ⅩⅡ のどかな騎士道場(2)

「英国警察は、この件に関してどう動くと思いますか?」


 恐怖を感じている彼女の気を逸らすかのようにして、マクシミリアンが不意に尋ねる。


「え? ……ああ、そうですね……わたしも蚊帳の外なので正確なところはわかりませんが、おそらくはIRAのようなテロリスト組織の犯罪とみなして、特殊部門のSO19やテロ対策のSO13が出てくるものかと。また、警察とは別にM15(※イギリス情報局保安部)も出ばってくるかもしれません」


 抱いた恐怖心を見透かされぬように取り繕い、ジェニファーは早口に答える。

「旧トルゥブ家邸博物館の襲撃やキャッシュ・ポイント、現金輸送車からの現金強奪もそのための資金集めと考えるでしょう。アダムスへの怨恨の線はたぶん軽視されますね」


「一見そう見えるだけに仕方はないが、どうしてもそちらの方面に目がいってしまうか……だが、それでは的外れです。その捜査方針ではいつまで経っても彼ら真犯人に辿り着くことはできない。今後もヤードは今回のテロと一連のアーサー王伝説にまつわる事件を結び付けては考えないだろうし……私のような部外者に口を出されるのは甚だ迷惑だと思いますが、こうなったら我々でなんとか円卓の騎士団の方へ目を向けさせなくては」


「はい。でも、まだ銃器の不法所持程度のことしか証拠を摑んでいません。それだけでは捜査本部の方針を改めさせることはできないでしょう……上を説得させられる確たる証拠を摑むためにも、早く彼らと行動をともに…」


「シッ!」


 ジェニファーがそう言いかけたその時、マクシミリアンが突然、彼女の口を塞いだ。


「彼が来る……」


 目で示すマクシミリアンの視線を追って彼女が振り向くと、厩舎の方からこちらへやってくる一人の少年の姿がその眼に映る。


「よ! お二人さん、毎日々〃精が出るねえ」


 赤と黒のタータンチェックのシャツにジーンズのツナギを穿いた、小学校高学年くらいの元気な男の子である。


「ああ、これはガレス卿」


 柔らかい牧草を長靴で踏みしめ、意気揚々と近付いて来るその少年に、マクシミリアンは馬から降りつつ、そう声をかけた。


「なんか、その堅っ苦しい呼び方はしっくりこないんだよねえ。ボーメンでいいよ。他のみんなはそう呼んでるし、なんかアメリカ映画のヒーローみたいでカッコイイじゃん。意味はよくわかんないけど」


 対して少年は悪戯っぽい笑みを浮かべながらそんな風に答える。


 彼はこの牧場の地主の息子であり、ベドウィルに雇われた親の手伝いで円卓の騎士団が留守の間、馬の面倒をみたり、騎士達が訓練に来た時の世話をしたりしているのだ。


 ベドウィル初め円卓の騎士達は、そんな彼をオークニーのロッド王とアーサー王の異父姉モルゴースの子で、ガウェイン兄弟の末っ子ガレス卿に見立ててそう呼んでいる。


 〝ボーメン〟というのは、まだ兄達と面識のなかった彼が騎士にしてもらうためにキャメロットを訪れた折、身分を隠していたのでケイ卿に厨房で働かされることとなり、その際に付けられた渾名である。


 フランス語で〝ボーメン〈beau mains〉〟は〝美しい手〟を意味し、男なのに白く美しい手をしていたことから、ケイ卿は嫌味でそう名付けたのだそうだ。


 とはいえ、この少年は団員の騎士達とは異なり、ベドウィルのカウンセリングを受けた訳ではないし、退行催眠による暗示もマインド・コントロールも施されてはいない。


 しかしながら、他の兄弟達と違って性格に影がなく、皆に愛されていたガレス卿のようにこの少年もまた純朴で明るい性格の持ち主であり、彼を可愛がる団員達から愛着を持ってそう呼ばれているのだった。


「いや、同じ騎士たる君にも敬意を払わなくてはな、ガレス卿。そういえば、今日は土曜日だったか。学校は休みだから家の手伝いかな?」


 いつになく冗談めかしてマクシミリアンは返事を返す。彼らも皆にならって少年をそう呼んでいるのだが、実は本名を知らなかったりもする。


「ああ、遊んでばっかいると父ちゃんがうるさいからね。ま、手伝うと小遣いもらえるからいいけど……ねえ、それより次はどこで馬上模擬戦のパフォーマンスやるんだい?」


 マクシミリアンの質問に答えると、今度はガレス少年の方がキラキラとした瞳を彼に向けて尋ねてくる。


 牧場を借りるのに、さすがに円卓の騎士の生まれ変わりの一団が武芸の訓練のために使いたいとも言えないので、各地のお祭りなどでそんな円卓の騎士団的パフォーマンスを行っているサークルということに一応なっているらしい。


「いや、我々はまだ入ったばかりだから聞かされていないんだ。訊きたいのはむしろこっちの方だよ」


「ふーん。そうなんだ。近くでやるんなら、おいらも見に行くんだけどな……」


「ところで何か御用? わたし達に用があって来たように見えるけど」


 少々皮肉めいたマクシミリアンの返事に残念そうな顔で呟く少年へ、ジェニファーもバイクを下りながらそう訊いた。


「ああ! そうそう。それを伝えに来たんだよ。父さんのとこに電話があったんだけど、ベディヴィエール卿達が全員でこっちに来るってさ」


「何っ⁉」


 思いがけず、あっさり発せられたその重大なお知らせに、マクシミリアンとジェニファーは目を見開いて顔を見合わせる。


「で、昼飯食いながらミーティングするから、新人のエリック卿達も離れの方に集まっててくれってさ。あ、もしかして、次のパフォーマンスする場所が決まったのかな?」


「そうか。ついに来たか……」


 そして、少年の言葉にマクシミリアンは微かにニヤリと笑みを浮かべる。二人が待ちに待っていた、新生円卓の騎士団の活動に同行できる機会がやってきたのだ。


「全員……これでようやく騎士団のメンバーすべてを把握できる」


 同じくジェニファーも、思わず不敵な笑顔を見せて小声で呟く。


「よし。いよいよ我らの冒険の旅に参るぞ、エニード」


「はい。我が夫、エリック卿」


 そうとわかれば待ち切れないという様子で、芝居がかった台詞を口にしながら馬の手綱を引いて歩き出すマクシミリアンに、同じく大仰な口調でジェニファーも付き従う。


「あ! ところで二人とも、どっかで〝ケイ卿〟見なかった?」


 そんなエリックとエニードの背中に、思い出したかのようにガレス少年が声をかけた。


「ケイ卿? ……さあ、わたし達は朝食の後で別れたきり見てないわ。確か射撃場へ練習に行くって言ってたと思うけど?」


 バイクを押して厩舎の方へ進むジェニファーが振り返って答える。


「それが、射撃場に行ったけど姿が見えないんだ。まったく、また練習サボってどっかで遊んでるな。二人とは大違いだよ」


 それを聞いて少年は、足を止めぬまま周囲の広々とした景色を見回し、困ったもんだというような表情を作って見せた――。

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