Ⅶ 円卓騎士の鉄槌(4)

「……おお、そういえば、訊くのを忘れとったの」


「んん?」


 店主のその声に、刃神、マリアンヌ、アルフレッドの三人は顔を上げてそちらへ視線を向ける。


「いやの。昨日は甲冑着けた強盗なんていうとんでもない話聞いたもんじゃから、すっかり訊くのを忘れてしまったんじゃが、その奪われたエクスカリバーってのはどんな感じじゃった?形状は? やはり古いもんじゃったかの?」


 表の骨董屋兼裏の古美術品ブローカーとしての血が騒ぐのか、店主は興味津々な眼差しで三人を交互に見つめて尋ねる。


「おお、そのことか。確かにオヤジも気になるとこだろうな。よし、いいだろう。特別にこの俺様が教えてやるぜ」


 そんな店主の質問に、同じくこういった武器の話が嫌いではない刃神も身を乗り出して積極的に語り始めた。


「長さは35インチ(約90センチ)くらいだな。なかなか古いもんだっぜ? 鍔ガードはなくて、峯側にやや湾曲した銀の柄ヒルトの先端にケルト十字文様の柄頭ポンメルが付いてた。でな、おもしれえことには、想像してたような両刃の剣じゃなく、片刃だったんだよ。でけえナイフみたいな感じだな」


「ほお! 片刃じゃたか!」


 刃神のその言葉を聞くや、店主はよりいっそう目を輝かせて歓喜を含んだ声を上げる。


「それは、もしや〝スクラマサクス〟ではないかの?」


「ああ、俺もそう思った」


 聞き慣れぬ単語を口にする店主に、刃神も意味ありげな笑みを浮かべて答える。


「あ! そんなこと、今は亡きハンコック博士も確か言ってましたね」


 すると、二人の説を裏付けるかのように、アルフレッドも在りし日のヘンリー・ハンコック博士を懐かしみながら口を挟む。


「お! そうか! てめえの相棒だったっていう考古学者もそう言ってたのか? そいつはますます、あれが本物のエクスカリバーである可能性が出てきたってもんじゃねえか」


「ねえ、どういうこと? そのスクラマなんとかって何?」


 アルフレットの発言を聞き、さらにニヤニヤと不気味に口元を歪める刃神にマリアンヌが尋ねた。


「ん? ああ、〝スクラマサクス〟ってのはな、ゲルマン固有のナイフ〝サクス〟のデケえヤツでな、サクソン人のサクソン・・・・もここから来てるんだが、4世紀~11世紀にかけてのヨーロッパじゃ、この片刃の刀剣がサクソン人なんかのゲルマン諸族を中心に戦争用の武器として使われてたんだ」


「ふーん。サクソン人の剣ねえ……で、それがエクスカリバーとどう関係があるわけ?」


「俗に〝アーサー王の時代〟と呼ばれる、もし実在していたとするならば、アーサー王のモデルとなった歴史上の人物が生きていた時代は5、6世紀。そのスクラマサクスが盛んに使われていた時代とかぶるんじゃよ。つまりな、エクスカリバーの形状はそのスクラマサクスだった可能性が高いんじゃ」


 刃神の説明を聞いてもピンと来ないマリアンヌに、店主が補足説明をする。


「現に『サー・ガウェインと緑の騎士』という物語の古い挿絵では、アーサーや騎士達がこのサクスと思しき片刃の刀を持っているし、中世初期のゲルマン諸族では戦士の最後の武器とされ、時にその持ち主の地位を表す物ともされていたらしいしの。このサクスに対するイメージは、どこか英雄の剣、王者の剣としてのエクスカリバーを連想させる」


「えっ? ってことは、つまりその……あのエクスカリバーは本物…かも?」


「ああ。その可能性がいっそう強まったってことだ」


 ようやく彼らの言いたいことを理解したマリアンヌに、刃神はどこか満足げな口調で答えた。


「ま、鞘の方は後世のもんだろうけどな……どうだ? 余計欲しくなっただろ?だが、あのエクスカリバーは俺の取り分だからな。忘れんじゃねえぞ?」


「わ、わかってるわよ、そんなの……あの剣が本物となると、他の王冠とかだって本物の可能性が高まるわけでしょ? あたしはそっちを貰うから別にいいわよ」


 刃神が改めてその取り決めを確認すると、マリアンヌは意地を張りながらもかなり悔しそうに言う。


「あ、そんじゃ、俺の分け前は、そいつをマリアンヌお譲さんと山分けにするってことでよろしくお願いします」


「はあ? 7:3に決まってるじゃない。勿論、あたしが7であなたが3ね」


 それを聞いて、思い出したかのように自らの権利を主張するアルフレッドだったが、マリアンヌは有無を言わさずその分配率を訂正する。


「ええ⁉ な、なんでそうなるんすか?」


「当ったり前じゃない。あなたは本来、アダムスから金を貰うってことで話がついてたんだから。本当なら9:1にしたいとこを寛大にもそうしてあげてるんだからね。嫌なら降りてくれても構わないわよ?」


「そ、そんな殺生なあ……」


 そうして欲深な者達の低俗な遣り取りがなされる傍らで、ぽつりと、店主が感慨深げな表情をして呟く。


「それにしても、わしの不安通り大変なことになったの……これはやはり、ダヴィデの剣による呪いかの?」


「ん? …ああ、その話か。そういや、あの騎士達にもベイリン卿って言われたぜ」


 その独り言のような呟きに、刃神は先日、ここで店主と交わした話と、一昨日の晩の戦闘の時のことを思い出して答える。


「呪い? それ、なんの話?」


 多少興味を惹かれたのか、マリアンヌも二人の会話に割って入る。


「ああ、いや、なに。この前、そんな話題になったんじゃがの。聖杯伝説に登場する双剣の騎士ベイリン卿は、本来、ガラハッド卿のものとなるべき剣を抜いてしまい、その呪いで不運に見舞われることとなるんじゃが、同じくガラハッド卿のものであるダヴィデの剣を持ったこのサムライの兄さんが、どうにもそのベイリン卿と重なっての。何か悪いことがあるんじゃないかと、少々心配しておったんじゃが……」


「ケッ。オヤジも以外と迷信深えな。別にこんくれえのこと、不運でもなんでもねえよ。ただ、アホウどもに邪魔されただけだ」


 信妙な面持ちで語る店主の不安を、刃神は吐き捨てるかのようにして否定する。


「へえ~おもしろいわね。ま、円卓の騎士団が出てきたり、今回は何かにつけてアーサー王が絡んできてるし、確かに因縁めいてるとは言えなくもないわね」


「俺はもう、その呪いを受けてか、充分不運に見舞われてますけどね……」


 マリアンヌとアルフレッドの二人も、それぞれに素直な感想を述べる。


「フン。むしろ、おもしろくなってきたってもんじゃねえか。アーサー王伝説といやあ、冒険と探求の旅に明け暮れる騎士達の物語だ。せっかく円卓の騎士団を名乗る物好きな野郎どもが現れたんだからな。こっちもご期待通りベイリン卿になりきって、エクスカリバー探究の物語を紡いでやるとするぜ」


 刃神は脇に置いたダヴィデの剣の袋を摑むと、曇った表情を浮かべる店主にそれを見せつけるようにして言った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る