ⅩⅡ のどかな騎士道場(1)
刃神達が〝カウンセリング・オブ・
ウィンチェスター郊外に位置するとある牧場でのこと……。
「ハァッ!」
ジェニファー・オーモンドの目の前を、銀色の甲冑に身を包む騎士を乗せた栗毛の馬が風のように駆け抜けて行く。
「ハァッ!」
馬上の騎士はそのままの速度で突進し、通り抜けざま、手にした
瞬間、的はガァァァーン…! と鈍い金属音を立てて、それを支える軸によってくるりと一回転すると、
「ハァッ! …セヤッ!」
見事、的を突き刺した騎士はしばし駆けた後、馬の鼻先を180°方向転換させて再びこちらへと戻って来る。
「どぉおお……」
そして、ジェニファーの前まで来ると手綱を引き絞って馬の脚を止め、馬上の騎士はサーリット型の兜を颯爽と脱ぎ取った。
「ふう……だいぶ
兜の下から現れたのは、上気したマクシミリアンの顔だった。
「さすがはマックス捜査官。なんでもおできになるんですね」
感心した眼差しで見つめるジェニファーも、その身には銀色に塗られたボディ・アーマーを着け、オフロード用のバイクに跨っている。
「いや、乗馬は以前からやっていたのでね。だが、
「フフ、お褒めいただいて光栄ですわ。我が夫、〝エリック卿〟」
馬上から答えるマクシミリアンに、キャサリンは少しおどけた調子で貴婦人の口振りを真似て返した。
8日前のあの日、ベドウィル・トゥルブが経営する恋愛カウンセリングを訪れた後、マクシミリアンとジェニファーは、離婚の危機にある夫婦を装い、
そして、彼に取り入って話を聞き出すべく、マインド・コントロールと退行催眠にかかった振りをして、ベドウィルの見立てた円卓の騎士エリック卿とその妻エニードとなり、まんまと新生円卓の騎士団に入団したのだった。
ただし、その時はまだ、ここまで本格的な潜入捜査になろうとは考えてもいなかったのであるが……。
「その調子だ。嘘がバレないよう、いつ何時でもマインド・コントロールにかかっている振りをしていなければならない」
「ええ、わかっています。だからこうしてヤードにも出勤せず、慣れないバイクの訓練も大人しく受けているのです。わたしの場合、貴婦人ですから鎧を着て騎士の戦闘訓練というのもどうかと思いますけどね……」
「ま、あちらとしては貴婦人とて戦力になる者がほしいのだろう。ベドウィル・トゥルヴにしたら、エニードという役柄は人材を釣るための方便に過ぎんということだ」
少々不満そうに口を尖らすジェニファーを馬上から眺め、マクシミリアンは微かに笑みを浮かべながら言った。
ここは新生円卓の騎士団のアジト〝ティ・グウィディル〟からほど近い、ベドウィルらが馬術や武芸、バイクの技術向上などのために地主から借り上げている牧場である。
敷地内には馬を自由に走り回らせられるだけの広い牧草地が広がり、彼らが作ったオフロード・バイク用のコースや銃火器の射撃場なんかもある。
そんな秘密の特訓場にマクシミリアン達が来て、かれこれ早一週間が経とうとしている……。
無事、ベドウィルを騙して潜入することに成功した彼らは、その翌日からこの場所へと連れて来られ、それからずっと一人前の騎士となるための訓練を受けているのだった。
ちなみに本来の職務の方はというと、マクシミリアンは凶悪文化財窃盗団と怪盗マリアンヌ捜査の名目でICPOに啓蒙活動休止の許可をもらい、ジェニファーは彼の補佐で出張ということでスコットランド・ヤードには届け出ている。
「いつになったら、わたし達も彼らの活動に同行させてもらえるのでしょうか? ここのところ、頻繁に各地でテロ行為を行っているようなのに……しかも、一回なんかはここから目と鼻の先で……」
不意に真面目な顔になって、ジェニファーがマクシミリアンに尋ねる。
「最初がノーサンバランドのグレン川河畔に建設中のウイスキー工場を破壊。その翌日はリンカシャーのリンジーにある製油工場の爆破。翌々日はカーライル北部の森を開発しようとしていた企業の支社を焼き打ち。さらにその翌日はここウィンチェスターの証券会社を襲撃。さらにその次はチェスターの保険会社……いずれも外資系の企業ばかりを狙っています」
「一昨日の晩にロチェスター丘陵で別荘地を開発しようとしていたアメリカ人資産家を殺害した事件を入れると、これで6日連続。今朝の朝刊にはまだ出ていないが、こうなると昨夜あたり、スウィンドンで何かやらかしているはずだ」
「スウィンドン? ……なぜ、そうだとわかるんです? わたしには、どうして彼らがこんなことをしているのかまるでわからないのですが、いったいどういうことなんです? この一連の犯行には何か関連性があるんですか?」
何かを確信しているという表情を見せるマクシミリアンに、彼女は再び問う。
「この一週間、ヤードに電話してもなかなか詳細な状況は教えてくれず、主な情報源は新聞やテレビ、ネットのニュースだけだったし、仮にそうでなかったとしても今までの情報では半信半疑でしたが、一昨日のロチェスターの事件を知ってようやくはっきりした……これまでに彼らが外国人を襲った場所の地名を並べてみれば、自ずと彼らの犯行動機が見えてきますよ」
「地名? ……つまり、以前起した現金自動預け払い機(※キャッシュ・ポイント)や現金輸送車の強奪事件と同じように、現場はすべてアーサー王に所縁の土地だということですか? でも、なんで外国人ばかりを……」
「そう! 今回のミソはそこなんです。これはね、ネンニウスの『ブリトン人の歴史』に記される、アーサーの行ったサクソン人との戦いを模した犯行なんですよ」
マクシミリアンはどこか満足げに、ジェニファーにそう答えた。
「サクソン人との戦いというと、あの史実の上でのアーサー王がブリトン人を指揮して、ブリテン島へ侵入してきたサクソン人を打ち破ったという戦いですか?」
「その通り。もっとも、ネンニウスの記述によるとその戦いは12回あったのですがね。そこで私も最初は混乱させられたが、どうやら現在の位置を批定できない古戦場についてはパスしたり、同じ場所のものは一つにまとめて考えていたりするようだ」
「どういうことです?」
「『ブリトン人の歴史』におけるアーサーの12の戦いというのは、第一回がグレイン河口での戦い、第二回、第三回、第四回、第五回はいずれもリンヌイスのダグラス川、第六回がバスス川のほとり、第七回が北部のキャスト・コイット・ケリドン、第八回がグイニオン、第九回がレギオン市、第十回がトリヴィト川、第十一回がアグネッド山、そして、遂にサクソン人に勝利し、戦いに一応の終止符を打った第十二回目がバドン丘の戦いだ」
麗しい栗色の眉根を寄せるジェニファーに、マクシミリアンはいつもの如く、歩く百科事典のようにしてアーサーの行った偉業を
「今となってはその場所を特定することも不可能だが、この内いくつかは研究者達によって批定地が推測されてはいる。例えば、第一回のグレイン河口はおそらくリンカシャーとノーサンバランドにあるグレン川と呼ばれる二つの川のどちらかであるというようにです。同様に第二回から第五回のリンヌイスのダグラス川はリンジーの付近であるらしい」
「それって……」
そこまで聞いて、ジェニファーもマクシミリアンの言わんとしていることを理解した。
「そう。今回、円卓の騎士団が事件を起こした場所です。どうやらグレン川はノーサンバランド説の方を取ったようですね。続いて第六回のバスス川だが、これは推定するには手掛りが少なく、現在、位置はまったくの不明。順番が飛びますが、第十回のトリヴィト川も、どうやらスコットランドであろうということまでしかわかっていない」
「つまり、そのどこだかまったくわからず、候補地すらない二つに関しては、その場所で犯行を行うことができなかったということですか?」
「おそらくは、そういうことなのでしょう。残る第七回の北部のキャスト・コイット・ケリドン―ラテン語でシルバ・カレドニア、即ち〝スコットランドの森〟と呼ばれる地域については、ダンバートン、カーライル北部などの候補がある。第八回のグイニオンは、しばしばここウィンチェスターのことだといいますね」
「それは、四日前の……」
「ええ。そして、第九回のレギオン市はジェフリーの説ではカールレオンだし、ローマ人が〝レギオリウム〟と呼んだカースルフォードの可能性もあるが、彼らはチェスター説を選んだようだ。さらに第十一回のアグネッド山はロチェスター丘陵という説があるし、バドンの丘は古くよりスウィンドン近郊にある
「だから、昨日はスウィンドンだと……では、そのわかりうる範囲の十二の古戦場の場所で、彼らはテロを行ったということなんですね?」
「それも、外国人相手の……この国で金儲けをしようとしている――つまり、ブリテンに経済的な侵略を行う者達を成敗したつもりでいるのでしょう。いわば、サクソン人を追い出したアーサー王のように」
「なんて無茶苦茶な……そんことしたって、この国のためになんの利益も……」
マクシミリアンの語る円卓の騎士団の所業に、ジェニファーは呆れとともに異様な憤慨を覚える。
「ええ。ただの自分よがりのテロ行為です。アーサーがサクソン人を追い遣ったのとは訳が違う……ただ、その一方で彼らは〝幽霊の狩猟〟を模倣してみたり、アーサー王所縁の遺跡を掘り返してみたりと、戯事にしか思えないようなこともしてみせている。果たして、彼らが本当に極右思想の持ち主なのか、それともただのアーサー王マニアのカルトなのか……あるいは、すべてを余興として楽しんでいるのかもしない」
「でも、もしそうだとしたら、遊び半分に彼らはテロや殺人まで……」
ジェニファーは騎士団員達の心の内を想像し、今度は薄ら寒い戦慄を感じるのだった。
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