Ⅰ 本物の魔術武器(5)
「あ…ああ、情報じゃったの。その、お前さんが気に入りそうな物というのはな…」
その凶悪な顔で睨まれ、ようやく先程の話に戻りそうになる主人だったが。
「あ、そうそう! あたしもついでに情報もらいに来たのよ!」
マリアンヌなる娘もまた話に首を突っ込んでくる。
「てめーまだ邪魔する気か? こっちは重要なところで寸止めされて気が立ってんだっ! 小娘はどっかにすっこんでろっ!」
「あああ~喧やかましい男ね! あたしだって、お宝情報を得るのが主目的でここに来てるのよ!そっちこそ邪魔しないで!」
「まあまあ、二人ともそう熱くならずに。どっちも同じ目的なんじゃから、この際、一緒に聞いてみてはどうじゃ? サムライの兄さん、お前さんも言い争いなんかしてる暇があったら、早く話が聞きたいじゃろう?」
どうにも相性が稀にみる悪さらしく、またしても言い争いを始めようとする彼らを見かねた老主人は、二人の間に分け入ってそう提案した。
「ん……まあ、早く聞きてえに決まってるけどよ……」
「あたしも、こんな無駄な時間これ以上かけたくはないけど……」
「よし。じゃあ、決まりじゃ。では、お二人さん静かにご清聴願うよ」
そして、また二人が何か言い出す前に速やかに語り始める。
「その物ってのはな……驚くなかれ、なんと! あの〝エクスカリバー〟なんじゃよ」
「…?」
主人のその言葉を聞いた瞬間、先程までいがみ合っていた刃神とマリアンヌは、仲良く二人揃って目を見開く。
「エクスカリバーって……あの、アーサー王のエクスカリバーか?」
いつになく唖然とした顔で刃神は聞き返す。
「ああ。そのアーサー王の持っていたという魔剣エクスカリバーじゃよ」
「そりゃ、どういった筋の情報だ? 確かな話なのか? まさか、このキリストの剣
さらに刃神は興奮気味に質問を重ねる。
「まあ、落ち着いて聞きなさいて。いや、さっきも言った通り秘密の情報でもなんでもないんじゃがな。実はその剣というのはトゥルブ家という先頃没落した貴族の家に代々伝わっていた品でな、今は借金の形かたに取られて、他のアーサー王伝来とされる品々や家屋敷ともども金貸しのデイビッド・アダムスの持ち物になっておる」
「なるほどな。貴族の伝世品か……なら、少なくとも最近造られたパチもんじゃあねえってわけだ。かの獅子心王リチャードも本物のエクスカリバー持ってるって豪語し、第三回十字軍の際、シチリアのタンクレアウスに奉げたって話だが、それと似たようなもんか」
「まあ、そんなとこじゃな。だが、それだけじゃなくての。このトゥルブ家というのが少々おもしろい伝承を持っておるんだな」
「おもしろい伝承?」
刃神は怪訝な顔でまたも聞き返す。
「ああ。このトゥルブ家というのはな、本当かどうかは定かでないが、ベディヴィエール卿の末裔を称していた家なんじゃよ。もしくはベディヴィア卿、またはベドウィル卿ともいうの」
「なんだと? あの、アーサー王の酌人――つまり、宮廷を取り仕切る高級官僚だったベディヴィエール卿か? カムランでの最後の戦いの後、倒れたアーサー王からエクスカリバーを託され、それを湖の姫に返したっていう、あの……」
「そう。そのベディヴィエール卿じゃ。それだけじゃないぞ? トゥルブ家の爵位はキャメルフォード男爵だが、その名が示す通り、それまで所有していた土地というのは一説にカムランの戦場と目されているコーンウォールのキャメルフォード付近にあるんじゃよ。なおかつ、その土地を手に入れた今の地主であるアダムスが独自に発掘調査をしたところ、その敷地内にある小高い丘から、5世紀後半のものと思われる
「ちょっと待て! んじゃあ、カムランの戦場ってばかりか、そこが〝キャメロット〟だとでも言うつもりか?」
刃神は思わぬ符合の連鎖に驚きの相をますます濃くして言った。
〝キャメロット〟というのは、伝説の中でアーサー王の宮廷があったとされる城の名前である。
「いや、そこまではわからんがな。他にもキャメロットの候補地はいろいろとあるしの……じゃが、こうまでいろいろ揃ってくると、少しは期待したくもなってくるってもんじゃろう?それに、そうなってくると…」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! あたしの方こそ、ちょっと待ってだわ!」
段々と調子に乗ってきた主人の饒舌を、今度はマリアンヌが慌てた様子で止める。
「二人とも、そんな実際にアーサー王がいたような口振りしてるけど、アーサー王って実在するかどうかもわからない人物なんでしょう? その上、その伝説上の王様が持ってた魔剣だなんて……どう考えたって、そんなの偽物以外の何物でもないでしょう?」
「ま、確かにアーサー王の実在は怪しまれておるし、現実にいたという確たる証拠も何もないがの……じゃが、逆にいなかったという証拠もこれまたないのじゃよ」
しかし、老主人は意味ありげな笑みをその顔に浮かべるとマリアンヌの主張に反論する。
「もし実際にいたとすれば、紀元5~6世紀――俗に〝アーサー王の時代〟と呼ばれておる時期に活躍し、サクソン人の侵略からこのブリテン島を守った人物と一般にはされておるが、その頃といえば中世暗黒時代。文献自体がものすごく少ない時代じゃからの。また、実在したという〝確たる〟証拠はないと言ったが、それを臭わす史料ならば、いくらかは存在する。それなりの信憑性を持って実在説が唱えられているのもまた事実じゃ。現に英国人の多くは今もその実在を信じておるよ」
「それはまあ、確かにそういう実在説がいろいろあるのはあたしも知ってるけど、だからってさすがにエクスカリバーってのは……」
もう一度、そう主人の意見に反論を試みようとするマリアンヌだったが、またしてもその口を主人の言葉が遮った。
「いや、こちらの日本人の兄さんが定義するところの〝
「ああ、充分どころか十二分に条件クリアだぜ。よくわかってるじゃねえかよ、オヤジ」
同意を求める主人に、刃神はいたく満足げに頷く。
「またそれ? さっきからなんなのよ、そのマジック・ウェポンって?」
二人を交互に見つめ、一人置いてけぼりをくっているマリアンヌは不満そうに訊く。
「フン。読んで字の如くだ。ま、もう一度説明するのは面倒だから、知りたきゃオヤジにでも聞きな。とにかく、俺の次の得物はそれに決まりだぜ。奇遇にもダヴィデの剣を手に入れたところだし、アーサー王関連の剣を揃えるってのも悪くねえ……ってことで、オヤジ。そいつのある場所を教えてくれ。今、どこにある?」
「明日からオープンする、そのトゥルブ家の元屋敷だった建物を改装した博物館に展示されるらしい。ついでに、さっき言った
そう答えながら、主人は先程読んでいた新聞を刃神に渡した。それを受け取り、紙面に目を落とすと、そこには主人の言っていた遺跡や企画展の記事と、その
「住所とアクセス方法も載っておるから、それを頼りに行くといい」
「おお、ありがとよ。んじゃあ、カムランの古戦場へ観光とでも洒落込むか……しかし、新聞に載るくれえの情報なのに、俺は全然その話知らなかったぜ?」
新聞記事を見ながらほくそ笑む刃神だったが、ふいに疑問を覚えて主人に尋ねる。
「そりゃあそうじゃろう。お前さんはこの国に来てまだ日が浅いこともあるが、トゥルブ家の話はそれほど世間に知られていなかったし、仮に知っていたとしても、マリアンヌ嬢ちゃんが言ったように普通は眉唾物としか思わんよ。じゃから、この業界でもこれまではまったく相手にされてこなかった。マリアンヌ嬢ちゃんもこの話聞くの初めてじゃろ?」
「え…ええ。あたしも今回、こっちに来たのは数日前だしね。それに、やっぱり聞いたとしても、取るに足らない情報としか思わないわ」
急に話を振られたマリアンヌは、少々びっくりしながらそう答える。
「じゃろう? それが今日のこの朝刊に、丘城遺跡の発掘記事とトゥルブ家の伝世品のことが載ったことによって、幾ばくかの信憑性と知名度が一気に上がったというわけじゃな」
「なるほどな。オヤジもこの新聞見て、ようやく気にかけるようになったってわけか……だが、そうなると、他にも狙う奴が出てくるかもしれねえな。こいつは早く仕事にかかった方が良さそうだ……おい! これは俺の得物だからな! 手え出すんじゃねえぞ!」
刃神はひとしきり独り言を呟いた後、マリアンヌの方を振り向くと念のためそう釘を刺した。
「そんな眉唾物、言われなくても手を出したりしないわよ。フランセーズ(※フランス人)としては、アーサー王よりもシャルルマーニュの方が好みだしね」
対してマリアンヌは、やや拍子抜けなほど冷静な口調でその懸念を否定する。
シャルルマーニュ――ドイツではカール大帝と呼ばれるその人物は、アーサー王と同様、フランスやドイツで英雄視されている伝説的帝王である。ただし、こちらはアーサー王と違い、8世紀中頃~9世紀初め、ヨーロッパに一大帝国を築いたことが確かな人物なのだ。
「ウォーリー、他に何かいい情報はないの?」
「うーん。そうじゃのう……今のところはそれぐらいで、マリアンヌ嬢ちゃんが好きそうな話は入っておらんのう」
尋ねるマリアンヌに、主人はしばし唸り声を上げてから残念そうに答えた。
「そう……じゃ。あたしの用はこれで終わりね。今日は失礼するわ」
その返事を聞くと、彼女は妙にあっさりとした態度でこの場を立ち去ろうとする。
「おお。とっとと帰れ!」
「そうかい? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「いいえ。あたしもいろいろ用があるからね。じゃ、ウォーリー、また来るわ」
そして、追い出そうとする刃神にも、逆に引き留めようとする主人の言葉にも留まることなく、そのままくるりと踵を返して、早々に店の外へと出て行ってしまった。
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