ⅩⅡ のどかな騎士道場(3)
さて、その頃、件のケイ卿はというと……
「――だから、そう言われたって、わからないもんはわからないんですって」
牧場に造られた射撃場の裏手にある森の中で、こっそりと隠れて電話をしていた。
〝わからないってどういうことよ!あんた、なんのために潜入してんの!〟
彼が迷惑そうに耳に付けるスマホの向こうからは、甲高いマリアンヌの怒鳴り声が聞こえてくる。
「いや、だからっすね。一週間前にこんな辺鄙なとこに俺らを置いてったっきり、奴さん達、まるで姿を見せないんすよ」
ケイ卿ことアルフレッド・ターナーは、遠くロンドンの北に位置するロチェスターから電波で金切声を飛ばして来る彼女にますます迷惑そうに顔をしかめた。
マクシミリアンやジェニファーと同じく、あの日、彼もまんまと
「いや、俺だってヤツらのことを探ろうといろいろ努力しましたよ? でも、牧場で訓練してろとだけ言い残して、全員どっかへ行っちまったんだから探りようもない。ま、俺は根が真面目な方ですから、ちゃんと言い付け守って毎日々〃鍛錬に励んでますけどね。いい加減、こんな退屈なだけで成果のない仕事、こっちだってもうウンザリっすよ。小生意気なボーメンの小僧にはなんだかいろいろ文句言われるし……」
そのケイ卿ことアルフレッドは、朝から一度も射撃練習に使用していないライフルを木の幹に立てかけ、その傍らに敷いたシートの上に寝転がって、飲みかけのワインボトル片手に調子良く答える。
その格好もマクシミリアン達とは違い、普段通りのシャツ姿である。
〝ボーメン? ……綺麗な手ってなんのことよ? そんなことより、ここんとこ連日であいつらの仕業らしいテロ事件が起きてんのよ? 現場にはまた例の円卓の旗が立ってたっていうし、ウォーリーの話じゃ、場所はすべてアーサー王絡みの古戦場だそうだから間違いないわ。それについて、どこそこで何やったくらいの連絡は入るでしょうに! おまけにその一つはあんたが今いるそのウィンチェスターで仕出かしてんのよ?まさかあんた、自分の仕事サボって、大事な話も聞き逃してるんじゃないでしょうね⁉〟
そんなケイ卿に向かって、伝説ではよく彼を罵っているグウィネヴィア妃よろしく、マリアンヌはなおもヒステリックな声を浴びせかける。
「それが云とも寸とも言ってこないから困ってるんですって。さすがにウィンチェスターで事件起こした時はこっちにも寄ると思いましたけどね。ところがどっこい、それがまったく音沙汰なし。今朝のニュースじゃ、一昨日もロチェスターでやらかしたみたいだし、皆さん、遊びに夢中で俺らのこと忘れてるんじゃないんですかね?」
〝おい、ちょっと替れ……あ、ちょっと何すんのよ!〟
いつものお茶らけた口調ながらもアルフレッドが再び不満を漏らすと、スマホの向こうでは何やら争う遣り取りの後に、今度は声が石上刃神のものに変わる。
〝おう、俺だ。小娘じゃ埒が明かねえんで電話替った……もう! 何、許可なくあたしのスマホ使ってんのよ!〟
「ああ! 旦那。いやあ、よかった。マリアンヌ嬢ちゃんの声は耳に響いて堪んないっすよ……あ、これ、本人には秘密にしといてくださいね」
〝ああ、小娘はキャンキャンうるせえからな……なんですってえっ! ……ああもう、ウザってえなあ、頼むからちょっと静かにしてろ! …ああ、すまねえ。んで、今の様子だと、どうやら、いまだにヤツらからの連絡はねえようだな〟
「はい。そうなんっすよ。なんだか娑婆じゃ大騒ぎのようですけど、この都会の喧騒からは隔絶された別天地じゃ、逆にこっちがニュースで初めて知るようなもんでして……」
まだ揉めている模様の向こう側の声に、アルフレッドはどこかホッとした様子でそう答えた。
〝そうか。こっちもこれまで同様、今日もヤツらが事件を起こしたっていうロチェスターの現場に来てみてるんだが、これといって目に留るようなもんは今んとこねえ。だが、
「えっ、本当っすか? で、その目的ってなんなんっす?」
〝それが、ヤツらが外国人相手にテロを起こしてる場所は、すべてアーサー王がサクソン人と戦ったネンニウスの語る『十二の戦』にちなむ土地のようなんだな。つまり、ヤツらはそれを模倣して、その同じ場所でサクソン人ならぬ外資系企業を討伐して回ってるって寸法だ。まったく、どこまでも愉快な野郎どもだぜ〟
「なるほど。んじゃ、今回もまっとうな理由がある訳じゃなく、遊び気分満載であんな洒落にならないことやらかしてくれてると」
〝ああ、そういうこった。で、まだ報道には上ってこねえが、ロチェスターの次にアーサー王が戦って、ついにサクソン人を討ち破った最後の戦いの場所がスウィンドンのバドベリー・キャンプだから、たぶん昨日はそこらでなんかやってるだろう。ま、無駄足だとは思うが、この後、俺は小娘とそっちへも行って来るつもりだ〟
「そりゃご苦労さまっす。んじゃ、俺も楽しい騎士道の訓練を切り上げて、テレビとネットで何か情報流れてないか見てみるっすよ」
〝そうだな。だが、これでヤツらの十二の戦いごっこも終わったことだし、次にまた新しいこと始めるのに何か連絡取ってくるかもしれねえぞ?〟
「え、マジっすか⁉ そいつは願ってもない。これでようやくこの退屈な田舎暮らしからもおさらばできるっすよ!」
〝ところで、それよりもエクスカリバーの在処についてはどうなってる? 他に何か新しい手掛りは摑めてねえのか?〟
その明るい予言に嬉々とした声をアルフレッドが上げると、刃神は不意に話題を変えた。
「え? …ああ、そっちっすよねえ。いやあ、前にもお伝えしたように、ウィンチェスターの街にヤツらのアジトがあるらしいようなことを言ってたんで、もしかしたらそこかもしれないんすけどね。それ以上のことはまだ全然わからなくて」
〝ああ、確かにそんなこと言ってたな……だが、それだけで、ウィンチェスターの街ん中から場所を突き止めるのは無理ってもんだぜ〟
「ええ。番地とまでは言いませんが、せめて建物の特徴だけでもわかればいいんすけどね。それでも、駄目もとで町に降りて探そうとも考えましたが、町に降りようにも交通手段がない。おまけに牧場の地主やその息子の小僧がたまに来たりするんで、なかなか大胆な行動はできないんすよ…」
そう、アルフレッドが嘆いた時であった。
「おーい! ケイ卿~っ! どこでサボってるんだ~っ!」
牧場の方から、彼の名を呼ぶ子供の声が聞こえてくる。
「あ、またうるさいヤツが来た……」
〝ん? どうかしたのか?〟
「いや、すみません。なんか牧場の小僧が俺を探してるみたいなんで、今日のところはこれで失礼します」
〝お、そうか。そんじゃ、またな……あ、ちょっと、もう一度、あたしに替りなさいよ…!〟
「じゃ、そゆことで」
スマホの向こうでは何やらマリアンヌが騒いでいるようだったが、アルフレッドは迷いなくホールドボタンを押した。
そして、ガレス卿の呼ぶ牧場の方へと森の中から出て行く。
「やあ、ボーメン。なんだい? もう昼飯の時間か?」
アルフレッドは牧場の境界線に建てられた柵の横木に寄りかかり、青々と牧草の生い茂る牧の上でキョロキョロと辺りを見回しているガレス少年に声をかけた。
「ああっ! そんなとこにいたのか。やっぱりまた練習サボってたな。ちょっとはエレック卿達を見習えよ。そんなことじゃパフォーマンスに出させてもらえないぞ?」
彼の姿を見かけると、少年は駆け寄って来ていつものようにアルフレッドを嗜める。
「いや、別に俺はサボってた訳じゃないぞ? ちょっと射撃の訓練もし過ぎて腕が疲れたし、休憩も兼ねて、今度は足腰を鍛えるために森の中をトレッキングしてたんだよ。そう。一見サボってるように見えるかもしれないが、これも訓練なんだ」
対してアルフレッドは、右手にもったライフル銃を掲げて、こちらもいつものように適当なことを言って誤魔化した。
「本当かなあ……じゃあ、その左手に持ってるレジャー用シートとワインボトルはなんなんだよ?」
「あ! ……い、いや、これはだな……そ、そうだ。雨が降って来た時、ライフルが濡れないよう包むために持って来たんだ。俺は準備がいいって昔から評判なんだよ。あと、このワインはなんだ、そ、そう! 射撃の的だよ! 的!」
目聡いガレスに、アルフレッドは慌てて詐欺師とは思えないような下手な言い訳をさらに重ねる。
「でも、どうしてレジャー用シートなんだよ? それにそのボトル、まだ中身入ってるみたいじゃんか……どうにも嘘臭いんだよなあ」
「それしか手近になかったんだよ。相変わらず疑り深いやつだな。っていうか、お前、いつも俺にそうやって文句付けてるけど、俺はお前よりかなり年上なんだぞ? 少しは年長者を敬ってだな…」
疑わしい目で睨むガレス少年にそう説教を垂れようとするアルフレッドだったが、少年はまるで聞いちゃあいない様子であっさり無視すると、いきなり本題に入る。
「あ、そうだ。それよりもベディヴィエール卿達がこっちに来るから、離れの方にいてくれってさ」
「おい、ちゃんと俺の話を聞け…って、なんだって⁉ おい、そ、それほんとか⁉」
思いがけぬそのニュースに、叱りかけたアルフレッドも驚きの声を上げる。
「嘘言ってどうすんだよ。もうすぐ着く頃さ。それを伝えるために探してたんだ。エリック卿達はもう行ってるよ」
「それを早く言えよ。よし! 離れだな。旦那の言った通り、こいつはようやく事態が動き出したようだぜ! ……っと、離れはこっちか……」
聞くが早いか、わざわざ探してまで伝言しに来てくれた善良な少年をその場に残し、いつになく素早い身のこなしで柵を乗り越えると、方向を間違えつつも待ち人の到来を待つ離れの小屋目指してアルフレッドは駆け出した――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます