Ⅳ 展覧会で巡るアーサー王文学史(2)

 まず初めに知っておかねばならぬことは〝アーサー王伝説〟と呼ばれるものが一つの物語ではなく、いくつかの異なる物語からなる集合体だということだ。物語群と言った方がいいかもしれない。なので、時代やそれを記した作者によって、おのずとその内容もまた変わってくる。


 それ以前にも〝アーサー〟という名が史料にちらほらと出てくることはあったが、〝伝説〟と呼べるような物語として最初のものは、850~1150年ぐらいの間に著されたと考えられる『タリエシンの書』である。


 作者は6世紀後半のカンブリアの吟唱詩人タリエシンとされているが、本当にタリエシンの真作であるかどうかはわからない……が、ともかくも、この中にアーサーのことに触れた詩が五篇ほどあり、中でも『プリディ・アンヌウン』――〝アンヌーンの略奪〟という作品は、ウェールズの他界〝アンヌーン〟にタリエシンを含むアーサーの武人達が三隻からなる船団で赴き、あの世を治める人物の宝物――特に〝魔法の大鍋〟を奪うという、アーサーを主人公とした物語である。


 その筋を見ればわかる通り、後の騎士物語などと違って、きわめてケルト的で異教的なお話となっており、おそらくは〝他界の襲撃〟というケルト神話に見られるテーマからきているのだろうといわれているが、この豊穣をもたらす〝魔法の大鍋〟を求める冒険が、後に〝聖杯探究〟の話に発展したのではないかとも考えられている。


 この『プリディ・アンヌウン』と並んでもう一つ、異教的要素の濃い初期の伝説として挙げられるのが、11世紀より少し前に成立したと思われるウェールズの『キルフフとオルウェン』だ。


 19世紀に翻訳された『マビノギオン』という散文物語集や『リゼルフの白い本』、『ヘルゲストの赤い本』の中に納められており、やはりアーサー達が異界を訪れる物語なのであるが、こちらで手に入れるのは鍋ではなく、うら若き色白の美女だったりする。


 話の筋は、ただ一人の女性――大男イスバザデンの娘オルウェンを愛するよう運命付けられているアーサーの従兄弟キルフフが、アーサー王に家来七人を授けられ、アーサー共々〝プリドウェン〟という船でオルウェンを手に入れに向かうというものである。


 その後、イスバザデンは困難な課題をキルフフに与え、なかなか結婚を許そうとしないが、アーサーの家来達の助けで難題をすべて解決し、イスバザデンは殺され、若い二人は結ばれる……といった具合に、一応、ハッピーエンドだ。


 しかし、ここで重要なのは、一見キルフフとオルウェンが主人公のように見えて、その実、アーサーの家来達の冒険が物語の中心であり、ケイやベドウィル――ウェールズ語でいうベディヴエールなどの、後の物語で〝円卓の騎士〟となる者達も登場しているということである。


 もっとも、その一方でアイルランド神話『クーフーリン物語』に出てくる人物なども登場するように、まだまだ今聞くアーサー王伝説には程遠い。


 とはいえ、お馴染みのキャラクター達が出現し始めたのは確かであり、少し時代下って1150年頃に書かれたと思われるウェールズの詩集『カマーゼンの黒い本』の中の、俗に『パ・ギール』と呼ばれる無題の詩では、ケルト神話の神モドロンの子マボンやリルの息子マナウィダン、ライオン、魔女、豹らしき怪物キャス・パリーグなどとともに、先程のケイやベディヴィエールに加え、さらにアーサーの父親ウーゼル・ペンドラゴンまでが出てくるようになるのである。


 同じく、11~12世紀にかけて蒐集された『トリオイズ・イニス・プリデイン』――〝ブリテン島の三題歌〟という名もなきウェールズの吟唱詩人達の詩集でも、アーサーの名は20を超える作品に登場し、そこには「アーサーは島の最高の君主で、コーンウォールのケリウィグの宮廷を居所とした」だとか、「ケイ、ベドウィル等の家来がいる」のだとか書いてあり、カムランの戦いでアーサーが最後を迎える様子なんかも述べられている。


 また、現在見る伝説の中で最も有名なエピソードの一つといえるのが『トリスタンとイゾルデ』の話であるが、その主人公、円卓の騎士の〝トリスタン〟の名前や、イゾルデの夫となるマルク王が〝マーチ王〟の名で登場し、アーサー王は「マーチ王と覇を競う」などともある。


 ただ、もともとこのトリスタンはアーサー王伝説とは関係なく、独立した物語の主人公として、ウェールズ文学では人気のある人物だったらしい。


 とまあ、そんな感じで、後の物語へと繋がる萌芽が見られるとはいえ、猛獣は出てくるわ、異教の神は出てくるわと、騎士道ロマンスというより『インディー・ジョーンズ』か『トゥームレイダー』かといった冒険野郎な初期の伝説であるが、自称トレジャー・ハンターのマリアンヌとしては、むしろそっちの方が好みだったりもする。


 そこら辺のことも、彼女がアーサー王伝説に興味を持つようになった要因の一つではあるのかもしれない。


 ま、そうしたマリアンヌの趣味趣向と当時の人々のそれが同じであったかどうかはともかくとして、このローカルな王様の冒険物語が、あるきっかけによってイタリア、中東はおろかヨーロッパ大陸のいたる所にまで広まることとなる……即ち、1096年より始まる悪名高き十字軍である。


 皮肉にも、この神の威を借りたヨーロッパ挙げての大侵略行為を通じ、攻め込んだ中東世界や、逆に攻め手側として集まった兵達の故郷へとブリテン出身の参加者からアーサー王の話が伝わっていったというわけだ。


 その証拠に、1120年に作られたイタリア北部・モデナ聖堂北口上の飾り迫縁(せりぶち)には、もうすでに王妃グウィネヴィアを救うアルトゥスとガルヴァジン―即ちアーサーとガウェインの姿が彫られていたりなんかもするらしい。 


 そして、12世紀。


 アーサー王の名が世界的に知れ渡るのを待っていたかのように、後の伝説に大きな影響を与える一冊の歴史書が登場する……それが、1136~1138年の間に書かれた、司祭ジェフリー・オブ・モンマスによる『ヒストリア・レギューム・ブリタニア』――〝ブリタニア列王記〟だ。


 これはブリテン最初の王ブルータス~7世紀のグウィネズ王カドワラダーにいたる王達の事績をまとめたもので、その三分の一がアーサー王のことについて書かれているのだが、現在見るアーサー自身に関する逸話の筋はここで初めて語られるのだ。


 例えば、異民族の侵入に抗しようとサクソン人の傭兵を雇い入れ、逆にブリテンの危機をもたらした僭主せんしゅ——ローマ帝国に断りなく、勝手に王を名乗ったヴォーティゲルンを、コンスタンティン家のアウレリアヌス・アンブロシウスとウーゼル・ペンドラドンの兄弟が倒して王位を奪い、アウレリアヌス、ウーゼルに続いて、ウーゼルの子アーサーが王となるという流れもそうである。


 アーサー王伝説におけるもう一人の最重要人物――魔術師にして予言者のマーリンもこの本で初めてアーサーと関わりを持って描かれるし、名前は〝カリブルヌス〟になっているが、これから見に行く件の魔剣〝エクスカリバー〟をマーリンがアーサーに与え、彼を王として導いていくという筋もこのジェフリーが初見だ。


 モルドレッドがロジアンとノルウェーの王ロッドの息子で、アーサーの王妃グウィネヴィアと共謀して(現在よく知られている話では、モルドレッドに囚われる側)謀反を起こし、カムランの戦いで敗れ死ぬというストーリーもそうだし、アーサーもこの戦いで致命傷を負い、従兄弟のコーンウォール伯爵カドールの息子コンスタンティンに王位を譲った後に、船で〝林檎の島――即ちアヴァロン〟へと運ばれていく話もそうである。


 その他にも、アーサー王はサクソン人、スコット人、ピクト人からブリテンを守るのに止まらず、巨人を倒し、華麗な宮廷儀式、騎士道精神に則った馬上槍試合を催し、二度もガリアでローマ軍を撃退するなど、その後のアーサー王伝説の原型がこの『ブリタニア列王記』によって決定されたと言っても過言ではない。


 ただし、ここで注意しなければならないのは、この本が一応、歴史書と銘打ってはいるものの、到底、〝歴史書などと呼べる代物ではない〟ということである。


 ジェフリー本人は、セント・ジョージ・コレッジ学長のウォルターという人物からブリトン人の言葉で書かれた古い書物を見せてもらい、それをラテン語訳して『ブリタニア列王記』を書いたと主張しているが、物語の多くは創作であり、そうでなくても誇張して書かれている。同時代の人間ですら「ジェフリーは歴史をでっちあげてる」と批判しているくらいなのだ。


 しかし、そんな嘘八百の書かれたこのジェフリーの歴史書も、当時、イングランドを支配していたフランス系のノルマン朝やそれに続くアンジュー朝――プランタジネット王朝……中でも特に初代の王ヘンリー二世からは大いに支持されることとなる。

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