ⅩⅢ ティンタジェルへの船旅(5)

「それで、これからどうするんですか?」


 全員がアーチを抜けて城址内に集まると、ボールス卿が期待を込めた声の調子でベディヴィエール卿に訊いた。


 その声に、アルフレッドは地獄の釜の口のような崖縁から顔を上げ、辺りの様子を見回してみる。


 ランタンの明かりに浮かぶ薄暗い島の上には、不定形で不気味な石壁のシルエットが得体の知れない生き物のようにあちらこちらで蠢いているだけで、ここにも刃神とマリアンヌの姿は見られない。同じようにジェニファーもマクシミリアン達の姿を周辺の闇に探してみるが、やはり結果は同じだった。


「そうだな。〝アーサー王の椅子〟など見所はいろいろとあるが、その前に先ず、ここでやるべきことがある」


 そんな二人を他所に、ボールス卿の問いにそう答えると、ベディヴィエール卿は崩れた建物址の間を通る舗装された道を〝ティンタジェル城の城門〟と呼ばれる背の高い壁の方へ向かって歩き出す。


 〝アーサー王の椅子〟とは、そのように言い伝えられている岩のことである。


 他にもここティンタジェル城には、アーサー王に関係づけて〝アーサー王のベッド〟だとか〝アーサー王のカップ&ソーサー〟、〝アーサー王の足跡〟と呼ばれる岩や岩に開いた穴などがあったりする。無論、それは見た目からのただの連想であり、確かな根拠は何もない。


「さて、ここら辺で良いだろう……そこの台の上に我らが王アーサーの形見をお供えするのだ」


 〝ティンタジェル城の城門〟に開いたアーチを潜るのかと思いきや、ベディヴィエール卿はその前を右手に折れて、崩れた建物址の中へと足を踏み入れる。そして、ちょうど祭壇のように手頃な高さになっている壁の残骸の上へ王冠・王笏・宝珠の入った箱を置くように指示を出した。


 その〝酌人〟の命令に、モルドレッド卿、ガヘリス卿に続いてジェニファーが王の御物を安置すると、ベディヴィエール卿自身もエクスカリバーの箱を置き、その前で彼はおもむろに宣言する。


「では、これより我らがアーサー王の御前において、巡回裁判を行うこととしよう……エニード夫人前へ」


「えっ? わたくしですか? ……いったい何を始めるおつもりですの?」


 不意に振られたジェニファーはなんのことか理解できず、訝しげな顔をして訊き返す。他の者達も大半が怪訝な表情を浮かべていたが、ベディヴィエール卿は不意に真顔に戻ると彼女のその問いに答えた。


「エニード夫人……いいや、グウィネヴィア王妃と呼んだ方が良いかな?そなたのために裁判をこれから執り行うのだよ」


「わたくしのための裁判? どうして、わたくしの……」


 そこまで口にしたジェニファーは、妙なことを言われたのに気付いてドキリとする。


 裁判云々というのもよくわからないが、それよりも今、ベディヴィエール卿は自分のことをグウィネヴィア王妃と呼んだ……思い当たる節はあるが、それを知るのは自分とジョナサンの二人だけであり、あくまで自分の人物設定はエニード夫人のはずだ……何か、嫌な予感がする……。


 ぼんやりとした不安に襲われるジェニファーに、ベディヴィエール卿は続ける。


「どうやらそなたはエニード夫人ではなく、グウィネヴィア妃であったようだな……そういえば、偶然の悪戯か〝グウィネヴィア〈Guinevere〉〟は現代英語風に読めば〝ジェニファー〟になる」


 さらに今度はモルドレッド卿が、背中に冷たいものを感じ始めているジェニファーを蔑むように見つめて言う。


「お前がランスロット卿の不倫相手であることはわかっている。そして、サツの回し者であることもな!」


「……!」


 やはり、悪い予感は的中した……ジェニファーの正体は、ランスロット卿以外の者にも既に知られていたのだ。


 彼女は咄嗟に元恋人の方へと視線を向ける。


 だが、ランスロット卿も驚いた様子で、自分は言っていないというように首を振って意思表示している。


「おい、どういうことだよ?」


「ランスロット卿の不倫相手? ……で、警察だって?」


「ま、まあ、確かにそのシュチエーションはグウィネヴィア妃のような……」


 また、他の円卓の騎士達からも驚きと疑問の声が上がっている。


 昼間、二人の密会を盗み聞きしていたアルフレッドが皆の顔を見回してみると、その反応から見て、どうやら同じく事情を知っていたのはベディヴィエール卿とモルドレッド卿、それにガヘリス卿の三人だけのようだ。


「な、なんのことですの? わたしが警察だなんて……何かの間違いです。それに、ランスロット卿ともこの円卓の騎士団で初めて会ったばかりで…」


 そう反論しようとするジェニファーだが、容赦なくガヘリス卿がその口を塞ぐ。


「嘘ですわ! わたくしとモルドレッドお兄さまはこの耳でちゃんと聞きましたのよ! この女がランスロット卿と親しく話していたのを。この女は、あのエレック卿を名乗っていた警察の仲間と言い合わせて、ここでわたくし達を捕まえる魂胆ですわ!」


「おいおい、マジかよ……」


「おい! 本当なのかランスロット卿! じゃあ、お前もまだ警察の……」


 ラモラック卿が信じられないという様子で呟き、ガウェイン卿は疑念を抱いてランスロット卿に詰め寄る。


「い、いや、私はもうスコットランドヤードを辞めている。みんなを裏切るようなことは断じてしていない!」


「ほう。不倫相手だということは否定しないのだな。やはり、事実だったか……いや、驚いたぞ? そなたが付き合っていたという上司の妻が、まさか彼女だったとはな」


 弁明しようと叫ぶランスロット卿を、ベディヴィエール卿は得心がいったという表情で見つめた。


「そ、それは……」


「なに、そなたがそれを黙っていたことは許そう。モルドレッド卿達の話だと、後で我らに報告する気ではいたようだしな……だが、この者は違う!」


 そして、たじろぐランスロット卿を安心させるようにそう告げると、再び険しい表情となって、持っていた松明をジェニファーに向けて突き付ける。


「判決を言い渡す。モルドレッド卿とガヘリス卿の証言により有罪であるのは明らか。この者を反逆罪で厳罰に処することとする!」


 いつになく鋭く残酷な瞳で彼女の顔を見つめ、ベディヴィエール卿は裁判とは名ばかりの判決を告げた。


「残念だったな。もし我らがそなたのはかりごとを知らずにいたら、逃げ場のないこのティンタジェル城で袋のネズミになっていたやもしれぬ。だが、仲間の到着を期待していても無駄というものだ。警察にはペンザンスでテロを行うと、少し前に偽りの犯行予告を出しておいた。真実味が出るよう、ここ数日の事件も我らの仕業だと付け加えてな。今頃、このカウンティの警官の大半は半島突端の保養地へ向かっていることだろう。誰もこんな無人の島には見向きもしまい」


「そんな……」


 一縷の望みをも断つその言葉に、ジェニファーは絶望の色を蒼白な顔に浮かべる。


 それでは、マクシミリアンの言を地元警察は信じなかったのだろうか? いまだ、そうした彼からの連絡もドレスに忍ばせたスマホには入っていない……。


「さて、反逆罪は火焙りと決まっているが……今はその用意もないので崖からの投身刑でその代りとしよう。さあ、地獄の底へとその身を投じ、自らの罪を購うのだ!」


 ベディヴィエール卿の突き付ける炎に、ジェニファーは慌ててその場を逃げ出そうと身を翻すが時既に遅し。モルドレッド卿やガヘリス卿ばかりか、その話が真実であると知った他の騎士達も剣を抜いて彼女の行く手を遮る。


「さあ、とっとと崖から飛び降りろ! この警察の犬めがっ!」


 モルドレッド卿を先頭に、騎士達は剣をジェニファーへと突き付ける。無数の鋭い剣先に追い遣られ、やむなく後退りせざるを得なくなったジェニファーは、いつしか崖側の壁の一角へと追い遣られていた。


 しかも、その場所の壁は膝ぐらいまでしか残っておらず、押されでもすれば軽く壁を乗り越えてしまう。


「ひっ……」


 ちらと後に目を向ければ、壁の向こう側は垂直ではないにしろ、恐ろしく急な斜面となっており、突き落とされればそのまま奈落の底へ真っ逆さまである。


 こんなことなら、拳銃の一つでも懐へ忍ばせてくるべきだったな……とジェニファーは思う。


 そういえば、プリドウェンを出る前に自分は武器を持って行かなくていいのか? とベディヴィエール卿に尋ねると、騎士ではなく〝エニード〟という貴婦人であるからという理由で銃も剣も持たされなかったが、今から考えると、それもこれを見越してのことだったのか……。


 そんなことを思っても今更ではあるが、それ以前にたとえ武器を持っていたところでこの多勢に女一人では、いくら足掻こうともどうなるものでもあるまい……。


 騎士達の傍らに呆然と立ち尽くす元恋人へ、ジェニファーは必死の思いで眼差しを送る。


 しかし、彼はその視線を受けても、小刻みに震える瞳で彼女と仲間達を見比べるだけで、何もしようとはしない。


 愛した…否、今も愛する女性への思いと、共に冒険をしてきた仲間達との絆……その二つの間で板挟みとなり、彼はもう、どうすれば良いのかわからないのだ。


 だが、残酷にもそんな彼に、ベディヴィエール卿はさらに厳しい決断を迫る。


「ランスロット卿、もしも我らの王と我ら新生円卓の騎士団への忠誠が真のものであるのならば、このアーサー王の形見の御前で、そなたがその手で反逆者への裁きを下すのだ」


「……!」


 ランスロット卿は大きく目を見開き、全身の血の気が失せたかのようなかの真っ蒼い顔で固まった。

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