Ⅸ 冒険ごっこ(2)

「――ねえ、これってやっぱり、アイツらの仕業よね?」


「あの変人どもしかいねえだろ? こんなアホなことすんのは」


 店主の注いでくれたカフェオレに一息吐き、確認をとるマリアンヌに刃神が素っ気なく答えた。


「しっかし、あれっすねえ……アーサー王のお宝盗んで、不敬なアダムスの旦那を処刑した後、今度はこの悪戯騒ぎっすか? いったい何がしたいんだか……」


 店主に無理して淹れさせたブラックコーヒーを含みながら、アルフレッドもぼやくように二人に訊く。彼ら二人も、この店でお茶するのが当たり前になりつつあるようだ。


「いや、一見、滅茶苦茶なように見えるが、今までのヤツらの行動は一貫してる。ヤツらがやってることは、すべてアーサー王伝説に関わりのあるものだ。アーサー王の事績を追慕し、あくまで円卓の騎士団として振る舞う……それが、あのアホウどもの目的であり結果なのさ。狂信的なマニアには、金だの高価な物だのを手に入れたいなんていう一般的な動機は通用しねえんだよ。ま、俺達のように物欲に従順な人間にゃあ、到底、理解できねえことだけどな」


「うーん。そんなもんっすかねえ……」


 刃神の答えに、アルフレッドはわかったのか? わかってないのか? どつちだかわからないような顔で唸った。


「こっちもここ一週間、いろいろと情報通な知り合いのとこを当たってみたけど、ああいった騎士の格好した盗賊団の噂は誰も聞いたことないって言ってたわよ?」


 刃神の言葉を受け、今度はマリアンヌが口を開く。


「そうか。んじゃ、やっぱりプロの盗人って訳じゃあねえってこっただな……」


「その代わり、刀剣類ばかりを狙う妙な東洋人がいるって噂だったけどね」


 呟く刃神に、マリアンヌはそう付け加えて細めた眼で彼の顔を見つめる。


「ほう。そんな奴もいんのか? 英国の盗人業界にゃあ、変わった野郎がたくさんいるもんだな」


「…………あんたのことよ」


 鈍感にも感心している刃神を、マリアンヌも他の者達も呆れた顔で眺めた。


「ん? ……俺か?」


「俺か? …って、あんたしかいないでしょう! んで、そっちはどうだったのよ? そういったアーサー王関連の武器持ってる人間のとこ調べに行ってたんでしょう?」


「ん? ああ、そのことだが、こっちは案の定ヒットだったぜ? ヤツらが言ってたように、ランスロット卿のアロンダイトもガウェイン卿のガラティーンも何者かに奪われてた」


「あたしとあんたが戦った騎士の持ってたっていう剣ね?」


「それだけじゃねえ。ランスロット卿やエクター・ド・マリス卿の親爺で、アーサー王のブリテン統一戦に協力したベンウィックのバン王が持っていたとされる剣〝クレシューズ〟や、アーサー王がその統一戦でリエンス王から勝ち取った、ローマの鍛冶神ウォルカヌスが鍛え、かつてヘラクレスが帯びていたっていう名剣〝マルミアドース〟、同じくアーサーの剣の一つ〝セクエンス〟と短剣〝カルンウェナン〟、ジェフリ―・オブ・モンマスは〝ロン〟と呼び、『キルフフとオルウェン』では〝ロンゴミニアド〟の名で登場するアーサー王の槍なんかも、みんな盗られた後だったぜ」


「なんか知らない名前の物ばっかっすけど……ずいぶんと盗んで回ってるみたいっすね」


「俺が調べられたのはここまでだが、他にもいろいろやられてるかもしれねえ……ただ、こいつだけはまだだったみてえなんで、せつかくだし俺様が回収して来てやった」


 続けてそう言うと、刃神はとなりの椅子に剣の革袋と一緒に立てかけてあった、長くて幅い板をシーツで包んだようなバカデカい包みを重そうに持ち上げる。


「何それ?」


「これはだな……」


 訝しげな顔でそれを見つめるマリアンヌに、刃神は早速、包みを解いてみせてやる。


 すると、中から出てきたのは子供の身の丈くらいはあるかという、錆びて赤黒くなった、バーベキューに使う鉄板か何かと見間違えるほどの大きく幅広な剣であった。ただ、巨大ではあるが、全体のバランスを見ると横幅に比して剣身の長さが短く、剣というよりは大きな包丁のように見える。


「ほう……これはまた珍妙な……」


 店主も見せられるのは初めてらしく、この奇妙な物体に眼鏡を直しながら、カウンターの内側より刃神達の方へと歩み寄ってくる。


「これは〝太くて短いブロンラヴィン〟っていってな。『ロナブイの夢』っていうアーサー王の出てくる物語の中で、バトンの戦いでアーサーと戦う〝大きなナイフのオスラ〟って野郎が持ってるナイフだ。アーサーの家臣達と野猪トウルフ・トルウィスを追う話の中では、こいつを橋にして川を渡ったりしてるな。ま、持ち主のオスラは水が鞘に入って引きずり落とされちまうんだがな」


「確かにそれなら小川に渡して橋にできそうですし、それ入れられるくらいの鞘に水溜まったら重くて引っ張られそうですけどね……っていうか、もうナイフじゃなくてただの鉄板っすよね?」


 上機嫌に説明する刃神に、物珍しそうな顔でそのぶ厚い〝鉄板〟を見つめながらアルフレッドがツッコミを入れる。


「なに? じゃ、それもアーサー王関係の武器だってこと? ……でも、それって本物?」


 同じく興味深げに見つめるマリアンヌだったが、彼女はそのあり得ないデカさと、到底、史実とは思えない伝説の話に疑問を口にする。


「そりゃもちろん、伝説に出てくる本物ってこたあねえだろうな。これの持ち主の〝大きなナイフのオスラ〟ってのは、おそらく僭主ヴォーティゲルンに傭兵として雇われてブリテンに来た実在のサクソン人の王ヘンギストの息子オクタが元だろうと言われているから、このナイフってのは例の〝スクラマサクス〟のことだったのかもしれねえ」


「ああ、この前言ってた、サクソン人の剣ってやつっすか……」


 最近聞いた気のするその単語に、アルフレッドは前回、集まった時の話を思い出す。


「だが、それを伝説通りにこうして実際に作っちまう、とんだ物好きが昔いたってことだ。その酔狂さが気に入ってな。そんでもらってきた。ああ、ちなみに鞘は前の持ち主んとこにもなかったぜ。以前に壊れちまったのか知らんが、ま、あってもあんまし意味なさそうだしな……」


「……って、ようはあなた、ただ自分の趣味でコレクションの収集に行ってただけじゃない! ちゃんとヤツらの調査しなさいよ! 調査!」


 上機嫌に説明する刃神だが、マリアンヌはその点に気付いて彼に文句を付ける。


「フン。何を言う。俺はあくまでヤツらの手掛かりを摑むために、苦労してアーサー王伝説に出てくる武器の所在を確かめて回ってたんだ。こいつはその副産物ってやつだよ。そう。副産物だ」


 そんな風に否定してはいるが、その表情はものすごく満足そうである。

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