Ⅶ 円卓騎士の鉄槌(2)
……しかし、その夜遅く、日付も変わった頃のことである。
「――うい~…ちょっと飲み過ぎちまったかな?」
夕食にワインを、さらにその後、アダムスと談笑しながらスコッチを強かに飲んだアルフレッドは、真夜中も2時を回った頃、不意の尿意に襲われて寝床から這いずり出した。
室内にはバスルームがなかったため、アルフレッドは重い頭をフルフルと振りながら充てがわれた二階のゲストルームを出ると、薄暗い夜間照明だけが灯る廊下を建物の隅に位置するトイレまで進む。そして、的が定まらないながらもなんとか用を足し、おぼつかぬ足取りでトイレから出ようとしたのだったのだが……。
……ダラララララッ…!
「うあぁぁぁーっ!」
遠くから聞こえて来た突然の銃声と悲鳴に、彼は一瞬にして酔いから醒めることとなったのである。
「な、なんだ⁉」
不吉な未来を予感させるその騒音に、アルフレッドはドアノブを握ったままその場で立ち尽くす……すると、その直後にドカドカと階段を駆け上ってくる大勢の足音が彼の耳に伝わってきた。
その音を聞くや、アルフレッドは咄嗟に開きかけたドアを引き、ほんの少しだけ開いた隙間から外の様子を覗う。その反応が功を奏したか、間髪置かずにトイレのすぐ脇にある階段から、幾人もの侵入者が彼の目の前に姿を現した。
「な…!」
その者達の出で立ちを見た瞬間、アルフレッドのアルコールで充血した目は大きく見開かれ、同じく開けた口もそのままに硬直してしまう……なぜならば、その侵入者達は中世の甲冑と盾に銃火器で武装した、昨夜見た記憶も新しい、あの、自称〝円卓の騎士〟達だったからである!
「アダムスはどこだ⁉」
「下にいた者は全員始末しましたが、その中には見当たりませんでした!」
「おそらく二階の寝室だろう。探せ! やつは一人身だ。後はやつ一人しか残っておらん!」
アルフレッドがトイレで見守る中、騎士達はそんな会話を大声で交わし、大きな足音も気にせずに廊下を忙しなく歩き回っている。
理由はわからぬが、どうやら彼らはアダムスのことを探しているらしく、鍵のかかった部屋という部屋のドアを剣や銃で壊しては中を調べているその姿が、アルフレッドの驚愕と恐怖の色を浮かべる瞳の上を何度となく横切っていた。
先程聞こえた銃声と悲鳴は、おそらく階下で使用人かアダムスのボディーガードが殺られた時のものであろう。
「おい! いたぞ! こっちだ!」
「な、なんだ、貴様らは⁉」
さらにしばらく様子を覗っていると、そんな言い争う声が少し離れた場所から聞こえてくる。手分けしてアダムスの寝室の方を調べに行っていた者達が、とうとう彼を発見してしまったに違いない。
「よし!今からそっちに行く! まだ殺すなよ!」
狭いアルフレッドの視界内で、騎士の一人がアダムスの寝室の方へ向うと、他の騎士達もその後について早足にこの場を離れて行く。
「……な、なんで奴らがここに……アーサー王のお宝だけが目当てじゃなかったのか?」
騎士達の足音が遠退き、周囲に静寂が戻ると、アルフレッドはそう小声で呟いてトイレのドアを開けた。
今のところ誰一人彼の存在には気付いていないようだし、ここはもう少し賊どもの動向を探ってやろうと思ったのだ。
廊下のそこここに置かれている白い石膏で複製された世界的に著名な彫像の台の陰に隠れながら、アルフレッドは息を殺して騎士達の向った先へと近付いて行く。
幸い騎士達は自分達の仕事に集中していたために、それほど危険を感じることなく、彼らのすぐ近くまで接近することができた。
近付くにつれ、彼らとアダムスの会話が段々と聞こえるようになってくる……。
「――そうか、博物館を襲ったのは貴様らか! いったいなんの用だ⁉ もう私はアーサー王に関わる品は何一つ持っておらんぞ!」
3ヤード(約2・7メートル)程行った先の、ドアの開け放たれた部屋の中からアダムスの荒げた声が聞こえてくる。廊下に人影はなく、騎士達は全員、アダムスの寝室内に入っているようだ。
「フン…そんなことはわかっている……ディビット・アダムス、今夜は貴様自身に用があって来たのだ」
部屋の中では、先程、廊下で指示を出していた者と同じ男の声が、くぐもった調子でアダムスに答える。
「私に用があるだと? ……私はお前らのようなイカれた連中のことなど知らん!」
「そうかな? では………これならどうだ?」
騎士の声が再び答えて僅かの後、深夜の静寂の中、アダムスが息を飲むのがわかった。
「お、お前は、ベドウィル……」
「我らが王を薄汚い金儲けに利用しようとした罪、地獄の底で思い知るがいい!」
「うぐぁあああぁーっ…!」
次の瞬間、鋭利な刃物が肉を切り裂き、何かの液体が壁に飛び散るような薄気味悪い音とともに、凄まじいアダムスの悲鳴が館の中に木霊した。
「ひっ…!」
アルフレッドのいる位置からでは中の様子を覗い知れないが、そのおぞましい音を聞くだけでも、中で何が起こったのか、ありありと脳裏に思い浮かべることができた………アダムスは、騎士の剣によって斬り殺されたのだ。
「正義の裁きは下された。早々に引き上げるぞ!」
しかし、その事実にショックを受けているような時間を騎士達は与えてくれない。アダムスを斬ったであろうその人物が撤収の指示を出すと、ガチャガチャと鎧のぶつかり合う音を立てながら、騎士達が全員、廊下に出て来たのである。
アルフレッドはいっそう闇の濃くなっている台の影に飛び込むように隠れ、殺人鬼達に見付らぬよう、息を殺して神に祈る。もし見付ったならば、間違いなく自分もアダムスの後を追うこととなるであろう。
だが、日頃、素行の悪い彼の祈りでもちゃんと神に届いたのか? 早鐘のように脈打つ心臓を抑え、頭上に立つ彫像と同じように青白い顔で固まっていると、騎士達はアルフレッドにまるで気付くことなく、彼の目と鼻の先の廊下を足早に去って行った。
「…………フゥ…」
賊の気配が完全になくなってから、アルフレッドは止めていた息を大きく吐き出す。
が、一難去ってまた一難、静けさを取り戻した深夜の大邸宅内で、窓の外に耳を傾ければ、今度は車のエンジン音がこちらへ向かって近付いて来ている。恐らくは警備システムが発報し、警備会社が人を寄こしたのだろう。
「なんてこった……」
アルフレッドは彫像の台にすがり付くようにして立ち上がると、今しがた惨劇が行われたアダムスの部屋の方に視線を向ける。
賊があっさりと引き上げて行ったところを見ると、アダムスはすでに事切れていることと思う……この分では下にいた使用人やボディーガード達も皆殺しになっているだろう。
「昨日に引き続き今日もかよぉ……アダムスの旦那、迷わずゆっくり眠ってください。ハンコック博士ともども仇は取ってやりますから……ま、できたらですけど」
アルフレッドはアダムスの様子を見に行こうとも思ったが、そのように悠長なことをしている時間などないと悟り、あっさりとやめにした。
今から行ったところでどうすることもできないし、警備会社の車だけでなく、近隣住民が銃声を聞きつけて通報でもしたのか、パトカーのサイレン音まで聞こえて来ているのだ。
「まったく。俺、運悪過ぎだろう……」
そんな愚痴を零しながら、アルフレッドは逃げ道を探して、慌しくその場から駆け出した――。
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