Ⅶ 円卓騎士の鉄槌(1)

 旧トゥルブ家邸博物館が襲撃された日の翌日午後8時少し前……。


 日もようやく傾き、擦れ違う相手の顔もよくわからないくらいになった薄暮の頃、アルフレッド・ターナーはリッチモンドにあるディビッド・アダムス邸を訪れていた。


 本当ならもっと早くに来たかったのだが、コーンウォールの事件を聞き付けたマスコミやら警察関係者やらがずっと家の周りをうろついており、そいつらがいなくなるのを待っていたら、こんな時刻になかってしまったのである。


「……なるほどな。それで連絡が遅れたって訳か」


 夕闇の景色を映す大きな窓を背にし、自身の書斎机に座るアダムスがドスの利いた声で言った。


「ええ、そんな訳っす。電話をかけようとも思ったんですが、なんかの拍子に警察に勘付かれたりしてもなんだなと思いまして……」


 険しい表情のアダムスの前に立つアルフレッドは、冷や汗をかきながら返事を返す。


 人目を避けて邸内に潜り込んだアルフレッドは、すぐさまアダムスの書斎へと彼の部下達によって連行され、今、これまでの経緯と言い訳を彼に説明し終えたところなのである。


「昨日は博物館のオープン・セレモニーに出ただけでロンドンに帰ってきてしまったが、翌朝目を覚ましてみればこの始末だ。それなのに、現場には君の遺体だけなかったというし、いつまで待っても君からの音沙汰はなしだ……すっかり賊に内通していたものと思っていたんだがな」


 そんなアルフレッドをアダムスは鋭い目つきで睨みつけ、とても冗談とは思えないような冗談を言う。


「や、やだな。悪い冗談っすよ。そんな、旦那を裏切るようなこと、俺がするわけないじゃないっすか」


 その言葉にアルフレッドは引きつった笑みを浮かべながら、より一層、額に嫌な汗を浮かばせた。


「……ま、信じるとしよう。裏切っておいて、こうしてのこのこと戻って来るような馬鹿はいないだろうからな」


「そ、その通りっすよ……いや、信じていただけて良かったです……ハァ~…」


「……で、この落し前、どうつけるつもりだ?」


「はい?」


 一旦は胸を撫で下ろしたアルフレッドだったが、その腹の底に響くようなアダムスの声に、再び身の危険を知らせる冷たいものが彼の背中に走る。


「犯行に加担していないことはわかったが、ターナー君、今回の件はすべて君の責任だ。トゥルブ家のアーサー王関連の家宝を高値で売れるようにするのが君の仕事なのだからな。それをその現場に居合わせながら、まんまと賊どもに持って行かれてしまうとは……こうなった以上、それ相応の覚悟はできているんだろうな?」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 冗談の欠片もない目をしたアダムスに、アルフレッドは慌てて手を前に突き出して叫ぶ。


「こ、これは考えようによってはチャンスですよ!」


「チャンス?」


 アダムスは恐ろしげな表情を崩さぬまま聞き返す。


「ええ、大チャンスです! 考えてもみてください。これで事件のことが世間に広まれば、嫌でもトゥルブ家に伝わるエクスカリバーやアーサー王のお宝のことは評判になります。しかも強盗が狙うような品ですからね。〝ひよっとして本物だったんじゃないの?〟って世の人々は思いますよ。頼んでもいないのに、ご親切にも賊はわざわざ効果の大きいコマーシャルを打ってくれたわけです。ま、多少犠牲はありましたが……ともかく、きっとこれで旦那のお望み通り、お宝が高値で売れること間違いなしっすよ!」


「だが、その売る物が手元になくてはどうにもならんではないか?」


「ああ、その点もご心配なく。すでに手は打ってあります」


「手?」


 得意の口八丁が調子に乗ってきたのか、自信たっぷりに胸を張って語るアルフレッドに、アダムスは不意に怪訝な顔色を浮かべる。


「その道に通じた優秀な者を二人雇ってブツの行方を追わせています。今少しの時間と予算を頂ければ、きっと取り戻して御覧にいれますよ」


「ほう……思った以上に動きが早いな」


「ね、ご報告に伺うまで、別に俺も遊んでたわけじゃないんすよ? ちゃんと旦那のために働いてたんですから」


 僅かに目の鋭さが緩和されたアダムスに、調子よくアルフレッドはおべっかを使う。


「だが、その優秀な者とやら本当に信頼できるんだろうな?」


「勿論です! 業界に顔の利くプロの盗人な上に滅法、腕の立つ者達っすからね。まあ、有能な代わりに気難しくてギャラも高いんで、いやあ、雇うのには苦労しましたよ。で、お願いなんですが、彼らの人件費込みでもう少し予算をいただけると……」


「フン。この期に及んで金の催促か……何か口車に乗せられているような気がしないでもないが、ま、いいだろう。必要経費は出してやる。それに、すべてうまくいったら、君のギャラも多少アップしてやろう」


「へへ、ありがとうございやす。さすが、アダムスの旦那だ。話がおわかりになる」


 どさくさに紛れてさらなる報酬までまんまと手に入れたアルフレッドは、満足げな笑みを浮かべて両の手を擦り合わせた。


「ただし、これで取り返せませんでした…ではすまされないことは、もちろんわかっているだろうな?」


 そんなアルフレッドに、アダムスは再び鋭い眼差しに戻って念を押す。


「え、ええ。それはもう重々に……きっと満足のいく結果を出してみせますんで大船に乗ったつもりでいてくださいな」


「ま、一応、こちらでも部下達に捜索はさせているがな……君をプロとして信頼することにしよう」



「そいつあ、ありがたきお言葉。絶対、後悔はさせませんよ……んで、ちょっとお尋ねしたいんすが、その押し入ったっていう騎士の格好をした賊について、旦那はなんか心当たりないっすかね?」


 内心、冷や冷やしながらもなんとか話を取りまとめたアルフレッドは、ついでに先程説明した犯人達について、アダムスに訊いてみることにした。


「……いや。思い当たらんな。職業柄、怨まれることも多いが、さすがに甲冑を着た騎士などを敵に回した憶えはない。そもそも、そういった輩が実際に存在すること自体、いまだに信じられん。博物館を襲ったのは本当にそんな時代錯誤甚だしい奴らだったのか?」


「もう何度も言いますが本当に本当ですって! 俺は詐欺師っすよ? 嘘吐くならもっとマシな嘘吐きますよ。正直、自分でも嘘臭いと思いますがね、でも、この目でしっかりと見たんだから間違いありやせんよ。犯人は確かに騎士でした!」


 しばし考えた後、疑りの目を向けて逆に訊き返すアダムスに、自分の大きく見開いたまなこを指し示しながらアルフレッドは答える。


「騎士なあ……しかも、自分達のことを〝円卓の騎士団〟だと名乗っていたと」


「ええ。自称ランスロット卿やガウェイン卿もいます」


「う~む……ならば、狂信的なアーサリアンのサークルか何かが、アーサー王の宝欲しさに強盗を働いたというところか? そのために殺人まで犯すというのはちょっと常軌を逸しているし、信じ難いことではあるが……」


「ええ。俺もその線が一番妥当じゃないかと思います。きっとカルト教団みたいな連中なんっすよ」


 アダムスの考えに、アルフレッドもわかったような口ぶりで頷く。


「まあ、そんなヤツらが欲しがったとなれば、確かに君の言う通り、いい宣伝にはなってくれるだろうがな……いずれにしろ、先ずは物を取り返してからだ。今夜はここに泊っていくがいい。君も寝床を失って大変だろうからな。さすがに夜までは警察も訪ねて来ないだろう」


「ああ、ありがとうございやす。助かりますぜ。生活用品は全部、博物館に置いて来ちまいましたからね」


「なに。こちらも君が警察の厄介になると少々困るからな。さて、そろそろ晩飯の時刻だ。この計画の成功を祈って一緒に晩餐会といこう」


 こうしてアルフレッドは、この夜、アダムスの邸宅に泊まることとなったのだった――。

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