ⅩⅥ 林檎の木の島へ(2)

「――いやあ、さすがに人多いですねえ」


 そんな、多様な人々の〝聖地〟グラストンベリーの街を行き交う人々を眺めながら、ボールス卿が弾んだ声で言った。


「今日は日曜だし、野外ライブも夕方までやっているようだからな。まあ、そのおかげで我らも警察の目を欺けるという訳だ」


 同じく人々の動きを観察するように目で追いつつ、ベディヴィエール卿が答える。


 そうして通りの脇にたむろする彼らも、全員、反体制的な文句を書いたTシャツに穴空きのジーンズといった、野外フェスに来た客を思わせるラフな格好をしている。


 ティンタジェルの一件以来、各地のアーサー王所縁の地では警察の警備が厳しくなっており、このいつもと違う出で立ちもその対応策としての変装なのだ。


 しかも、あの〝エレックとエニード〟の二人には面が割れているし、もうすでに人相書も手配されていることだろう。


 そこで、サングラスをかけたり、髪型を変えたり、バンダナを巻いたり、さらには若干のメイクを施したりして、いっそう雰囲気が異なるようにそれぞれ努力していたりもする。


「だが、久々に〝こういうとこ〟来ると、なんかムズムズとしてくんなあ……」


 そんな街の片隅に溶け込んだ一団の中で、何やらそわそわとした様子のトリスタン卿が呟いた。


 普段は自身がミュージシャンぽい格好をしている彼も、今日は聴衆側に立ったファッションである。


「なあ、まだ夜までには時間あるし、ちょっとライブ見に行ってきてもいいか?」


 トリスタン卿は居ても立ってもいられないといった様子でベディヴィエール卿に尋ねる。


「ん? そうだな……まあ、冒険を始めるのは日が落ちてからだし、それまでだったら別に構わんが……ただし、警察の目に留らぬよう、くれぐれも注意するのだぞ?」


 ミュージシャン魂を擽られたらしいトリスタン卿の頼みに、ベディヴィエール卿は特に問題はないと判断すると、素っ気なく許可を下す。


「あ、それなら僕も一緒に行っていいですか?」


「ああ、俺も行きたいっす!」


 すると、ボールス卿とパーシヴァル卿の若者二人も便乗して手を上げる。


「おお。勿論ノープロブレムだぜ。他にも行きたい奴がいたら一緒に盛り上がるとしようぜ」


「ええ。盛り上がりましょう! ねえ、ガラハッド卿、君も行くだろ?」


「そうっすよ! 三人で行くっす!」


「いや、私はロックとか全然聞かないから……」


 トリスタン卿の快い返事を聞いて俄かに活気づく二人だったが、ガラハッド卿はあまり気乗りのしないという顔で彼らに返す。


「え~乗り悪いっすよ? ガラハッド卿」


「そうだよ。行けばきっと楽しいと思うよ? ね、一緒に行こうって」


「いや、だから、私はそう言うの苦手で…」


 珍しく、そんな年相応に若々しい声ではしゃぐ三人の傍で、今度はモルドレッド卿がベディヴィエール卿に詰め寄って許可を求める。


「なら、わたしもちょっと出てきていいか? 独りで街を見て歩きたいんでな」


 いつもパンクな格好をしている彼女は今日も普段とあまり変わり映えはしないが、それでも髪型とメイクを変えることで変装に努めている。


「そうか……うむ。よいが、そなたも目立たぬよう気をつけろよ」


 モルドレッド卿の要望にもベディヴィエール卿は異存なく認可を与えるが、その時、彼は僅かばかりの間、彼女の凍てつく氷のような冷淡な顔を憐れみの眼差しをもって見つめた。


 あまり表には出さないが、騎士団の中でも一番仲の良かったというか、妹のように懐いていたガヘリス卿を失い、きっとこの常に強がって生きている少女も、心の奥深くでは相当に参っているのだろうと、柄にもなく同情の念を抱いたからである。


「では、夕方までは基本的に自由時間としよう。18時になったら車の所へ集合だ。トリスタン卿達と野外フェスティバルに行っていてもいいし、他に行きたい場所があればそれでもいい。私は僧院跡アビーを見に行くつもりなので、特に希望のない者はついて来るがいい」


 だが、そんな感情を悟られまいとするかのように、ベディヴィエール卿は騎士達を見回してそう告げる。


「俺も野外フェスの方かな? カワイイ女の子もいそうだし」


「あ、私も! 実はこう見えて、オルタナティブ・ロックとか結構、好きなんですよ」


 ベディヴィエール卿の提案に答え、ラモラック卿とユーウェイン卿の二人も野外フェス側に手を上げる。


「それじゃ、俺はベディヴィエール卿に同行させていただきます」


「俺もそうします」


「私もアビーの方へ行きたいです」


「え~! ガラハッド卿もフェス一緒に行くんじゃないんすかあ?」


「だから、さっきから行かないって言ってるだろ? っていうか、君らも聖杯の騎士ならアビーを見に行きたまえよ」


 ガウェイン卿、パロミデス卿、ガラハッド卿の方はアビー見学の方を選び、なおもガラハッド卿を誘おうとするパーシヴァル卿は不平の声を洩らす。


「あ、あのう、それじゃ俺も独りで自由行動を…」


「いや、陛下には是非とも我らとともに来ていただきますぞ?」


 そうしたその場の流れに乗り、アルフレットもどさくさに紛れて単独行動を取ろうとするが、言い終らぬ内にベディヴィエール卿がその口を塞ぐ。


「やっぱり……ですよねぇ……」


「んん、何かご不満でも? アーサー王ヘ・イ・カ?」


「い、いや、別に…何も……よ、良きに計らへ。ハハ、ハハハ…」


 慇懃な言葉使いの割には鋭い威圧を込めた灰色の瞳で睨まれ、アルフレッドは冷や汗とともに苦笑いを浮かべて誤魔化す。


 昨日、迂闊にも刃神達と連絡を取っている現場を押さえられてしまったアルフレッドであるが、彼は反逆者として処刑される代りに、ある取り決めをベディヴィエール卿と交わすこととなった。


 それは、あの電話の話をすべて聞かれ、スマホを奪われた後でのこと――。




「――ええっ! 交換条件っすか?」


「ああ、そうだ。これから私が言うことに従ってくれれば、貴様の命は奪わずにおいてやろう。そればかりか、報酬もくれてやる」


 最早、言い逃れはできまいと悟り、今にも泣き出しそうな情けない顔であることないこと洗い浚いすべてを白状し、さらには自分はベイリン卿と妖妃モルガンの二人に脅されて、嫌々ながら仕方なくその手伝いをさせられていた非力で哀れな小羊であり、悪いのはすべてあの血も涙もない極悪非道な二人なのだなどと、あることないこと作り話も付け加えて必死に騎士の慈悲を乞うていたアルフレッドは、予想外にもすんなり赦しを与えてくれるベディヴィエール卿に目をパチクリとさせた。


「も、もちのろんです! 見逃してくださるんなら、一も二もなくなんでもさせていただきますよ! あ、でも、報酬もありがたく頂戴いたしますけどね」


 相手の手に握られている拳銃の絶大な効果もあり、アルフレッドはその条件にすぐさま飛びつく。


「フン。では、契約成立だな。よいか? よく聞いておれよ? 貴様に頼みたいのはこういうことだ。貴様はこれからも皆の前でアーサー王を演じ続けるのだ。なに、それほど長いことではない。我らは明日、貴様を連れてグラストンベリーに行く。そこのトールと呼ばれる丘で、貴様は再びアヴァロンへと旅立つのだ!」


 小者を侮蔑するような目でアルフレッドを見つめ、ベディヴィエール卿が出した条件はこういうことだった。


 明日の深夜、アーサー王が最後の戦いの後に運ばれた〝アヴァロン〟の地とされるグラストンベリー・トールにおいて、アーサー王の生まれ変わりだと騎士達が信じるアルフレッドに、皆の前から忽然と姿を消す芝居を打ってほしいというのだ。まるで、この現世に蘇ったアーサーが、再びこの世のどこでもないアヴァロンの島へと帰って行ったかのように……。


 なぜ、そんなことをしなければならいのか? と、その理由を尋ねても答えてはくれなかったが、後からアルフレッドが徒然考えるに、たぶん、自分ではすぐに王としての信頼を失い、早晩、偽者のアーサー王であることがバレるとベディヴィエール卿も思ったのではないだろうか?


 それは、他でもないアルフレッド自身、誰よりもそう思う。


 ならば、すぐにこいつは偽者だ、しかも敵の間者だと殺してしまえばいいようなものだが(いや、アルフレッドとしては全然よくないんだが…)、そうもいかない事情があちらさんにもあるらしい。


 潜入してからこれまで騎士達を見ているに、彼らは自分達同様、アーサー王の生まれ変わりも早くこの現世に現れることを心より希求している。


 また、いつまで経ってもその王が現れぬことに、どうやら強い不満を抱いていたようなのだ。そこへもって来て、ランスロット卿の裏切りやガヘリス卿の死もあり、バラバラになりかけている円卓の騎士達の心を再統一するのに、このベディヴィエール卿―ベドウィル・トゥルブという男は自分を利用しようと考えているのだろう。


 そうして自分がいいように利用されるとわかっていても、現在、とても断れるような立場にはないので、アルフレッドは無条件にその条件を飲んだ。


 いや、それどころか、これがうまくいけば後で報酬もくれるというのだから断る理由は別にない。


 それに加えて、その計画では威厳と真実味を持たせるためにエクスカリバーや王冠などのレガリアを身に着けさせてもくれるそうだから、もしかしたら奪って逃げる好機チャンスもあるかもしれない。


「任せて下さい! 人を騙すのは俺のオハコっすからね。この長年培ってきたハリウッドも顔負けの演技力で、皆さんを悲しみと感動の涙に咽び泣かせてやりまさあ!」


 アルフレッドは顔色を明るくし、嬉々としてベディヴィエール卿に胸を張って見せる。


「う、うむ……では、頼んだぞ。だが、もし少しでも変な動きを見せたら、容赦なくその場でこの拳銃が火を噴くことを忘れるなよ?」


 なぜだか異様にやる気を見せるアルフレッドに少々ひきながら、ベディヴィエール卿は最後にそう付け加えた――。




「――で、では、ベディヴィエール卿、予をアビーへ案内せよ」


 そうした訳で、今でもこうしてアルフレッドはアーサー王として新生円卓の騎士団と行動をともにしている。


 ただし、スマホも奪われ、常にベドウィルの監視の目もあるので、刃神達とは一切連絡の取れない状態である。


「ハッ。それでは参りましょう。皆、刻限に遅れるなよ? それから何度もいうが、くれぐれも警察の目には気をつけるように」


 そんなアルフレッドの芝居に合わせて、ベディヴィエール卿も恭しく傅き、別行動を取る騎士達へもう一度、注意事項を念押しする。


 そして一行は、その夜の冒険の時が来るまで、それぞれの時間を楽しむために各々の望む場所へと散って行った……。

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