間章 ガラハッド卿――クリスチャン・キャロル(22歳)の告白(2)
「この悩みの……原因?」
「はい……それは、あなたがアーサー王の円卓の騎士の一人、ガラハッド卿の生まれ変わりだからなのです」
「ガラハッド? ……あの、ガラハッド卿ですか?」
クリスチャンは最初なんのことを言っているのかわからない様子であったが、それでもまさかと思いながら聞き返す。
「ええ。ランスロット卿の息子のガラハッド卿です」
「な、何を突然おっしゃられるんですか⁉ そんな、生まれ変わりだなんて……」
「いや、キリスト教において〝生まれ変わり〟を認めていないことはよく存じています。人の霊魂は死した後、煉獄にて最後の審判の時を待つのですからね。しかし、よくよくご自身のことを思い起こしてみてください。あなたとガラハッド卿の人生はどこか似ているとお思いになりませんか?」
「似ている? ……私とガラハッド卿が?」
「ええ。ガラハッド卿がどのような人物だったのかはご存知ですか?」
突然の予想だにしなかった話に呆けた顔で呟くクリスチャンへ、カウンセラーはさも当然というような調子で尋ねる。
「……は、はい。まあ、聖杯の探究に成功した騎士であることくらいは……」
「そう。ガラハッド卿はキリスト教的騎士道精神を遵守する完全無欠なる騎士だったために、父であるランスロット卿でさえ到達できなかった聖杯を手にすることができた……カトリックと聖公会の違いはあれど、あなた同様、神への信仰にすべてを捧げようとした人物だったのです」
「で、ですがそれだけのことで生まれ変わりとは……ガラハッド卿は物語に出てくる架空の人物ですし……」
「果たしてそうでしょうか? ガラハッド卿は、流布本版『聖杯の探究』の作者が『旧約聖書』に出てくるパレスチナの地名〝ギレアド〟を元に考え出したといわれていますが、さらに古いウェールズの伝承『キルフフとオルウェン』に登場する〝グワルハヴェッド〟に由来するという説もあります。必ずしも完全な架空の人物であると言い切ることはできないのです」
「で、ですが、もし仮に彼が実在の人物だったとしても、私は今言った通り、彼のように完全な人間などではありません」
「いいえ。あなたはまだ未熟とはいえ、彼と同じように試練を乗り越え、信仰の道を志そうとしている。それは現世における、あなたの〝聖杯探求〟といってもよいでしょう。なぜ、あなたがそれ程までに神を求めるのか、その理由がおわかりになりますか?」
否定しようとするクリスチャンの口を塞ぎ、カウンセラーは有無を言わさず話を続ける。
「そ、それは……」
「それこそが、あなたがガラハッド卿である証しなのです。それだけではありません。彼の父親であるランスロット卿は最高の騎士ではありましたが、グウィネヴィア妃との不義という罪を犯していたために聖杯の探究には失敗します。それに対してガラハッド卿は貞節を守り、勇気、美徳等すべてにおいて父を超える高潔な存在だったが故に聖杯を手に入れることができた……同様にあなたも、俗世の司祭である父上を超えて、より高次の修道司祭になろうとしている。違いますか?」
「それは、そうですが……」
「そして、これまでずっと貞操も守ってこられた?」
「ええ。まあ……」
「やはり、あなたとガラハッド卿の生涯には共通点が多い……あなたは、この現世における彼なのです」
「し、しかし! 私は父を尊敬しています! 確かにわたしは修士となって修道司祭を目指そうと考えていましたが、俗世の司祭である牧師も人々を教会で牧会する大切な役目です! けして軽んじてなどおりません。それに、母と結婚したことだって罪などとは…」
矢継ぎ早に責め立てるカウンセラーの言葉に、クリスチャンはそれでも反抗を試みようとするが、この
「それはそうでしょう。そうでなければ、あなたはこの世に生まれてこなかったのですから。ガラハッド卿もまた然り。彼は、彼の母のカルボネックのエレイン姫がランスロット卿を騙し、魔法でグウィネヴィア妃に化けて卿と同衾したことで生まれましたが、エレイン姫がそうまでしたのは、彼女の血筋――即ちアリマタヤのヨセフから託され、聖杯を守ってきた〝漁人の王アラン〟の一族と、実はその末裔であったランスロット卿の血統――即ちダヴィデ王に連なる主イエス・キリストの血両方を受け継ぐ子供を授かるためでした」
「アリマタヤのヨセフとイエスの? ……まさか、そのような血筋が……」
「いいえ、歴史の影でそれは脈々と受け継がれ、ガラハット卿において統一されたのです。そして、あなたの父上と母上は、そのガラハッド卿を現世に再び降誕させるために結ばれた……つまり! あなたは聖杯の一族とキリストの一族双方の血を引く人物の、その魂を持った存在なのです!」
「そ、そんなことが………」
最早、信じる信じないという問題ではなく、あまりに非日常的で、あまりに壮大な話に、理解力を失ったクリスチャンは眼球を小刻みに震わせて戦慄く。
「そして、最後にもう一つ。あなたの抱える問題について直接的に関わっている前世の出来事があります……それは、ガラハッド卿も一人の女性を愛していたことです」
「ガラハッド卿も?」
俄かに、クリスチャンの目が見開かれる。
「はい。ただし肉体的な繋がりではなく、精神的な繋がりのあった人物です。彼女の名はディンドラーネ。ガラハッド卿とともに聖杯探求に成功したパーシヴァル卿の妹で、やはり聖杯の姿を心に抱き続ける修道女でした」
「修道女……」
「彼の持つ〝ダヴィデの剣〟の柄には彼女の毛を編んだ垂布が付いていますし、探究の旅において、時に彼女はガラハッド卿を導きましたが、スコットランドへ向った折、癩病に苦しむ奥方を救うために処女の血を捧げなければ通過できぬという城で、ディンドラーネは自らの血を提供して天に召されてしまいます。彼を聖杯へと導くため、そんな悲しい別れをしたガラハッド卿の心の伴侶ディンドラーネ……また、イタリアの騎士物語においては、パーシヴァル卿の妹の名はアグレスティツィアと云われています」
「アグレス⁉」
その名を聞き、クリスチャンの目がさらに大きく見開かれる。
「そうなのです。奇しくもあなたが愛しく思う女性と大変似通った名前なのですよ。これでおわかりでしょう? あなたとガラハッド卿との並々ならぬ関係が」
「………………」
クリスチャンは、最早、言葉を返すことができなかった。
「あなたは、紛れもなくガラハッド卿の生まれ変わりなのです。そして、今、あなたが抱えている肉欲への悩みを断ち切るためには、かつて自身がガラハッド卿であった時の記憶を思い出し、彼と同じように再びキリスト教的騎士道精神を極めなければなりません。さすれば、あなたは再び信仰への道を取り戻し、あなたの愛するその女性もディンドラーネの如き心の伴侶となることでしょう」
「で、でも、どうすればそんなことが……」
震える声で、神に救いを求めるかのようにクリスチャンが尋ねる。
「アーサー王同様、彼が行った如く、大きな石に突き刺さった〝真に偉大な騎士だけが抜くことができる〟あなたの剣をその手にするのです。また、アリマタヤのヨセフが自らの血で白地に十字を書いた、〝聖杯を手にする資格のない者が持つと呪われる〟あなたの盾を手に入れるのです。そして、彼が同じ円卓の騎士のパーシヴァル卿やボールス卿とともに成し得た奇跡を……聖杯と聖槍を見付け出し、この呪われて荒廃した世界に神の奇跡を再び現すのです!」
大海に浮く小船のように揺らぐクリスチャンの心に、カウンセラーはガラハッド卿の起した奇跡の話を次々と浴びせかける。
「そ、そんな大それたことが、こんな、私なんかに……」
「大丈夫。あなたは一人ではありません。あなたには仲間がいます。あなたと同じ王に仕え、志を同じくする仲間が。それに、あなたが前世の記憶を取り戻すちょっとした手助けを、及ばずながらこの私、サー・ベディヴィエールがしてさしあげましょう。さあ、目を瞑って。もっと楽に椅子に腰かけてリラックスして――」
それより一時間余りの後、夢現の狭間で前世の情景を垣間見たクリスチャンは、建物のさらに奥にある、大きな円卓の置かれた部屋へと案内された。
「今日はちょうど、あなたの前世からの仲間達もこちらへ来ています。さあ、入って」
カウンセラーに誘われ、クリスチャンは朦朧とする意識のまま、その部屋の扉を開く。
「同志諸君、また一人、新たなる我らの仲間が復活した……ガラハッド卿だ」
円卓を囲む木の椅子には、10人の年齢も服装もバラバラな者達が腰かけている。ただし、目の前中央に見える一際立派な意匠の施された椅子と、その両隣の席だけは空いている。
「さ、ガラハッド卿、君も円卓につくといい。君の席はあの中央に見える王の席の左隣、君以外の者が座ると呪いで死ぬ、13番目の〝危険な席〟だ」
「はい……」
促すカウンセラーに、クリスチャン・キャロル改めガラハッド卿は、皆の視線を受けながら恐る恐るその席へと近付いて行く……。
そして、彼が手をかけたその椅子の背もたれの上部には、既に金色の文字で〝サー・ガラハッド〟の名が、神々しい輝きを持って刻み込まれていた――。
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