Ⅰ 本物の魔術武器(4)

「…!?」


 慌てて二人がそちらへ顔を向ける間もなく、若い女性の弾んだ声が聞こえてくる。


「ウォーリー、また物ブツを売りに来たわよ!」


 見ると、それは美しく長いブロンドの髪に、キラキラと光る青い目をした一人の可愛らしい娘だった。


 歳は20代前半…いや、あるいはまだ10代かもしれない。赤のセーターにデニムのミニスカートを穿き、白い膝丈まであるウールのオーバーコートを羽織っている。


「あら? 他にもお客がいたのね」


 ドアを開け放った勢いのまま、娘は一直線にカウンターへ向かおうとしたが、予想外に刃神の姿を見ると、その場に立ち止まる。


「……ま、いいわ。ちょっと失礼するわよ。さ、ウォーリー、早く見てみて!」


 だが、すぐに再び動きだし、やはり、ものすごい勢いでカウンターへと突進する。


「今回はなかなかいいものが手に入ったわよ。さすが貴族のお城!ってとこね」


 そして、ポケットから取り出したハンカチの包みをカウンターの上に置くと、すぐさまそれを開いて見せた。中から現れたのは真っ赤なルビーの付いた銀の指輪である。


「ま、今回のお宝のほんの一部だけどね。とりあえず、これだけ売ることにするわ。ビクトリア朝時代のものよ。たぶん3カラットくらいはあるだろうから、それなりにいいお値段にはなると思うんだけど…」


「おい、ちょっと待て! 先客は俺だぞ!」


 なんだか知らないが突然現れた上、自分を差し置いて、早速、商談に入ろうとする娘に刃神は文句を付けた。


「わかってるわよ、そんなの言われなくても。でも、あたしの用はすぐにすむから、ほんの少しだけ待ってて」


 しかし、刃神のことなどまるで構う様子もなく、娘は笑顔でそう答え、老主人の方へ向き直る。


「な……ったく、礼儀を知らねえ小娘だな。俺が話してるとこに割り込むなんざいい度胸してんじゃねえか…ってか、見たところ小娘のくせに盗人のようだが、もし俺が一般人の客だったらどうする?お前の正体ばかりか、この店の秘密までバレちまうんだぞ? ちったあ気を付けろ!」


 その態度にさらに苛立ち、柄にもなくお説教をする刃神だったが。


「小娘とは立派な淑女レディに向かって失礼ね! 大丈夫よ。この店に出入りしてる客は大方その筋の人間なんだから。それに、あなたのその凶暴な顔見れば、カタギじゃないのは一目瞭然じゃない」


「なっ…ぐぅ……」


 痛い所を突かれ、刃神は口籠る。確かにどこからどう見ても、とてもカタギの人間のようには思えない。


「それから言っとくけど、あたしは盗人じゃないわ。狙うのは歴史とロマンの詰まった古美術品だけ……まあ、言ってみれば、トレジャーハンターね」


「トレジャーハンター? ……んじゃあ、そいつもどっかの遺跡から見付けてきたのか?」


 トレジャーハンター――〝宝探しを生業とする者〟という意味合いのその言葉に、思わず興味をそそられ、一瞬、怒りを忘れる刃神だったのだが。


「ううん。これは今も現役で貴族が住んでるお城の金庫から」


「って、やっぱり盗人じゃねえかよ!」


 めちゃくちゃなことを言う娘に、コケそうになりながら刃神はツッコミを入れた。


「違うわよ! これは古のロマン漂う古美術品なんだから。ただ、それのあった場所が遺跡じゃなくて金庫の中だったって話なだけ」


「だけって…そこが一番肝心なとこだろうが! あのな、この際、教えておいてやるが、金庫からお宝盗むってのは、トレジャーハンターって言わねえんだよ!」


「ふん! なにさ、そっちだってコソ泥なくせに。偉そうに言っちゃってさ」


「いいや。俺はてめーら盗人とは一線を画す存在だ。俺は魔術武器マジック・ウェポンしか狙わねえんでな」


「Magie(マジィ ※魔術)?……何? もしかして、カルトとか、そういう人? もっと危ないじゃない」


「誰がカルトだっ! 魔術武器マジック・ウェポンってのはなあ……って、今、説明したばっかだった。面倒臭せえから自分で考えろ!」


「フン! 説明できないってことは、やっぱりコソ泥なのね」


「だから、違うって言ってんだろ! このっ小娘泥棒が!」


「誰が小娘泥棒よ!」


 売り言葉に買い言葉というやつか、会ってまだ一分と経たないというのに、いつの間にか刃神と娘は言い争いになっている……しかも、まったく持ってくだらない意地の張り合いで。


「ハァ……」


 そんな二人を眺めていた店の主人は、どっちもどっちだと思いながら溜息を吐いた。


「ま、手数料込みで2万2千ポンドってとこでどうかの? マドモワゼル・マリアンヌ」


 そして、罵り合いを止める目的も兼ねて、指輪の希望買い取り価格を娘に伝える。


「ん? …ああ、ええ。それで結構よ。じゃ、いつも通りの口座に振り込んでおいて」


「マリアンヌ? ……ハン! 小娘泥棒のくせに〝自由の女神〟たあ、大した名前だな」


 しかし、主人の意図をまるで汲むことなく、その名を聞いて、またしても刃神は難癖を付ける。


 〝マリアンヌ〈Marianne〉〟というのは、フランス共和国の理念である〝自由〟を擬人化した女性であり、いわゆる〝自由の女神〟のことだ。図像として有名なものには、ウジェーヌ・ドラクロワ画のフランス七月革命をモチーフとした「民衆を導く自由ラ・リベルテ・ギダン・ル・プープル」で描かれる果敢な女性や、アメリカ合衆国独立百周年を記念してフランスからアメリカに贈られた、フレデリク・バルトルディ設計の、かの〝自由の女神像〟がある。


「あらそう? 自由を愛するこのあたしにはお似合いの名前じゃない。というか、あたしのその名を聞いてもピンと来ないなんて、あなた、この業界じゃモグリね……この〝怪盗マリアンヌ〟の名前を」


 名前にいちゃもんを付ける刃神だったが、小娘――マリアンヌと名乗るその若い娘は、挑発に乗ることもなく、優越感を帯びた顔で彼に告げる。


「はぁ? 怪盗だあ?」


「ええ。人呼んで怪盗マリアンヌ……我が祖国フランスを代表するアルセーヌ・ルパンのような華麗な怪盗よ。ヨーロッパじゃそこそこ名が通ってるんですから。どうやら東洋人のようですけど、それを知らないあなたはどなたさんなのかしら?」


 怪盗…って、やっぱり泥棒じゃねえか…とも思う刃神だったが、突っ込みどころが満載なので、とりあえずそれは置いといて、先ず一番主張しなければいけないと思うことを口にする。


「自由の女神の次はルパンかよ……あのな、俺はまだこっちへ来て日が浅えんだ。んな、わけのわかんねえもん知るかっ! てめーがマリアンヌなら、こっちはブリタニアだ!」


 〝ブリタニア〈Britannia〉〟はマリアンヌと同じように、英国を擬人化した女神のことである。その姿はギリシャ・ローマ風の兜を被り、ユニオンジャックの描かれた盾と大海原を統べる海神ポセイドンのトライデントを持っている。


「ブリタニアは女性よ。それをいうなら、男のジョン・ブルの方でしょ」


 〝ジョン・ブル〈John Bull〉〟も同じく、英国を擬人化した男性だ。


「うるうせえ! とにかく、その尊大な名前が小娘には分不相応だって言ってんだ。ああ、もういい。とんだ時間を食っちまったぜ。てめーの用はもうすんだだろ? とっとと帰りやがれ。オヤジ! さっきの続きだ! その情報ってのを早く教えろ!」


 冷静に〝イマイチな例え〟の批判をされた刃神は、自分のミスを誤魔化すかのように怒鳴ると、再び主人に詰め寄った。

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