ⅩⅤ アーサー王の帰還(3)

「ああ、まだ俺がテストで〝登録した〟ままになってるな…」


「ちょ、ちょっと、何したんですか⁉」


 ところが、剣を顔の前に掲げて感慨深げに眺めるアルフレッドを見て、突然、ボールス卿が大声を上げる。


「え? ……何って……なに?」


 その言葉の意図がまるでわからず、キョトンとした顔でアルフレッドは聞き返す。


「何って、その剣ですよ! どうやって抜いたんですか⁉」


「え? 剣? ……って、これのこと?」


「ああっ! それは私が試しても抜けなかったのに……」


 いまだ意図の汲み取れぬアルフレッドだが、今度はガラハッド卿が目を見開いて口走る。


「ガラハッド卿だけじゃないっす!俺も、ここにいる誰もそれを抜くことはできなかったっすよ!」


 さらにパーシヴァル卿も驚愕の表情で叫び、それに続いてアルフレッドを見た他の騎士達の間にもどよめきが沸き起こる。


「そうだ。どんなに引っ張っても抜けなかったのに、いったいどうやって……」


「いや、誰にも抜けなかったこの剣を抜くことができたということは、つまり、彼がアーサー王の……」


 そして、トリスタン卿の呟きに、ついにパロミデス卿などはそんなとんでもない結論へと到達する。


「そうか! 彼はケイ卿ではなく、本当はその弟である我らが王、アーサーの生まれ変わりなのかもしれないぞ! アーサー王とケイ卿は兄弟として育てられ、長じては王と国務長官の間柄になった。ならば、同じような前世の記憶を持っていてもおかしくはない」


「それなら、さすがのベディヴィエール卿だって判断を間違えるかもしれませんね! あ、そういえば、彼の本名は確かアルフレッド……このウィンチェスターに都を置いたかのアルフレッド大王と同じです。アルフレッド大王といえば、アーサー王同様、攻め寄せる外敵からこのブリテンを守った偉大なる英雄……」


「んじゃあ、こいつが…あ、いや、このお方が俺達の……王様……」


 続いて、ガウェイン卿、ユーウェイン卿、ラモラック卿もそんなもっともらしい理由つけて、俄かに興奮を覚える。


「あ~あ、そういうこと……」


 ここで、ようやくアルフレッドは彼らが驚いている理由を理解した。


 事情を知らずに盗んできた彼らは、この〝石に突き刺さった剣〟を本物―つまり、アーサー王が引き抜いて、自らにブリテンの王となる資格があることを示した剣だと思い込んでいるのだ。


 いや、それどころか信じ難いことには、その剣を抜くことができたアルフレッドこそが、実はアーサー王その人の現世における生まれ変わりであると信じ始めているのである。


 そんなあり得ないことを本気で考えるとは、どうやら彼らにかかっているマインド・コントロールの強さはかなりのものであるらしい……。


「なるほど……皆さんにはジョークにならない玩具だった訳ね」


 騎士達が期待と畏敬の眼差しで注目する中、独りアルフレッドは納得して頷く。


 だが、なんのことはない。アルフレッドだけに剣が抜けたのには種も仕掛けもあるのだ。

 

 この剣はその柄の部分に指紋認証システムが内蔵されており、柄を握ることで指紋を確認するようにできているのだが、あらかじめ登録しておくと、その登録した者以外は剣を金床から抜くことができなくなるという、実はかなりの優れものの、お値段もそれなりにしたりする、お金持ちな大人用に作られた超ハイテク玩具なのである(ちなみに剣身も、玩具ながらちゃんと刃の付いた本物の真剣となってたりする)。


 そして、業者から納品された直後に盗まれたために、剣にはちゃんと仕掛けが働くかどうか試そうとアルフレッドが自分の指紋を登録したままになっていたのである。


「あ、いや、こいつはね…」


 しかし、アルフレッドはその仕掛けを説明しようとして、そこで不意に口を止めた。


 そんなことを知っているのは旧トゥルブ家邸博物館に関わっていた内部の人間以外あり得ない……即ち、それを語るということは、自分に疑いの目を向けられることに繋がりかねない訳だ。


 いや、それはマズい……みんな、こんなキラキラした純真な目をして期待してるのに、それを裏切って、なおかつ不審な点があるなんてわかったら、それこそ火に油を注ぐようなもんだ……ええい、仕方ない。こうなったら、こっちもその勘違いにとことん付き合ってやるってもんだ!


「そ、そういえば、前世でもこんなことを経験したことがあるような……ああ、だんだんと思い出してきた。そうだ、確か兄さんの剣を宿に忘れて困ってたら、この岩に刺さった剣を見付けたんで、こいつは渡りに舟と引き抜いたんだった……」


 アルフレッドは腹を括り、彼らの話に合わせて猿芝居を打ち始める。


「おお、では、やはり貴方様が……」


 その拙い大根芝居にも、騎士達の間からは感嘆の声が漏れる。


「そうか! 我らの王は、もう既にこんな近くにいらしたんだ!」


「ついに……ついに待ち望んでいたアーサー王が僕らの前に現れたんですね!」


 な、なんて、騙されやすい奴らなんだ……んま、マインド・コントロールかかったカルト信者なんてこんなもんか。こっちとしちゃあ、その方がやりやすくていいっすけどね……いや、それどころか、こいつぁもしかして、うまいことやれば、案外簡単にお宝が手に入るかもしんない……。


「うむ。我が円卓の騎士達よ。ずいぶんと長らく待たせたな。この剣のおかげで、我はようやくそのことを思い出した。そう……我こそがブリテンの王アーサーだ。現在、いろいろと大変な状況にはなっているが、もう大丈夫。これからは安心して我について来るがよい。フォ~ロー・ミィーっ!」


 皆の歓声にアルフレッドは調子に乗って、さらに芝居がかった口調で剣を天に掲げる。


「おおおお! 我らの王よ!」


「我らの王、アーサーに神の祝福を!」


「アーサー王、万歳!」


 だが、そうしてアルフレッドの田舎芝居にますます盛り上がりを見せる騎士達の中、他とは異なり、醒めた目でこの偽者の王を見つめる人物がいた……モルドレッド卿である。


「………………」


 彼女は、それまで信じていたものに失望したというような、何かに期待を裏切られたというような表情をして、アルフレッドの方をじっと黙って凝視している。


 加えてもう一人、ベディヴィエール卿もまた、他の者達とは違った感想を持って、この詐欺師の素人芝居を鑑賞していた。


 ただし、彼はモルドレッド卿ともまた違って、外見上は皆と同じに大変、愉快そうである。


 ……フフフ…これはいい。これはいいぞ……私もまったく見憶えのないあの剣の抜き方を知っていたところを見ると、どうやらこの男にも色々と裏がありそうだが、我がシナリオに疑念を抱き始めた騎士達の心を再び一つにまとめるには絶好の機会だ……悪いが、そなたのことをとことんまで利用させてもらうぞ……。


「さ、急がないとここへも警察の手が及びます。積もる話もありましょうが、先ずはここを出て、どこか安全な場所へ移動してからにいたしましょう、ねえ、〝陛下〟?」


 ベディヴィエール卿はその口元を狡猾な笑みに歪めると、アルフレッドに向かって慇懃な言葉遣いでそう奏上した――。

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