ⅩⅢ ティンタジェルへの船旅(6)

「そなたはなぜこの円卓の騎士団にいる? 前世で犯した罪による因縁を断ち切り、不貞の愛に塗れたその運命を変えるためであろう? さあ、今がその時だ。この裏切り者となったグウィネヴィア妃をその手で処刑し、今度こそ、我らがアーサー王へそなたの忠誠を示すのだ!」


「………………」


「どうした? なぜ早く剣を抜かない? やはり貴様もサツの仲間か?」


「所詮は不貞の騎士ランスロット。この現世においてもやっぱり不倫相手のために仲間を裏切るんですのね。なんて汚らわしいんですの!」


 苦痛に満ちた表情で目を瞑り、黙して動かぬランスロット卿へ、モドレッド卿とガヘリス卿がさらなる罵声を浴びせかける。


 その屈辱的な言葉に、ランスロット卿もついに意を決したのか、カッと目を見開くと、覚悟を決めた表情で皆の前へと歩み出る。


 そして、ベディヴィエール卿から松明を受け取ると、その赤く燃える炎をジェニファーへ向けて言った。


「わかった。この始末、私の手で着けさせていただこう」


「ジョナサン……」


 松明を突き付け、鋭い眼差しを向ける元恋人の名をジェニファーは呼ぶが、彼は本気の様子で、さらに一歩、また一歩と、彼女の方へ迫る。


「やれーっ! 反逆者を許すなっ!」


「我らの王に仇なす者に裁きを!」


「サツの犬なんか突き落としちまえーっ!」


 外野からは彼女の処刑が速やかに行われることを望む聴衆の歓声が沸き起こる。


 炎に追われ、ジェニファーは後退ろうとするが、彼女の脹脛はぴたりと冷たい石壁に張り付き、背後にはもう、あの世へ直行の断崖絶壁しか残っていない。


「……さよなら、ジョナサン」


 後のない足下に、そう、淋しげな声で呟き、すべてを諦めかけるジェニファー……。


 しかし、なぜかランスロット卿は彼女に微笑みかけると、松明を崖の下へ放り投げ、くるりと身体の向きを反転させた。


「どういうつもりだ、ランスロット卿?」


 予期せぬその行動に、皆は一瞬声を潜め、怪訝な様子でベディヴィエール卿が尋ねる。


「ベディヴィエール卿、おかげでようやく、私は私の生きるべき道を見出すことができました……かつて、グウィネヴィア妃を火刑の場から救い出したランスロット卿のように、私は、私の命にかけても愛する彼女を守る。それが、この私――ランスロットの歩むべき騎士道だ!」


 そう宣言するとともに、ランスロット卿は腰に帯びた愛剣〝アロンダイト〟を鞘から引き抜き、その鋭い切先を騎士達に向けてその答えとする。


「貴様、裏切るのかっ⁉」


「正気か? ランスロット卿……」


 確かな何かを見付けたというような確固たる意思を秘めた瞳で、だが、どこかすっきりした顔をして立ちはだかる彼に、モルドレッド卿は怒りに満ちた声を上げ、ベディヴィエール卿も若干の驚きを持ってランスロット卿を見つめる。


「ジェニファー、もう大丈夫だ。もう、あの時のように君を放したりはしない。今度こそ、僕が君を守る!」


「ジョナサン……」


 自分を庇うようにして目の前に立つ元恋人の背中に、ジェニファーは胸が熱くなるのを感じた。


「フン。だから、バン王の系統は……今世においてもやはり信用ならないな」


 モルドレッド卿は、アーサー王伝説におけるロッド王の一族である自身やガウェイン卿ら兄弟と、ロッド王を殺したバン王の息子であるランスロット卿ら一族との確執を引き合いに出して彼を非難する。


「よもや前世と同じ展開になろうとはな……残念だが、こうなれば致し方ない。アーサー王に忠誠を誓う騎士達よ! この裏切り者二人を始末せよ!」


「オーッ!」


 続いてベディヴィエール卿が彼を反逆者と見なして号令を発すると、突然の展開に動揺していた他の騎士達も鬨の声と共にランタンを投げ捨て、ランスロット卿へ向けて剣を身構えた。


「……あ~あ、ほんとに面倒臭いことになっちゃったよ」


 そんな新生円卓の騎士団の内紛を、一応、騎士団のメンバーにはなっているが、ただ独りまったくの部外者であるアルフレッドは迷惑そうに傍観していた。


「あ、でも、そのおかげで奴さん達、どうやらお宝のことはすっかり忘れちゃってるみたいだな」


 見ると、確かにベディヴィエール卿の持つエクスカリバー以外の品は崩れた壁の上へ置かれたまま、この騒ぎに誰もそちらを気にかけていない様子である。


 しめた! こいつは絶好のチャンスかもしんない……刃神の旦那やマリアンヌ嬢ちゃんもまだ来てないことだし、ここで俺がお宝をいただいてトンズラすれば、すべては俺一人のものに……。


 そうして取らぬ狸の皮算用をし、ニヤリと人知れずほくそ笑んむアルフレッドは、ランスロット卿と睨み合う騎士達の間を縫って、こっそり宝の入った箱へ近付こうとする。


「おい! ケイ卿!」


 ところが、宝の方へ歩き出そうとした彼の肩をガウェイン卿のごっつい手が摑んだ。


「ひっ! ……な、何か?」


「どうして剣を抜かない⁉ お前も円卓の騎士ならば、一緒に裏切り者と闘え!」


 恐る恐る振り返り、別に何もやましいことなど考えていないですようという顔を作るアルフレッドに、ガウェイン卿はお説教を垂れる。


「おお、そうだ! 今夜はお前の円卓の騎士としての初陣でもある。ここは一つ、その祝いとしてお前に一番槍の名誉を与えてやる。先ずはお前が斬り込むのだ!」


「ええっ⁉ お、俺っすか? い、いやあ、俺はそんな野蛮なことは……」


 さらにとんでもないことを言い出すガウェイン卿に、アルフレッドは慌ててその申し出を丁重にお断りしようとするが、そんな軟弱なことを元軍人の彼は許してくれない。


「さあ、行けっ! もし、お前が武運尽きて斬り殺されたとしても、俺が責任持って骨は拾ってやるから安心しろ」


「そ、そんなぁ……」


「行けーっ! ケイ卿っ!」


「裏切り者を叩き斬れーっ!」


 ガウェイン卿の言葉を聞いて、他の騎士達もアルフレッドに迷惑な歓声を送る。


 あああ、やっぱりマズイことになった……旦那ぁ~、譲ちゃぁ~ん、いったい何してるんすかぁ~? もう金輪際、お宝を独り占めしようなんて悪い考えは起しませんから、どうか早いとこ助けに来てくださいよぉ~……。


 アロンダイトの鋭い剣先の前へと皆に押し出されつつ、今にも泣きそうな情けない顔をしたアルフレッドは、先程の姑息な悪巧みを懺悔して心の中でそう祈った……。

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