Ⅲ 嘘から出た真実(4)

「ブリテン駐留中、ルキウスは北部で……おそらくはさっき出てきたハドリアヌスの壁の警備に付いていたらしいのだが、同じ頃――175年に、サルマティア人の重装騎兵部隊5500名が北の国境に派遣され、ブレメテナクム・ウェテラノルム――今のランカシア州・リブチェスターにあった小さな騎兵隊の要塞近くに住みついたことが碑文からわかっているのだ」


「さるまた? ……その、さるまたの騎兵隊が何か関係してるんすか?」


「サルマティア人――南ウクライナ辺りにいたイラン系遊牧民だ。〝サルマティア・コネクション〟といってな、このルキウスが指揮していた可能性の高いブリテン島駐在のサルマティア人部隊の民族伝承と、どういうわけかアーサー王伝説が似通っているのだよ」


「似通っている?」


「ああ、とてもよく似ている。そもそもはこのサルマティアの重装騎兵が中世騎士の原型になったという学説の研究から始まったことなんだがな、その中でサルマティア人の一部族の末裔であるオセット人の伝える物語と、いわゆるアーサー王伝説で語られる物語との間に奇妙な類似点のあることがわかってきた……即ち〝ナルト〟と呼ばれる英雄達の一団――とりわけ〝バトラス〟という指揮官を巡っての話とのな」


「ナルト? ……騎士ナイト……ああ、似てますね」


 そのゴロ合わせに、アルフレッドはなんだか妙に納得した。


「んじゃ、そのナルトがもしかしたら後の円卓の騎士の話になったかもしれない……と」


「そういうことだ。その上、そのバトラスという指揮官はアーサーと同じような魔剣も持っていて、やはり死の直前に海へ投げ戻すんだ。それもエクスカリバーを湖に返すよう言われたベディヴィエールと同様、ナルト達が海に投げ入れたと嘘を吐くと、何の奇跡も起きていないことを理由にバトラスはその嘘を見抜き、ナルト達は仕方なく今度は本当に剣を海に投げ込むという筋まで一緒ときている」


「あ、エクスカリバーって最後、湖に捨てちゃうんでしたっけ? ……へぇ~……ああ、そいつは確かに似てるっすね……うん、似ている……」


 アーサー王伝説の筋をあまりよく知らないアルフレッドは、天井を見上げて、ちゃんとわかってんだかわかってないんだか、よくわからない生返事を返す


「捨てるのではなく、エクスカリバーを授けた湖の妖精に返すのだがな。それだけではなく、その他にもオセット人の伝説にはアーサー王の冒険や聖杯物語と類似するような話がいくつもあるとのことだ」


「うーん……ってことはですよ、つまり、そのバトラスって人とアーサー王共通のモデルがルキウスさんで、その話を彼が指揮していたサルマティア人の子孫達が言い伝えてきた……と、こういうわけですか?」


「あるいは、そのサルマティア人の語り継いでいた伝説が元となり、バトラスがルキウスに取って変わったと考えることもできる……いずれにしろ、もしも本当にルキウスがアーサー王だったらの話だがな」


「……ん? でもっすよ。仮にそうだとしても〝アーサー〟って名前はどっから出てきたんです? ルキウスにしろバトラスにしろ、全然アーサーと違うじゃないっすか? 一文字すら合ってやしない……いや、それにさっき、ルキウスさんは140~200年頃の人って言いましたよね? 歴史上のアーサー王のいた5、6世紀とじゃ、時代も全然ズレてるような……」


 ルキウス説に納得しかけたアルフレッドだったが、さすがに詐欺師なんかをやってるだけあって、意外とちゃっかりそんな問題点に気付くとアダムスに尋ねる。


「ああ、そのことか……バトラスについてはわからんが、ルキウスは〝アルトリウス〟という氏族名の方だ。昔〝アルトリウス〈Artorius〉〟という名の傑出したローマ人がいたために、後の…つまり5、6世紀のブリトン人やスコット人達が彼にあやかろうと、この名をそれぞれの言語に合わせて男児に付けた……それが〝アーサー〈Arthur〉〟だという考えだな。ほら、さっき話した〝アーサー〟の名が突然、流行り出したというあれだ」


「ああ、そういえば、最初の方にそんなこと言ってましたっけ」


「当時、こうしたローマ名を地元の言葉に直すことはよく見られたらしい。ちなみに〝アルトリウス〟の名を持つローマ人でブリテンと関係あるのはこのルキウスしかいない。それから時代が違うという問題だが、この実在したローマの将軍を土台にして、そこへ後のサクソン人との戦いで活躍した英雄達の話も集合されていった結果、〝アーサー王〟という伝説的人物ができあがったのだと考えれば一応の説明はつく。例えば、アンブロシウス・アウレリアヌスとかな」


「ああ、あの、なんとかの戦いのアーサー王の叔父さんっすね……なるほど、モデルは一人じゃないってことか……つまり、ごっちゃになったってわけっすね?」


 アダムスの挙げた名に数分前の話を思い出しつつ、アルフレッドはアーサー王のモデル複合説をそんな簡潔な言葉でざっくりまとめた。


「フン…ずいぶんと大雑把な言い方だな。が、簡単に言えばそんなとこだ。それにルキウス単独にしても、彼の事績がアーサーのそれと似ていることは確かだろう。サクソン人ではないにしろ、蛮族の侵入からブリテンを守る軍を指揮していたばかりでなく、兵を率いて海峡を渡り、ブルターニュで暴動を鎮圧してもいるしな。同じように伝説のアーサー王も大陸に攻め込んでガリア――つまりフランスでローマ皇帝と戦っている。ま、こちらの場合は相手が皇帝だから、どっちが暴動だかわからんがな」


「え、アーサー王さんって大陸にまで攻め込んでるんですか? そいつも初耳です」


「あくまで伝説の上でだがな。ああ、そういえば、このアーサー王がローマを侵略したという話のためか、実際に〝最後の西のローマ皇帝〟だったとするものもあるな」


「ローマ皇帝? ……いや、いくらなんでも、それはないでしょう」


 新たに出てきたまた突拍子もない話に、アルフレッドは胡散臭そうな顔の前で手をひらひらと振って見せる。


「皇帝といっても、5世紀のブリテン島出身者で、帝位を僭称した者達をモデルに考えての説だ」


「僭称? ……つまり、自分で勝手に皇帝名乗っちゃった人ってことっすか?」


「そうだ。中でもコンスタンティヌス三世はガリアに遠征して地位を確立し、息子コンスタンスにカエサルの称号まで与えているが、将軍ゲロンティウスをスペインに派遣した際、裏切られて蛮族を叛乱させられたところなんかはモルドレッドの謀反と似ていなくもない。4世紀末のテオドシウス伯爵の副官マグヌス・マクシムスという人物も〝西の皇帝〟を宣言してガリアに攻め入り、若き皇帝グラティアヌスを敗って、西ドイツのトリーアに宮廷を定めている」


「へえ…ブリテンにそんな人達もいたんすねえ……それを考えると、その皇帝説ってのも、あながち根拠のない話じゃないのか……」


「さらにこれは正真正銘の皇帝だが、キリスト教を国教化した4世紀初めのコンスタンティヌス一世も、最初はブリテン遠征中の軍隊によって正帝と宣告されているな。ま、さすがにローマ皇帝というのは少々飛躍し過ぎの観があるが、そうした説もあるということだ。この他にも、やはりブリトン人の王だったとする説などがそれなりの根拠を持っていくつか語られているが……ま、今日のところはこの辺にしておこう……」


 そう言うと、アダムスは長々と続けていた講義を不意に締めくくり、手に持つアーサー王関連の資料を集めた分厚いファイルをパタンと閉じて、書斎机の上へと置いた。


「どうだね? ターナー君。こうしてみると、アーサー王所縁の品が本当に存在していたとしても、それほどおかしなことではないと思わんかね?」


 そして、机の上で両の手を組み、アダムスはアルフレッドの方へ視線を向けて尋ねる。


「ええ、今の話を聞くと、確かにアーサー王さん……もしくはそのモデルとなった人が実際にいたんじゃないかと思うようになってきましたよ……んにしても、アダムスさん、なんか、ものすごくアーサー王に関して詳しいっすね?」


 その問いに、アルフレッドはそう答えると、この外見的にはマフィアの親分であるが、なんだか歴史学者並に知識のある人物を感心したように見つめ返した。


「ああ。私も英国人……こう見えて一応は〝アーサリアン〟なのでな。で、ターナー君。私の依頼した仕事を引き受けてくれる気になったかな?」


 それにアダムスは少し誇らしげな様子で笑みを浮かべると、改めて依頼に対する返答をアルフレッドに求める。


 〝アーサリアン〟というのはアーサー王伝説ファン、アーサー王マニアのことである。


「ええ……あ、いや、まだなんとも……」


 だが、アルフレッドは明確な答えを避け、曖昧な台詞を口にする。


 確かにアダムスの話を聞いて、〝アーサー王〟やその遺物の実在がそれほど荒唐無稽なものではないとわかったし、当のアダムスを初め、どうやらこの〝アーサー王〟というブランドに対する人々の人気がかなりのものであることも再認識した。


 これならば、その無茶としか思えないようなアダムスの企みも不可能ではないのかもしれない……。


 しかし、どうにもこの仕事を引き受けるには、今一つ何か気乗りのしないものをアルフレッドは感じていたのだ。何か、良くなものを感じる詐欺師の感とでもいおうか……彼にとって、この〝気の乗る、乗らない〟は、仕事を引き受けるか否かを決めるのに重要な判断材料なのである。


 そうした心持ちのアルフレッドに、ビジネスライクな口調でアダムスが言う。


「ダメならば仕方ない。その場合は他を当たるが、もし引き受けてくれれば、50万ポンド払おう」


「ご、50万ポンド⁉」


 破格の報酬金額に、煮え切らぬ態度をとっていたアルフレッドの目が大きく見開かれる。


「必要経費は別に請求してくれて構わん。なんならUSドルで払ってもいいぞ? ただし、この仕事が成功したらだ。成功すれば、エクスカリバーやアーサー王関連品は青天井の値段が付くだろうからな。それにトゥルブ家の屋敷や土地なども付加価値を付けて売ることができる。いいビジネスだ……まあ、無理にとは言わん。ダメなら断ってくれていい」


「いえ! 快く引き受けさせていただきます!」


 気が乗るか、乗らないかという曖昧な感情よりも遥かに優先される判断材料――報酬額の高さに、アルフレッドは即効、色良い返事を口にしていた――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る