Ⅲ 嘘から出た史実(5)

 ――そして、その一月後、アルフレッドは今、ここ、コーンウォールの丘城ヒルフォート遺跡発掘現場にいる。


 詐欺師である彼がここにいるということの意味するところは、誰にでも容易に想像することができよう……アルフレッドはディビッド・アダムスの依頼を果たすべく、考古学者のハンコック博士を雇ってこの発掘調査を行ったのだ。


 そう……この発掘調査は、世の人々にトゥルブ家の伝世品が真にアーサー王に関わる品であると信じさせるための〝やらせ〟の発掘調査だったのである。


「んにしても、まさか、こんなことになっちゃうとはねえ……」


 アルフレッドは、若い娘になおも熱弁を振るうハンコックの方を見つめながら、そう独り言を呟く。


 彼の作戦としては、このかつてトゥルブ家の領地であった丘の上にアーサー王の時代――5~6世紀の遺跡を捏造し、それをあたかも掘り当てたように見せかけるというものであった。


 そうすることで、そこの領主であったトゥルブ家に伝来したアーサー王関連の品々の信憑性も、よりいっそう高まるというわけだ。


 無論、素人のアルフレッドが作ったのではすぐにバレてしまうので、専門家のハンコック博士の手を借りてである。


 アルフレッドが詐欺の相棒とするのに目を付けたこのヘンリー・ハンコックという男は、アーサー王の実在を頑なに信じる真面目な考古学者であったが、ある時、町の骨董商でアーサーの名の入った5世紀後半の十字架という物を入手し、疑うことなくアーサー実在の傍証として学界で発表したところ、それが贋物だと判明して学界を追われたという過去を持つ。


 その結果、研究費に事欠くばかりか日々の生活にも難渋し、荒んだ生活を送っていたところをアルフレッドに拾われたのだった。


「いや、まいったぜ……こんなことってあるもんかねえ……」


 ところがである。ある予想外のアクシデントが発生したのだった。


 ……嗚呼、神さま、こんなことが現実にあっていいもんなんでしょうか? ここまでくると、なんだかそら恐しいというか、何か運命めいたものまで感じてしまうというか……。


 その奇妙な偶然に、驚きを通り越して畏れさえ感じ、アルフレッドは信じてもいない神に心の中で嘆いてしまったりもする。


 ただし、それは彼の計画に支障をきたすものではなく、むしろ目的を達成のためには、うれしい誤算・・・・・・であったのであるが……。


「ま、どうあれ、結果オーライってことでいいか……博士も楽しそうだし」

 

 人知を超えたものに対する感動とも、そこはかとない不安ともとれる奇妙な感覚を抱きつつも、元来、楽天的な性格であるアルフレッドはそんな独り言をもう一度、口にした。


「あの、ちょっとすみません……」


 そうして、楽しげに若い娘と言葉を交わすハンコックの姿をアルフレッドがぼんやり眺めていると、突然、背後から声をかけてくる者があった。


「はい?」


 その声に、彼は呆けた返事をして振り返る。


「……!」


 だが、声の主を見た瞬間、アルフレッドは心臓が止まりそうなくらいドキリとした。


 なぜならば、その人物は警官の制服に身を包んでいたからである。


「な、なんの御用でしょうか?」


 心の動揺を隠し、努めて平静を装ってアルフレッドは警官に訊き返した。


 制服警官の後には、カーキのトレンチコートを羽織った背の高い金髪碧眼の青年と、青いロングコートを着た巻き毛の英国美人が立っている。その雰囲気からして、恐らく彼らも刑事か何かであろう。


 落ち着けぇ、アルフレッド……今のお前は考古学者の助手だ。やましいところなんて何もない、学術研究に励むカタギの好青年なのだ……。


 人知れず、アルフレッドは心の中でそう自分に言い聞かせる……確かに、本当に考古学者の助手ならばその通りなのだろうが、実はやましいこと満載の職業なので、警察関係者を見ると、どうしても身構えずにはおれなくなる。


 そんな彼に、制服警官はさらに肝を冷やすようなことを口にする。


「あの、ここの発掘責任者の方はどちらですか? こちらのICPOの特別捜査官の方がお話を伺いたいそうでして……」


 あ、ICPOっ⁉


 アルフレッドはできうる限りの平然とした顔のまま、心の中で驚愕の叫び声を上げた。


 ま、まさか、俺の居場所がICPOに知れたのか⁉ ……い、いや、まさかな。名前も経歴もすべて詐称してるし、こんな英国の片田舎に俺の顔を知ってる奴なんていないだろうし、カードだって新規に偽造したやつを使ってるし……そうだ。足がつくようなことは何もしていない……んじゃあ、なんで?


「ICPO兼ユネスコの担当官マクシミリアン・フォン・クーデンホーフです」


「スコットイランド・ヤードのジェニファー・オーモンドです」


 アルフレッドが疑念と戸惑いに頭をいっぱいにさせているところへ、私服の二人はそう言って握手を求めてきた。


 ユネスコ?


「あ、こ、こりゃどうも。マーク・ポプキンです」


 男の口にしたその言葉に、慌ててこちらも手を出しながら、アルフレッドはよりいっそう困惑する。ああ、マーク・ポプキンというのは、ここでの彼の偽名だ。


「私はユネスコとの共同プロジェクトで文化財を犯罪から守る活動をしているのですが、偶然、こちらの遺跡のお話を耳にしてお伺いしたのです。コーンウォールを訪れたついでに是非、見学もかねて調査責任者の方に出土品の盗難防止などについてのお話をして参りたいと思いまして」


 ああ、なるほど。そう言うことね……。


 それを聞き、ようやくアルフレッドは得心がいった。そして、顔にはなんとか出さぬようにして、心の中でホッと胸を撫で下ろす。


 つまり彼らは、この発掘調査が捏造だと疑って来たのでも、アルフレッドの正体を知って捕まえに来たのでもなく、その文化財を守るユネスコの運動だか啓蒙活動だかのために、わざわざ我らが旧トゥルヴ家領遺跡をご訪問くだされたというわけだ。


「ああ、さようでしたか。それは、まあ、なんとも御苦労さまです。ここの責任者はあそこに見えるドクター・ハンコックですよ。今、呼んで来ますんで少々お待ちください……おおーい! ハンコック博士~っ!」


 そうと分かればなんの心配もいらない。逆に不審な行動を見せて変な勘ぐりを入れられないよう、じっくり見学でも話でもしてもらおうじゃないか。


 アルフレッドはそう判断を下すと、口元に両手を当てて大声で博士の名を呼んだ――。




「――と、いうわけで、わしを学会から放逐したあのバカどもにもようやく目にもの見せてやれるというわけじゃ……ん? アル…じゃなかった、ポプキン君が呼んでおるな。誰かお客人かな?」


 マリアンヌにまだなお熱弁を振るっていたハンコック博士は、アルフレッドの呼ぶ声に振り返ると、遠方に三人の人影を認めて呟いた。


「あ、それじゃ、あたくしもこれで失礼しますわ」


 お宝の真価を確かめるべく、探りを入れたのはいいものの、思わずハンコックの長い話に捕まってしまっていたマリアンヌも、これ幸いとこの場を逃れようとする。

「ん、ああ、そうかね。こりゃ、話の途中ですまんの。ま、麓の博物館に行って、実際に遺物を見てくるといい。この遺跡のすばらしさがきっとわかるじゃろうて」


「ええ、そうさせていただきますわ」


「ハンコック博士~っ!」


 別れの挨拶を交わす二人の耳に、再びマーク・ポプキンことアルフレッド・ターナーの呼ぶ声が聞こえてくる。


「それじゃあな、娘さん……ああーっ! 今行くーっ!」


 ハンコックはもう一度振り返ると、手を振って大きな声で叫んだ。


「それではごきげんよう」


 それを合図にして、最後まで淑女を装った口調でマリアンヌも断りを入れ、次なる目的地目指して歩き出す。


 歩きながらマリアンヌは、ハンコックの向った先に警官の制服姿を横目で確認し、少々不安げに心の中で呟いた。


 警察? ……何かあったの? これから仕事だってのに、変な厄介持ち込んでくれなきゃいいんだけど……。


 制服警官の傍らでハンコックと握手を交わすトレンチコートの男が、彼女にはなんだか妙に気になった……。

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