ⅩⅧ 生き続ける伝説(2)

 それより少し時間は戻り、その日の午後6時、ピカデリー……。


 刃神、マリアンヌ、アルフレッドの三人は、緑男の骨董店グリーンマンズ・アンティークの応接用テーブルで、主人の入れてくれたお茶を飲みながら一息吐いていた。


「フゥ…ようやく人心地ついたぜ」


 カップのお茶を一気にあおり、刃神は呟く。ちなみに本日のお茶はダージリンのストレートティーである。


「あの警戒の中を帰って来るのはさすがに疲れたわね。そこら中で検問してるし」


「ええ。俺なんかもうヘトヘトですよ。いつお宝持ってるのバレるかと緊張の連続で……10年は寿命縮んだかもしれないっすね」


 刃神の呟きに、組んだ手を上に伸ばして気伸びするマリアンヌと、疲れ果てた様子でソファーに仰け反るアルフレッドも同意の言葉を述べる。


 彼らもプリドウェンに辿り着いた騎士達同様、グラストンベリー周辺を中心に英国各地に張り巡らされた警察の目をどうにか掻い潜り、先程、無事、ロンドンへ帰って来たばかりである。


「だが、その苦労の甲斐あって、今回の狩りの成果はまずまずだ」


「ええ」


「そうっすね」


 そう言って三人は嬉々とした顔で、刃神はエクスカリバーを、マリアンヌは王笏と宝珠を、アルフレッドは王冠を手に持ち上げて掲げる。


 その三人の成し遂げた冒険を讃えるかのように、テーブルの上に吊る下がる橙色の照明の光を受けて、それぞれの御物に嵌め込まれた宝石がキラキラと眩い輝きを周囲に放った。


「やはりアーサー王のものと伝わるだけあって、何度見ても素晴らしい代物じゃのう」


 そんな宝物達を眺め、お茶受けのサンドウィッチを運んで来た店の主がうっとりとした声で呟く。


 今日はもう店も閉め、彼も三人の冒険譚に耳を傾ける気満々である。


「ま、ヤツらが持ってたアーサー王のお宝の内、手に入れられたのはこれだけだけどね……ねえ、ウォーリー。これ、売ったら幾らくらいになると思う?」


「そうさのう……しばらく表には出せぬ代物じゃが、皆、使ってある宝石も大粒じゃし、金細工の装飾も見事じゃ。それに何より、嘘か真かはともかくとして、かのベディヴィエール卿の子孫とされる貴族の家に代々アーサー王の御物として伝わってきたという由緒がある。金には困らん種類のアーサリアンも結構おるじゃろうし、裏のオークションにかければ、どれも80万ポンドは下らんじゃろうな」


 贅沢な不平を洩らしつつも、嬉しそうに手にした宝を見せて尋ねるマリアンヌに、サンドウィッチの乗った銀の皿をテーブルに置きながら店主は考え考えそう答えた。


「うひゃあ、80万っすか! いや~そういつは豪勢だ! そりゃ、アダムスの旦那も力を入れてた訳だ……アダムスの旦那、それにハンコック博士、あなた達の分まで、この幸福は俺がありがたく享受させていただきますんで、安心して天国に行ってください」


 それを聞いたアルフレッドは外見だけ神妙な面持ちになると、込み上げてくる笑いを堪えながら胸の前で十字を切って見せる。


「で、どうする? 売りたいのなら、すぐに手配するが?」


「そうね……もうしばらくは手元において鑑賞しようかしら? そう焦ることもないし、あんまり早く売りに出さない方が警察にもバレにくいでしょ?」


 店主のその質問に、マリアンヌが可愛らしげに人差し指を顎に付けて答えると、隣で亡き人の冥福を祈っていたアルフレッドが抜け目なく口を挟む。


「換金した時はちゃんと俺にも分け前をくださいよ? ものすごく不本意ながら、千歩譲歩して、俺の取り分は二割っていう約束ですからね?」


「わかってるって。そんな心配しなくてもちゃんと売値の二割を渡すわ。こう見えてもあたしは約束を守ることで有名なのよ? ムシュー・イソノカミ、あなたも約束通り、取り分はそのエクスカリバーってことでいいわね?」


 怪盗マリアンヌに二言はないというように胸を張って答えた彼女は、一応、刃神にも確認を取る。


「おお、それで結構だ。俺はこいつさえ手に入りゃ文句はねえ……そんで、どうなんだ? オヤジ。こいつは正真正銘、本物のエクスカリバーだと思うか?」


 今日はいたく上機嫌らしく、いつもに比して相対的に穏やかな笑みを浮かべて尋ねる刃神に、店主は彼の隣の席に腰を下ろすと、差し出されたエクスカリバーを受け取り、鞘から引き抜いた刀身をしげしげと改めて見つめた。


「そうじゃな……これは確かにスクラマサクスじゃ。それも相当に古い時代のな。おそらくは6世紀頃のものと思う……」


「6世紀ってことはアーサー王の時代っすね? んじゃあ、ひょっとしたら、こいつは本当にアーサー王の⁉」


「って、もしほんとにそうなら、それこそ値段なんか付けれないほどの価値じゃない⁉」


 主人の言葉に、刃神より先にアルフレッドとマリアンヌが声を上げる。


 しかし、その可能性を示唆する事実を述べた当の本人は、なぜか暗い表情をしている。


「ん? どうした? 随分、浮かねえ顔してんじゃねえか? 今言った通りその時代のスクラマサクスなら、その可能性は高いんじゃねえのか?」


 そんな店主の反応に、不審に思った刃神が問い質す。


「うーむ、そこなんじゃが……以前、わしが〝エクスカリバーは両刃の剣ではなく、スクラマサクスのような片刃の剣だったかもしれん〟と言ったのは憶えておるの?」


「はい。大雑把には……」


「だから、本物かもしれないんじゃないの?」


 店主はアルフレッドとマリアンヌにそう断ってから、その疑問についての説明を始める。


「いや、わしもずっとそう考えておったんじゃがの。この前ふと思ったんじゃ。確かに時代的には合うとるが、スクラマサクスはゲルマン固有の――つまりはサクソン人の剣じゃ。ケルトあるいはローマの伝統を持つブリテン人のアーサーが、果たしてそんなものを好んで使うじゃろうか? ましてや彼はサクソン人のブリテン侵略を阻もうとしていた人間じゃぞ? この説の根拠とされる『サー・ガウェインと緑の騎士』の古い挿絵だって、アングロ・サクソン征服以降の時代に当時の常識で描かれたものじゃ。それがアーサーの時代を反映しているとは言い切れん」


「え、じゃあ、スクラマサクスじゃありえないってことっすか?」


「ああ。その可能性は低いとわしは思う。逆にローマの指揮官説などから考えると、むしろエクスカリバーはローマ騎兵の用いた〝スパタ〟やケルトタイプの〝グラディウス〟のような両刃の剣じゃったんじゃないのかのう……ま、本当にエクスカリバーが実在したらの話じゃがの……」


 聞き返すアルフレッドに答えると、店主はそう結論を結んだ。


「……なるほどな。そう言われてみりゃあ、確かにその通りだ。オヤジの言うのに違えねえぜ」


 しばしの沈黙の後、刃神も店主の説に賛成の意を口にする。


「え、じゃあ、もう完全にこれは贋物で決まりってこと⁉なら、こっちの王冠とかの方はどうなわけ?」


 すると、マリアンヌも俄かに自分の取り分のことが気になり、慌てて店主に問い質す。


「ああ、そっちのレガリアの方は、疑うまでもなくアーサー王の時代のものじゃないの。様式的に見てテューダー朝の頃といったところか。後の世に伝説をもとにして作ったんじゃろう」


「ええ~! そんなあ……がっかりだわ……」


「ハハハ。なに、それでもさっき言った通り、例え本物のアーサー王のレガリアでなくても80万ポンドの価値はある。そんなにしょぼくれることもないじゃろ」


 非常に残念がるマリアンヌを、店主は愉しげに笑いながらそう慰めた。


「それはまあ、そうなんでしょうけど……でも、やっぱり本物じゃないとわかると……ねえ?」


「ええ。そりゃ、やっぱ贋物より本物の方がいいっすね。その方が高く売れるし」


 どこか腑に落ちない様子で同意を求めるマリアンヌに、アルフレッドも肩を竦めて頷く。


 しかし、それに比べて刃神はというと、贋物の可能性が高いとわかっても一向に残念がる様子を見せていない。


「……ん? あら、あなたは全然残念そうじゃないわね?」


「ハン…相変わらずわかっちゃいねえなあ。前にも言ったが〝本物と信じられてきた〟ってだけで、俺の求める魔術武器マジック・ウェポンとしては充分〝本物〟だ。無論、正真正銘のエクスカリバーならいっそうありがてえが、そうでなくてもそこまで残念がる必要はねえよ。だいたい、端から本物とは思ってなかったしな。それに6世紀の――アーサー王の時代のスクラマサクスってことに関しちゃあ、間違いなく本物だ。お値段も相当なもんだぜ」


 怪訝な顔で尋ねるマリアンヌに対し、刃神は彼女を小馬鹿にするように鼻で笑いながら、さも当然というようにそう答える。


「ああ、言っとくが、こいつだけアーサー王の時代のもんだとわかったからって、てめーにゃやらねえぞ? これはもう俺様のもんだからな」


「フン! いらないわよ、そんな贋物。別にアーサー王の時代じゃなくたって、こっちは一つ80万ポンド以上のものが三つだから、ぜーんぜん、うらやましくなんかないわ!」


 見下すような眼を向けて予防線を張る刃神に、マリアンヌは悔し紛れにそう言い返した。

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