ⅩⅧ 生き続ける伝説(3)

「あの~…それじゃ、エクスカリバーもレガリアもみんな贋物だったってことは、ベドウィル・トゥルブの家がベディヴィエール卿の子孫だったっていうのもやっぱり真っ赤な嘘だったんでしょうか?」


 一方、アルフレッドは何か思うところでもあったのか、珍しく金絡みの低俗なものではない、少々高尚な疑問を口にする。


「うむ。そのことについても、ちょっと考えてみたんじゃがの……カムランの戦いの後、アーサー王の命でベディヴィエール卿がエクスカリバーを湖に投げ入れる話は勿論、知っているの?」


 その質問に答える代わりに、店の主は皆の顔を見回してそう尋ねた。


「ええ、まあ……」


「伝説の中じゃよく知られてるエピソードよね。でも、それがどうかしたの?」


 アルフレッドとアリアンヌは怪訝な表情をして答える。


「これはまあ一般的に見て、湖の貴婦人からもらった剣なので、アーサーがこの世を去る時、再び湖の貴婦人に返すという風に解釈されているんじゃが、この〝湖に剣を投げ入れる〟という行為は、実は古代ケルトやゲルマンに見られた神聖な儀式に由来するものかもしれんのじゃよ」


「神聖な儀礼?」


「んん? どういうことだ?」


 その話に興味を覚えたのか、刃神も不意に真剣な眼つきになって口を挟む。


「つまり古代異教の〝奉納品として剣を神聖な湖へ捧げる儀式〟じゃよ。ケルトやゲルマンにはそうした湖を神聖視する文化があったようじゃ。実際、ヨーロッパ中の湖や池の底から何百という剣が見付かっておる。また、血に穢れた剣を巫女が回収し、水で洗い清めてから再び授与するという儀式もあったらしい」


「なに? それじゃ、このベディヴィエール卿のエピソードも、その儀式を表したものだってこと?」


 店主の言わんとしていることをすぐに理解し、マリアンヌは訊き返す。


「その可能性はないとは言い切れんじゃろう。ベディヴィエール卿は〝三度〟目の正直でエクスカリバーを湖に投げ入れ、湖面から突き出した白い手がそれを受け取って、〝三度〟振り回した後に湖の中へ消えるが、そのしつこく三に拘っているのも〝3〟が神聖な数字とされたためなのかもしれない。また、英雄は自らの剣を川や湖に住む|精霊ニンフより授かるという伝承もあったようじゃの。例えば、ドイツの英雄はライン川のニンフ・ニキシーからであるし、古代北欧の英雄は戦乙女――ヴァルキュリアが姿を変えた水のニンフ・白鳥の乙女から剣をもらうのじゃ」


「ああ、そりゃ、アーサー王が湖の貴婦人からエクスカリバーをもらうのと同じだ」


 今度はアルフレッドが、ポンと手を叩いて合いの手を入れる。


「その通り。そして、さらにこの剣と水辺のニンフとの深い関りを示す伝承は、剣などの鉄器の製造に湖や川の神を祀っていた神官達が関与していたのではないかという可能性をも示唆しておる。即ち、水辺に住み、冶金技術を持って神聖視されていた集団じゃ。冶金には火ばかりでなく大量の水も必要不可欠じゃからの」


「ちょっと待て。つまり、オヤジの言いたいことはこういうことか? エクスカリバーをもたらした〝湖の貴婦人〟っていうのも、その技術者集団の一員じゃなかったかっていう……いや、そりゃちょっと理論が飛躍しすぎじゃねえか?」


 店主の話の意図を察した刃神だったが、彼はその突飛な展開に少々難色を示す。


「いや、充分に考えられることじゃろう。後期流布本サイクルの『アルテュの死』では、ベディヴィエール卿の代わりにグリフレッド卿なる騎士が剣を湖に投げ入れる役を演じておるが、この人物は『マビノギオン』の『マソヌウィの息子マス』という物語に出てくるドンの息子ギルファイスウィがその原型といわれとる。ところが、この物語でギルファイスウィはブリテン人の鍛冶屋の神グウィディオンの兄弟とされておるのじゃ。のお? とても無関係とは思えんじゃろ? それにこの説は〝エクスカリバー〟が果たして如何なるものか? ということを考えるとさらに明解になってくる」


 しかし、そんな刃神に白髭の店主は反論する。


「エクスカリバーって、アーサー王の魔剣じゃないんすか? 魔法の力を持った……」


「ああ、〝ある種〟の魔剣じゃとも。当時の人間にしてみれば、まさに魔法といえる強力な力を秘めたの……今、取り上げた湖の貴婦人がエクスカリバーをもたらすという経緯は後期流布本サイクルの『メルラン続伝』によるものじゃが、その一方、ロベール・ド・ボロンの『メルラン』と流布本サイクルの『メルラン続伝』では、アーサーが石の台座に付いた金床からエクスカリバーを引き抜いたことになっておる」


 言葉の意味がよくわからぬといった顔でアルフレッドも聞き返すが、店主はまたも話の方向を微妙に変えながら、さらに解説を続ける。


「そこで、今度はこちらの説に注目してみると、こうした〝石に付いた金床から剣を引き抜く〟という行為は〝鉄鉱石から鉄製の武器を作り出す製鉄・冶金の技術〟を象徴したもので、このエピソードはそんな軍事力に直結する特殊技術者集団をアーサーが掌握したことの寓意であるようにも考えられる。それは即ち強力な兵力を味方に付けたことを意味し、故に彼は〝王の資格〟を得たという訳じゃ」


「そう言われると、なんか説得力あるわね……え、でも、その話って、ロベール・ド・ボロンが付け加えたんじゃないの?」


 一度は納得しかけたマリアンヌだったが、思い出したように疑問を口にする。


「いや、確かにアーサー王伝説での初出はボロンじゃが、彼以前にもそうした伝説が流布していた可能性はある。他の地域の伝説にも似たような話があるからの。例えば、北欧の英雄シグムントはオーディンが聖なる巨木〝ブランストック〟に突き刺した名剣〝グラム〟を抜いて自らのものとする。これは金床ではなく木に刺さったもんじゃが、シグムントが戦で死ぬ際にオーディンに折られたこのグラムは、後にドワーフのような鍛冶師レギンによって鍛え直され、シグムントの息子のシグルズのものとなる。これなんかも、折れたエクスカリバーが湖の貴婦人によって鍛え直され、再びアーサー王に渡されるのと似ておるの」


「つまり、この剣を引き抜くモチーフは北欧起源だってこと?」


「そうかもしれんが、というよりもヨーロッパ各地で語られていた製鉄に関わるモチーフだったんじゃないかの? ま、その一方で、イタリア・トスカーナ州の町シエーナの聖ガルガノ修道院の床には、まさに岩に刺さったままになっとる剣があって、こうした地方に伝わる伝承がもとになったという説もあるにはあるんじゃがの」


「え⁉ それって、そのまんまじゃないっすか? そんじゃ、そっちの方が……」


「確かにその姿は〝石に突き刺さった剣〟そのものじゃが、むしろそれは本末転倒で、そうした剣の伝承があった故にそのような物が作られたんじゃとわしには思えるの。それに、そもそも〝エクスカリバー〟という名前からして製鉄の技術を暗示しておる」


 一応、取り上げた異説にアルフレッドが食いつくも、やはり店主はその説をあっさりと退け、さらに自論の説明を続ける。


「文献上の初見であるジェフリーの『ブリタニア列王記』での名は〝カリブルヌス〈Caliburnus〉じゃが、ラテン語の〝カリブス〈chalybs〉〟は鋼鉄を意味する。これがフランスの吟唱詩人達の間で、なぜか〝es〟や〝ex〟が加わって古フランス語の〝エスカリボール〈Escalibor〉または〝エクスカリボール〈Excalibor〉〟となり、最終的に英語の〝エクスカリバー〈Excalibur〉〟となるんじゃな。〝カリブルヌス〟の英語形〝カリバーン〈Caliburn〉〟やその異称〝コールブランド〈Collbrande〉〟というのも使われるが、つまるところは言語の違いだけで、どれも一緒じゃ」


「なるほど。ようは〝鋼〟って名前の剣ってことっすね」


「そうじゃな。一方、『アンヌーンの略奪』や『キルフフとオルウェン』などのウェールズの伝承では、アルスル―即ちアーサーの剣の名は〝カラドヴルフ〈Caladvwlch〉〟と称され、これはアイルランド語の〝硬い〟を意味する〝cala〝と稲妻の意の〝bolg〟を足した言葉〝カラドボルグ〈Caladbolg 〉〟または〝硬い刃〟の意味の〝カラドコルグ 〈Caladcholg〉に相当する」


「カラドボルグ……アルスター伝説のフェルグス・マック・ロイが持っている剣だな」


 その剣の名に、刃神が呟いた。


「そうじゃ。そこから、このカラドボルグがエクスカリバーの原型の一つであるともされるが、いずれにしろこの剣の名は〝鋼〟だの〝硬い〟だのといった、鋼鉄製の武器であることを示すものじゃ。当時、優れた鋼鉄の武器を有することは、そのまま強力な軍事力を持つことを意味した……つまりの。王者の剣エクスカリバーとは、鉄製の武器、またはそれを作り出す製鉄技術を象徴するものじゃったんじゃよ……とまあ、ついつい意気込んでしまったが、これはあくまでわしの自論じゃがの」


「……なかなかおもしれえ説だな。だが、それがトゥルブ家の先祖とどう関係してくんだよ?」


「あ!そういや、すっかり本題を忘れてた。そうっすよ、どう関係するんです?」


 感心しながらも肝心のところを刃神が尋ねると、最初に質問した当の本人であるアルフレッドも改めて主人を問い質す。


「ああ、じゃからトゥルブ家の祖先というのが、その製鉄技術者集団じゃったんじゃないかという話じゃよ」


「えっ! そういう話だったんすか?」


「また随分と強引だな、おい」


「いや、そうでもないぞ。さっきも出てきた鍛冶屋の神グウィディオンじゃが、これと同一の起源かもしれぬアイルランドの鍛冶神にゴブナという神様がいての、驚くなかれ、その父親の名がなんと〝トゥルブ〈Turbe〉〟なんじゃよ」


「なんだと⁉」


「なんですって⁉」


 今度はマリアンヌも驚きの声をあげる。


「しかも、聖杯伝説で折れた剣を修復したトレビュシェットも、このトゥルブとの関係を指摘されておる。それからほれ、トゥルブ家の館の隣に湖があったっていってたじゃろ? 現在、エクスカリバーが投げ込まれた湖とされとる所はボドミン・ムーアにあるドズマリー・プールじゃが、トゥルブ家の館も同じコーンウォールの、しかもそれほど離れとらんキャメルフォードじゃからな。もしかしたら、本当はこちらが……ということもあるかもしれん」


「じゃ、じゃあ、ベドウィル・トゥルブのご祖先さまは本当にベディヴィエール卿で、しかもエクスカリバー作った鍛冶師の集団だったってことっすか⁉」


 アルフレッドはなぜだか高鳴る胸の鼓動を感じながら、とても信じられぬという気持と信じてしまいそうな気持の狭間で声を上げる。


「まあ、ベディヴィエール卿の子孫なのか、いや、それ以前にベディヴィエール卿が実在の人物であったのかは定かでないが、少なくともトゥルブ家が、そうした古代から湖の傍らで製鉄業を営んできた一族の末裔であった可能性はあるんじゃないかの……」


 店主がそう話を締めくくると、皆、遥かな歴史の向こうに思いを馳せ、骨董店の中はしばしの沈黙に包まれた。

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