間章 パーシヴァル卿――トマス・マクレガー(20歳)の教導(2)

「私は一人、あなたと同じような人物を知っています。あなた同様、ちょうどそのような失敗をしてしまった人物を」


「え? ……そんな人が他にもいるっすか?」


 私の言葉に、彼は項垂れていた頭を不意に持ち上げて、驚いたという様子で訊いた。


「ええ。世界的に有名な人物が一人……」


「世界的に有名な人? ……それはいったい、どこの誰っすか?」


「それは、アーサー王の円卓の騎士の一人、パーシヴァル卿です」


「パーシヴァル卿?」


 彼は、狐に抓まれたような顔になって再び訊き返す。


「そう。ペリノア王の息子のパーシヴァル卿です。彼の活躍については英国のみならずフランスやドイツの騎士物語ロマンスにおいても描かれていますが、作品によってはペルスヴァル、パルツィファル、ペレディール、ペルレスヴォなどとも呼ばれる、聖杯の探求に成功した聖杯の騎士の一人です。彼のことはご存じですか?」


「いや、名前くらいは聞いたことあるっすが、あんまし詳しくは……確か、ワーグナーのオペラにもあったっすよね?」


「ええ、『パルジファル』ですね。これは13世紀に書かれたヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハの詩作品『パルツィファル』をもとにしたものです。話の筋は他の作品とも大体同じで、騎士にすることを嫌った母親によって外界から孤立した場所で育てられたパーシヴァル卿が、ある日、光り輝く鎧を身に纏った天使かと見紛うばかりの人物と出会い、それが騎士という存在であることを知ったことから、アーサー王に騎士にしてもらうための旅に出て、やがては円卓の騎士として聖杯の探求に成功するというものです」


「……それが、俺とどう同じなんすか?」


「それは、パーシヴァル卿がやはり無知であり、また、大事なことを訊くことができなかったからです」


「無知で、大事なことが訊けない?」


 歯に衣着せず本質を突く私の言葉に、トマスはひどく不快そうな表情を浮かべる。


「ええ、そうです。このような言い方をして気分を害したかもしれませんが、どうぞ最後まで聞いてください。幼い頃、騎士道や宮廷の風習といったものをまるで学んでいなかったパーシヴァル卿は、肉体的能力は優れていたものの、その振る舞いは子供そのもの。最初は礼儀も何も知らない、キリスト教的騎士道精神などとは程遠い無知なる騎士だったのです。貴婦人に無作法を働き、闘った相手の騎士に慈悲をかけることなく殺し、また、知らないことに対して無暗に物を尋ねるというようにね」


「無暗に、物を尋ねる……」


「しかも、その無知なるがゆえにさらに大きな過ちを犯してしまうのです。その後、ゴルネマント卿という老騎士を師として、以前よりは騎士としての振る舞いを身に付けるようにはなりましたが、騎士として〝無暗に物を尋ねるのは失礼だ〟という師の教えを正しく理解せず、そのまま鵜呑みにしてしまったことが問題だった」


「そ、それのどこが問題なんすか!?」


 トマスは、真っ赤になった顔で私に反論を試みようとする。


「彼は〝訊かなくてはならないこと〟も訊かなかったのです。聖杯を守る魚人いさなとりの王、または不具の王と呼ばれる人物の〝聖杯の城〟を初めて訪れた時、目の前を、穂先から血の滴る槍と宝石を嵌め込んだ純金の杯を持つ〝神秘的な行列〟が通り過ぎて行くのをパーシヴァル卿は目撃します。ですが、そこで彼は〝その聖杯は誰を癒すのか?〟という、しなくてはならない質問をしなかったのです」


「しなくてはならない質問?」


「そう。その行列の持っていた槍こそが磔刑のキリストの脇腹を刺したロンギヌスの槍、その杯こそがキリストの脇腹から流れ出た血をアリマタヤのヨセフが受け止めた聖杯だったのです。そして、その質問をしていれば、かつてベイリン卿にロンギヌスの槍によって〝悲痛の一撃〟を与えられた漁人の王の傷が癒え、枯れ衰えた彼の国ももと通りになるはずだったのに、パーシヴァル卿はそれに失敗する。もしも無知でなく、聖杯についてのことを知っていれば、また、無暗に物を尋ねてはいけないが、それとともに訊くべきことはちゃんと訊かねばならないということを理解していれば避けられた失敗をね」


「そ、それは俺の……」


 私の語るパーシヴァル卿の失敗談に、トマスは呻くように呟く。


「そう。これはあなたがしてしまった失敗に似ている……いや、まさにあなたの犯した失敗そのものです! ……では、どうして、これ程までにパーシヴァル卿とあなたは似ているのかわかりますか?」


「どうして……って、そ、そんなこと、俺にわかるはずないっすよ!」


 私の質問に対し、トマスは動揺した眼球を震わせながら叫ぶ。


「それは、あなたがパーシヴァル卿の生まれ変わりだからです」


「う、生まれ変わり? ……な、何をバカげたことを! そんな物語の中の登場人物の生まれ変わりのわけが…」


「いいえ。アーサー王が5、6世紀のブリテンに実在した人物であるのならば、彼の円卓の騎士団や、そしてパーシヴァル卿が実在していなかったと誰が言えましょうか? パーシヴァル卿が歴史上実在しなかった証拠はどこにもないのです」


「……だ、だけど、もしも仮に実在の人物だとしたって、どうして俺なんかが生まれ変わりに…」


「あなたが似ているのはその失敗についてばかりではありませんよ」


 必死に抵抗を試みるトマスに、私は彼のがっしりとした体躯を眺めながら畳みかける。


「パーシヴァル卿は宮廷生活とは無縁の孤立した場所で育ちましたが、あなたも都会という、当時風にいえば宮廷のある都市からは離れた田舎で成長しています。また、彼は剣などの武芸を学んだことはありませんでしたが、天性の優れた身体能力を兼ね備えていました。マクレガーさん、あなたはこれまでに剣を学んだことはありますか?」


「い、いやあ、特に……」


「やはり……しかし、あなたは見たところ、なかなかに良い体付きをしている。これも、あなたの前世、パーシヴァル卿との共通点ですよ」


 彼の答えに、私は大きく一つ頷いてから先を続けた。


「ああ、そうだ。あなたの恋した女性はフローラという名前のようですが、ある伝説にいうパーシヴァル卿の愛人ブランシュフルールともなんとなく名前が似てますよね?」


「そ、そんなの偶然の一致っすよ! そんなことだけで、お、俺の前世がパーシヴァル卿だなんて言われても信じられねえっす!」


「まあ、確かに突然このようなことを言われても俄かには信じ難いことでしょう。よろしい。これからあなたに退行催眠をかけて、前世の記憶を蘇らせてさしあげます。そうすれば、あなたはご自分がパーシヴァル卿であったことを思い出すはずです。そして、あなたはあなたの抱えている問題を乗り越えるために、この現世においても彼と同じように騎士としての修業を積まなければならない」


「騎士としての修業?」


 己が抱える問題の具体的解決策に話が及ぶと、それまで声を荒げていたトマスも急に大人しくなり、キョトンとした目をこちらに向けて呟く。


「そうです。パーシヴァル卿が歩んだ道と同じ、騎士道精神に則った立派な騎士になるための修業です。そうすることでのみ、あなたはあなたを苦しめているその〝無知〟を克服することができるのです」


「無知を……克服する……」


「そのためにも、先ずはパーシヴァル卿であった前世の記憶を呼び起さなくてはなりません。さあ、怖がることはありません。こちらのソファに腰掛けて、気を楽にして目を瞑って…」


 私は、この純朴な田舎の青年を円卓の騎士とするために、ゆっくりと彼の澄んだ眼の前に手を差し伸べた――。

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