Ⅸ 冒険ごっこ(7)
「そんなことよりもベディヴィエール卿。この次はどんな冒険をするのだ?」
そこへ、彼の心の内を理解しているはずもないが、彼女も皆の話題にそれほど興味を抱かなかったのか、今度は淡々とした調子でモルドレッド卿が訊いてくる。
「ん? ああ、そういえば、そのことをまだ話していなかったな……」
彼女に答えると、ベドウィル…否、ベディヴィエール卿は、手元の机の上に置いてあった古めかしい茶革の手帳を手に取り、その分厚い表紙を閉じている金具を外して、中程のページを開く。
「〝マーリンの予言書〟にはなんと?」
「うむ……これまでは全員一緒に冒険を行って来たが、こうして12人の円卓の騎士が揃い、本格的な活動を始めたことだし、我らの念願であったエクスカリバーも取り返した。そろそろ幾つかのパーティに分かれて、それぞれに冒険をしても良い頃のようだ」
続くガウェイン卿の質問を受け、ベディヴィエール卿は本に目を落としながら語る。
「そう。かつてガウェイン卿、トー卿、ペリノア王の円卓の騎士3人が、アーサー王の婚儀の席でマーリンの見せた幻影――白鹿を追う猟犬・その猟犬を連れ去る騎士・その騎士を追う乙女の謎をそれぞれに探求した冒険のように。または、騎士に冒険を与える60歳、30歳、15歳の3人の女性をそれぞれ連れ添っての、ユーウェイン卿、マロース卿、ガウェイン卿の旅のように、各人が自分に与えられた探求を各々に完遂するのだ」
「ふーん……そいつあ、おもしろそうじゃねえか」
「私はなんだか不安ですねえ……」
ベディヴィエール卿の言葉に、ラモラック卿は誕生日プレゼントに胸躍らせる子供のような笑みを浮かべ、一方、ユーウェイン卿は心配そうに眼鏡の奥で眉をひそめる。
「なに、分かれて冒険するとはいっても、これが真に初めてではない。これまでにもカナーヴォン、フォルカーク、エクセターのキャッシュ・ポイントから我らが活動するための税を徴収した時には、幾つかのパーティに分かれて行動した。今回行う冒険も似たようなものだ。それにな、ユーウェイン卿。勇気を持ってその不安に打ち勝ち、危険な冒険を達成してこその騎士というものだ」
「はい……そうですね。確かにその通りです。臆病風に吹かれるなど、騎士道に反する行いでした」
ベディヴィエール卿に諭されたユーウェイン卿は、ひどく反省した様子で居住いを正して己の未熟さを謝る。
「それで、その冒険とはいかなるもので、誰が何をすれば良いのですか?」
すると、今度はその傍らで、冒険を待ち望んでいるという目をしたパロミデス卿が訊く。
「うむ……ここにその行うべき冒険の内容と各冒険を行う騎士の人数が記されているが、誰と誰がどの冒険をするのか、その具体的な者の名は記されていない……そこで、それについては私がマーリンの代理人として、まことに勝手ながら決めさせてもらいたいと思うのだが、どうかな?」
「ええ。その辺はアーサー王宮廷の〝酌人〟たる貴方にお任せします」
答える代わりにベディヴィエール卿が皆へ了承を求めると、ランスロット卿は考える間もなくそう返し、他の者達もそれに続いてそれぞれに頷く。
「では、冒険の内容を述べるとしよう……まず一つ目は、ダラム州の〝アーサーの丘〟だ。この土盛の中には宝が埋められており、それをアーサー王の騎士達の亡霊が守っていると伝えられている。その宝を手に入れることがこの冒険の目的だ。土盛を掘るとなると三人は必要であろうが……ガラハッド卿、ボールス卿、パーシヴァル卿。貴殿ら聖杯探究の三人組に任せよう」
「僕達ですか?」
確認するように黒ジャケットの若者が聞き返す。
「そうだ。ダラムはプリンス・ビショップが治めた宗教の町であり、その聖職者の居城・ダラム城も残っている。どこか聖杯の城へ向かう聖杯の探求の冒険を彷彿とさせるではないか? それに現在、そのダラム城の一部が学生の宿舎となっているダラム大学の町でもある。学生であった貴殿らにはお似合いというものだ」
「確かに……僕達にぴったりの冒険かもですね」
「ええ。町にはダラム大聖堂もありますし、まさに私達のためにあるような冒険です」
「聖杯探求に似た宝探しなんて、すごくおもしろそうっす!」
濃茶の革の手帳から目を上げて言うベディヴィエール卿に、黒ジャケット、牧師の黒服、格子模様のセーターの若者3人は目を輝かせて口々に呟いた。
「二つ目はウェールズの北西端。アングルシー州のアングルシー河畔にある〝アーサーの洞窟〟だ。ここはアイルランド軍との戦闘の際にアーサー王が避難した場所とされ、かつて、そこに立っていた環状列石の真ん中に王の財宝が隠され、魔法の生き物達が守っていたとも伝えられる……その財宝を探すのが二つ目の冒険だ。これにも三人が必要だが……これはロッド王の息子三人組ということで、ガウェイン卿、モルドレッド卿、ガヘリス卿に行ってもらおう」
「イエッサー! 二人のお守りは任せてください」
二つ目の冒険の指名に、ガウェイン卿は軍隊式の敬礼を返してから、2人の少女の方をちらりと見て言う。
「子供扱いはやめろ。そのくらいのこと、わたし一人でも十分だ。むしろ自分一人で冒険がしたい」
「まあ、よろしいじゃないですか、モルドレッドお兄さま。わたくしはお二人のお兄さまと一緒に冒険ができるなんて大満足ですわ」
その扱いにモルドレッド卿はいつもの醒めた態度で不平を口にし、されにそれを無邪気にはしゃぐガヘリス卿がなだめる。
「では決まりだな。次に三つ目は、ハートフォードシャー州ドーストンにある〝アーサーの石〟だ。一説に、この石からアーサー王が〝石に突き刺さった剣〟を引き抜いたとも云われているが、この石の下にアーサー王、あるいはアーサー王によって屠られた王が埋葬されているという言い伝えもある。そこを掘って、埋められているものがなんであるかを確かめるのだ。これにも三人一組で行ってもらうが……ユーウェイン卿、パラミデス卿、ラモラック卿、これは貴殿ら3人の冒険だ。まあ、この3人にした理由は特にないがな」
「え……ないんですか?」
「なんだ、宝探しじゃねえのかよ? 俺は宝探しの方がいいな」
「遺体の発掘とはなんだか薄気味悪いですが……精一杯、がんばります」
別段、前世の因縁、現世での共通点ともにないパラミデス卿、ラモラック卿、ユーウェイン卿の3人は、逆らうつもりはないながらも、ベディヴィエール卿の指示にそれぞれ不服そうな感想を漏らす。
「四つ目は、スコットランドのストゥにあるウェデイル聖マリア教会から〝アーサーの旗印〟――即ち、ネンニウスによれば、グイニオンの戦いの際にアーサー王が身に付けていた聖母マリア像の描かれた布の切れ端を持って来ることだ。これは発掘を伴わないので一人による冒険とし、ランスロット卿、貴殿にこの栄誉を与える。『荷馬車の騎士』で、メレアガンス卿に攫われたグウィネヴィア妃を助けた時のように、カルボネックのペレス王の娘エレインを煮えたぎる熱湯の風呂から救出した時のように、また、シャルロットの姫君エレインを父親が閉じ込めていた塔より解き放った時のように、聖母マリアをその手で救い出すのだ」
「はっ! サー・ランスロットの名に恥じぬよう、その務め、しかと果たしてみせます」
ランスロット卿は背筋を伸ばすと、古の騎士のような立ち居振る舞いで、その名誉ある使命を謹んで拝領した。
「そして、五つ目はペンザンスの東、マラザイアン沖の〝セント・マイケルズ・マウント〟だ。フランスの〝モン・サン・ミシェル〟でアーサー王が巨人を退治した伝説にちなみ、モン・サン・ミシェルとは姉妹修道院の関係にあって外観もそっくりなこの島において、最上階の部屋に我らの円卓の旗を掲げ、我々円卓の騎士団の正義を示して来てもらおう。そもそも、この島には後に円卓の騎士となるジャック少年の巨人退治なる話が伝わっており、もしかしたら巨人退治の伝説の元はこちらなのかもしれないし、また、ここはアヴァロンの候補地の一つでもある。この冒険は最後に残ったトリスタン卿、貴殿に託す。貴殿はペンザンスの出身でもあるし、伝説ではトリスタン卿もこの島に逃げ込んだことがあるという話だからな」
「ああ、任しときな。そこには何度か行ったことあるし、あそこら辺は俺にとっちゃあ庭のようなもんだ」
トリスタン卿は、懐かしい故郷近くの名所の名に胸を張って大きく頷く。
「さて、これで各人、自分の行う冒険が何かわかったことと思う。期限は一週間。一週間後の正午にそれぞれ冒険の結果を持って、キャメロットの有力候補地の一つ、サマセット州のサウスキャドベリー丘にて再び相見えるとしよう」
「そういえばベディヴィエール卿。今の中にあなたの名はありませんでしたが、あなたは今回、冒険をなさらないのですか?」
それぞれの冒険を発表し終え、話を締めくくろうとしたベディヴィエール卿に、そのことにふと気付いたランスロット卿がなんとはなしに尋ねてみる。
「ん、私か? 無論、私自身にも皆と同じように冒険が用意されている。円卓の騎士の中では最も古くから伝説に登場する、このベディヴィエールに相応しい冒険をな」
その何気にされた質問にベディヴィエール卿は茶革の手帳をパタンと閉じると、不敵な笑みを愉快そうにその口元に浮かべて答えた――。
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