ⅩⅠ 円卓のカウンセリング(1)

 新生円卓の騎士団がサウスキャドベリー丘に集まった日の翌日……。


 刃神とマリアンヌはアルフレッドとともに、トラファルガー広場スクエアで高いコリント式の柱の上に立つネルソン提督の銅像を見上げていた。


 平日とはいえ、さすがに10時を過ぎるとウエストミンスターの真ん中にあるこの公園には、観光客や待ち合わせをする若者、ただただ暇な人達やらが多数たむろしている。


 しかし、彼ら3人は何もこの公園に遊びに来ている訳でも、暇を持て余して駄弁っている訳でもない……。


 今より10分程前のこと。今朝も恒例となったモーニングティーをたかりに刃神が〝緑男の骨董店グリーンマンズ・アンティーク〟を訪れたところ、同じくマリアンヌや彼らが待ち臨んでいたアルフレッドも姿を現したので、これまで同様、彼らは店の応接セットでミーティングを開くことにしたのだった。


 ところが、予想外にもちょうどそこへ、何を血迷ったかカタギの客らしき中年の夫婦が一組、平然と店の中へ入って来たのである。


 いや、この店も表向きは〝まっとうな〟骨董屋としてやっているのであるし、店構えもどこにでもあるごく普通の骨董屋なので、例えカタギの客が来ても別段、驚くべきことではないのだろう。


 だが、古くからの馴染みであるマリアンヌ以外の二人にしてみれば初めて見る光景であり、ほんとに普通の客が来ることもあるんだあ…と妙に感心した。


 ま、ともかくそんなことで、店内で犯罪絡みの話し合いをする訳にもいかず、店主も「他所でやってくれ」と目で強く合図を送ってきたので、仕方なく三人は店を出て、このトラファルガー広場に会議の場所を移したという次第である。


 セント・ジェームズ教会や王立美術院ロイヤル・アカデミーの近くにある緑男の骨董店グリーンマンズ・アンティークから、この〝トラファルガーの海戦〟を記念して造られた広場までは歩いて数分とかからない距離にある。


 他に目ぼしい場所もなかったし、カフェなどでも話すのは適さない内容なので、なんとなくこの広場へ向かうこととなった。


 ちなみに同じ近場の広場なら、エロス像の噴水で有名なピカデリー・サーカスもあるが、そっちは常に混雑していて喧し過ぎるのでやめた。


「――で、どうだったの? ベドウィル・トゥルブの行方は摑めたの?」


 どこか不機嫌そうに海戦の英雄・ネルソン提督像を睨みつけながら、巨大なライオン像の足下に座るマリアンヌがアルフレッドに尋ねた。


 フランス人にとって、ナポレオン戦争でフランスが英国に大敗を喫したトラファルガーの海戦は結構なトラウマらしく、ありえない敗北による衝撃を「トラファルガー!」と表現するくらいなのである。


「ええまあ、なんとか。この前もちょっと話しましたけど、トゥルブが破産のショックで頭イカれて入院したっていう病院や、実家に戻ってる奥さんとこへ保険の調査員偽って行って来たんすけどね、その後の経緯がいろいろとわかりましたよ」


 対して彼女の左脇に立つアルフレッドは、いつものヘラヘラとした笑顔でソフト帽の庇を無意味に上げながら答える。


「だったら勿体ぶってないで早く言いなさいよ! ベドウィル・トゥルブは今どこにいるのよ!」


「ああ、はいはい。今、言いますって。もう、せっかちなんすから……えっとですね、一昨年の3月末に破産したロード・ベドウィル・トゥルブは、4月の中頃にそのコーンウォールにある精神病院に入院したんすが、一週間とたたずにその病院を脱走してます」


「脱走?」


「ええ、そうとうおかしくなってたんでしょう。当然、捜索したらしいっすが、見付からなかったようですね。以降、しばらくはどこでどうしていたものか、誰に訊いてもよくわかりませんでした。奥さんやまだ学生の二息子と娘、親類縁者もまったく知りませんでしたし……まあ、おそらくはホームレスにでもなって、あちこち彷徨い歩いてたんじゃないかって話ですね。前にそれらしい人物が小汚い格好で公園にいるのを目撃した顔見知りってのがいたんすよ。サマセット辺りらしいっすけどね」


「え、じゃあ何? 今はホームレスってこと? ホームレスがあの騎士達を率いてお宝盗んでるわけ? そんならもっといい暮らしすりゃいいでしょうに!」


「いや、そうじゃないんすよ。まだ話には続きがあるんですって…」


 やはり不機嫌そうな口調で問い詰めるマリアンヌに、アルフレッドは両手を前に出して彼女を制すると、先を続ける。


「それがっすね。どういう訳か、その三ヶ月後の8月初めに、突然、トゥルブは逃げ出した病院に戻って来たんすよ。しかも、脱走した時よりもずいぶん頭はまともになって」


「戻って来た? ……三ヶ月もの間放浪してたってのに、なんでまた急に戻るわけ? まあ、まともになったからこそ、戻る必要性を感じたのかもしれないけど……でも、そんなホームレスしてるだけで、病院脱走するまでおかしくなっていた人間の頭が正常になるわけ?」


「さあ? そこまでは俺にもわかりませんよ。その放浪してる間に何かあったのかもしれないっすね。ただ、再入院の後は真面目に治療を受けてたようです。まともになったといっても精神疾患の完治はしてなかったようですから。そして、その間に自分の治療がてら心理学やカウンセリングの知識を学んだ彼は、11月の退院後、年明けた1月初めにロンドンで診療所を構えてカウンセリングを始めます。それも、なぜか恋愛問題専門の」


「恋愛カウンセラー? なんでそんな商売始めるのよ? 自分の経験をもとにそうした精神病のとかだったらわかるけど、なんでまた恋愛専門なわけ? 以前はプレイボーイだったとか? それに、その開業資金とかはどうしたわけ?」


 聞けば聞くほど余計、疑問が増えて行くアルフレッドの説明に、マリアンヌは不可解そうに眉をひそめ、またも強い調子で尋ねる。


「まあ、もとお金持ちの英国貴族ですから、それなりに色恋の道にも通じているとは思いますが……勉強したとはいえ心理カウンセラーの資格は持ってないようですし、正式なカウンセリングはやれなかったからじゃないっすかね? 開業資金の方は奥さんの実家に借金したそうです。もう全額返金してますが、その交換条件に奥さんとの離婚を要求されたそうで、現在、調停中らしいです」


「そんなトゥルブの個人的問題どうだっていいわよ……にしても、恋愛カウンセラーか……全然、あの騎士団と関係ありそうに思えないんだけど……ま、なんか、いろいろと腑に落ちないところもあるけどいいわ。それじゃ、とにかく今はロンドンでカウンセラーしてるのに間違いはないわけね? なら、当然、その場所も摑んでるんでしょうね?」


「それならご心配なく。そのトゥルブの診療所も見に行ってきました。休業日だったのか、そん時は閉まってたんで中には入っちゃいませんがね。で、その診療所の名前がまた興味深いんすよ。その名もずばり〝カウンセリング・オブ・ザ・円卓ラウンドテーブル〟」


円卓ラウンドテーブルっ⁉」


 アルフレッドの発したその単語に、マリアンヌは思わず声を上げた。

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