゆっくりと気長に待つのだ」


「んじゃあ、次の冒険は何をするんすか? マーリンの予言書にはなんて書いてあるんす?」


 紳士の言葉にまだ納得いかぬ様子の少女達だったが、対して格子模様のセーターを着た朴訥な学生風の青年は、キラキラと目を輝かせて嬉しそうに尋ねる。


「そう。それですよ。僕達をここへ連れ出したのも、それについての話をするためだったんですよね?」


 同じく大学生のようだが、こちらは黒いジャケットを羽織った小洒落た感じのする若い男性も落ち着いた声で紳士に問う。


「うむ。そうだな。では、次なる冒険について話すとしよう……先程も言ったように、遺物の回収はこれで一区切りついた。資金も潤沢にある。今まで我らは真面目にやってきたからな。そこで、ここらで少々遊んでみるのも良いのではないか?というのが、今回のマーリンのご指示だ」


 おもむろに本題を語り始めた紳士に、てんでに円卓や他の場所へと目をやっていた者達も全員が彼の方を振り返る。


「即ち、今度の冒険はそんな遊び心を持って、とある民間伝承を模した愉快な悪戯を行うこととする」


「愉快な悪戯?」


 先程の小洒落た感じの若者が聞き返す。


 まばらな観光客の行き交うグレート・ホールの真ん中で、周りに円を描くようにして立つ彼ら〝円卓の騎士〟達に、灰色の紳士は口元をニヤけさせると、ひどく愉しそうな顔をして告げた。


「そう……幽霊の狩猟をな――」

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