Ⅳ 展覧会で巡るアーサー王文学史(1)

「――フゥ……こうして伸び伸びと自然の中を歩くのも久しぶりね」


 ようやくハンコック博士の長話から解放され、マリアンヌは麓に見える小さな湖の、その湖畔に建つ旧トゥルブ家邸博物館を目指し、なだらかな丘城ヒルフォートの丘をゆっくりと下って行く……丘を撫でる爽やかな風に吹かれつつ、緑に色付く雄大な草原の景色を眺めて歩くのはなんとも心地が良い。


 とはいえ、彼女は別にコーンウォールの自然散策を楽しむためにここへ来たのでもなければ、その博物館を訪れるのだって一般旅行客のような観光目的からではない。


 現在、エクスカリーバーと伝えられる剣並びにアーサー王所縁の品々が展示されている旧トゥルブ家邸博物館……その、今回、自分の〝仕事場〟となる場所をこれからちょっくら下見しに行こうというのが、今、マリアンヌが雄大な自然の中を散策気分で歩いている真の理由なのである。


 聞くところによると、なんでもその博物館の建物は、エクスカリバーを持っていたトゥルブ家なる貴族が以前住んでいた邸宅で、今の持ち主である金貸しのアダムスという男がトゥルブ家伝来のお宝ともども借金のかたに巻き上げた挙句、多少手を加えて博物館にしたものなのだそうな。


 借金の形でさらなる商売を考えるとは、よくいえば商売熱心。悪くいえば、なんともまあ、因業である。


「そんな因業オヤジにアーサー王のお宝なんてもったいないわ。ここは一つ、この正義と自由の怪盗マリアンヌ様の手で、悪人に囚われたお宝達を解放してあげなくっちゃ!」


 自分の悪事は棚に上げ、そうした身勝手な正義に意気揚々とするマリアンヌの眼前に、丘の上からは小さく見えていた博物館の建物が、その豪壮な容姿を澄んだ湖面の上に映し始める。


 いわゆる地方貴族の住んでいたカントリー・ハウスなのだが、邸宅というよりはこじんまりとした城のようにも見える。


 大きさもそれほどではなく、さすがに城壁で囲まれているわけでもないが、石造り四階建てのノルマン調建造物の厳つい屋根には、よくお城で見かける銃眼(射撃のために頭が凸凹した壁)や、尖塔のようなものも煙突に混じってくっ付いている。


「なかなかいいセンスしてるわね。気に入ったわ」


 青空のキャンパスに映える灰色の城を見上げ、そう独り感想を述べると、背の低い石積みの壁の正面に設けられた鉄柵の門を潜り、マリアンヌは敷地内へと足を踏み入れた。


 敷地内は一面鮮やかな緑の芝生で覆われ、その真ん中を建物に向かって白砂の敷かれた細い道が一本通っている。彼女は門の脇に新たに立てられた券売所の小屋で入館料を払うと、その白い道をしずしずと奥へ進んで行った。


 先程の遺跡に比べれば静かなものだが、こちらにもマリアンヌ同様…いや、目的は彼女と大幅に異なるだろうが、訪れた見学者達の姿がちらほらと見られる。


 その人間達がまるでミツバチのように出たり入ったりしている巣の入口――正面玄関から、彼女も人の流れに乗って建物の中へと滑り込んだ。


 するとそこには、やはり田舎の個人邸宅などではなく、〝城〟と呼ぶに相応しい豪奢で華麗な空間が広がっていた。


 玄関を入ってすぐの所は二階までが吹き抜けのホールとなっており、正面には大きな階段、それを上った場所もちょっとした広間になっている。


 天井から下がる豪華なシャンデリアや意匠を凝らした階段の手摺りなどに貴族のお屋敷の面影を見せてはいるが、これだけの広い空間があれば、博物館として利用するのにもあまり手をかけずにすむであろう。


 マリアンヌは広間の入口で一度立ち止まり、首を捻って周囲の様子をぐるりと見回してみた。


 屋外の長閑のどかで静かな景色と違い、中はたくさんの来館者達によってがやがやとごった返している。


 広間の中央や壁際には、三方あるいは四方から覗ける大きな展示ケースがいくつか置かれており、人々はその周りを二重三重に取り囲んで、順番にその中身を覗き見ようとしているようだ。


 マリアンヌもそんな他の客達に混じって、とりあえず展示スペースを見て回ることにした。


 先ずは今いるホールのケースを覗ってみると、先程、見学して来た丘城ヒルフォートの遺跡で見付かった出土品の数々がその中に展示されている。


 あのずんぐりむっくりの博士が言っていた通り、ローマ式の壺〝アンフォラ〟やその他の土器の破片に始まって、錆び付いた金属製の食器だの、鈍い輝きを放つ金銀で作られた装飾品だの、炭化して真っ黒になった木の実や雑穀の塊だのが、その遺物の名や時代を記したキャプションとともに、まるで宝飾品店の陳列棚の如くガラス板の向こう側に整然と並べられている。


 中でもマリアンヌの目を惹いたのは、〝キーロー〟――即ちキリストを意味する〝X〟と〝P〟を組み合わせた文字の描かれた銀の皿や、異教の神へ捧げたらしい黄金の奉納板だった。


 貴金属ということで職業柄、〝取扱商品〟として興味を抱いたのもあったが、なんとなく蛮族が跋扈するイメージを抱いていた5世紀のイングランドに、そうした異教と習合したキリスト教が根付いていたという事実がなんともおもしろい。


 また、展示ケースの他にホールの壁には旧トゥルブ家領遺跡の遺構や発掘風景なんかを写した写真と解説パネルも掛けられており、ここを見るだけでも遺跡の内容をざっと理解できるようになっていた。


 そして、ホールから正面の大階段を上った所にある二階の広間……そこに、どうやら件のエクスカリバー並びにトゥルブ家伝来のアーサー王関連の品々が展示されているらしい。


 しかし、その目玉商品目当てにいっそうの人だかりができていたし、どちらかといえばケーキのイチゴは最後まで取っておく派であるマリアンヌは、二階を後回しにすると、その前にホールをぐるっと取り囲む一階の各部屋を回ってみることにした。


 それらの部屋も、かつて人家として使用されていた頃の雰囲気を残しつつ展示室へと改造されている。窓に掛るカーテンや暖炉などはそのままなのだが、家具は勿論なく、ドアも邪魔なためか取り外されている。


 ゲストルームだったのか? それとも使用人部屋だったのか? 今のホールに比べるとひどく狭く感じられる各々の部屋には、オーナーのアダムスが集めたものらしきアーサー王関連の絵画や年表、書籍などが所せましと飾られ、順路に沿って一周するとアーサー王伝説について一から学べるような趣向となっている。


 マリアンヌはその一階展示室を、昨日学んだ内容をおさらいでもするかのような気持ちでざっと見て回った。


 実は昨日、緑男の骨董店グリーンマンズ・アンティークを出た後、マリアンヌはそれでも少し気になって、二、三、アーサー王伝説について書かれた概説書なんかを大英図書館に行って読んでみたりした。


 すると、この英国を代表する王様の伝説が、意外や意外、彼女の祖国フランスとも非常に深い関わりを持っていることがわかったのある。


 マリアンヌが突然、アーサー王伝説に興味を抱くようになった理由もまさにそこにある。だが、そのことを説明するには、この世界最大の規模を誇る伝説がいかにして生まれたのかというところから語らねばならない……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る