Ⅹ 探求者達の旧所名跡ツアー(2)

「ところで、行先はあんた任せでここまで来たけど、こことアーサー王ってどう関係してるわけ?」


 観光客が近付ける最大の距離―即ち、遺跡の周辺を囲うロープの所まで来た時、マリアンヌが再び口を開く。


 そう……刃神とマリアンヌがこのストーンヘンジを訪れた理由はまさにそこにあるのだ。


 二人は何も物見遊山のためにわざわざソールズベリー平原まで来ているのではない。自分達の得物を横取りしたあの騎士団の手掛かりを探すべく、彼らはアーサー王と関わりの深い場所を巡っているのである。


「んん? ああ、そいつはだな、ジェフリー・オブ・モンマスの『ブリタニア列王記』なんかによれば、アーサー王の親父ウーゼル・ペンドラゴンの兄で、やっぱブリテンの王だったアウレリアス・アンブロシウスが、戦で死んだブリトン人のために記念碑を作るようマーリンに頼み、マーリンが魔法でアイルランドからソールズベリー平原にこの〝巨人の指輪〟を運んで並べ直したってことになってる」


 刃神はマリアンヌと並んでロープの周りを時計回りに歩きつつ、何か新生円卓の騎士団に繋がるようなことはないかと、巨石の輪を注意深く観察しながら解説する。


「ああ、さっき言ってた〝巨人の指輪〟ってそのことね」


「そうだ。魔法じゃなく、より現実的に高度な工業技術を駆使してマーリンが建てたっていう説もあったな。もちろん、実際にはさっき言った通り、アーサー王の時代なんかよる遥か以前に造られたもんなんだけどな」


「ふーん、そうなんだ。そんな伝説がストーンヘンジにはあったのね……ま、さすがに魔法使いがアイルランドから運んで来たなんていうのは、そうでなくても眉唾物だけど」


「まあな。だが、この突っ立ってる巨石の中でも〝ブルーストーン〟と呼ばれる輝緑岩ドレライトについては、約250km離れたウェールズのプレセリの丘ってとこから運ばれたっていう説もある。それも、ある時期のストーンヘンジの建設にウェールズから来た人間が関与していたことは明らかなようだし、石の加工の精巧さから、それ以前にどこかで造られたものを移設した可能性もあるようだ。しかも、これは偶然だろうが、そのプリセリの丘には〝アーサーの寝床〟って名の付けられた同じような巨石のサークルがあるときたもんだ。もしかすると、そうした事実がこの伝説を生む下地になっているのかもしれねえ」


「へえ~…じゃ、なんの根拠もない話って訳でもないんだ。つまり、そのウェールズ人が石を運んだマーリンのモデルかもしれないってことね。それはおもしろいわね」


「マーリン……魔術師にして予言者、ウーゼル・ペンドラゴン、アーサー王親子の顧問でもあったジジイか……」


 ストーンヘンジとアーサー王伝説の関係に感心するマリアンヌの隣で、刃神はどこか考え深げにぽつりと呟く。


「…? ……どうかしたの?」


「ああ、いやなに、あのイカれた騎士野郎どもにも、裏にマーリン役のやつがいるのかと、ふと思ってな」


 怪訝な顔で尋ねるマリアンヌに、刃神はブルーストーンの石柱を眺めながら答える。


「つまり、マーリンみたく、あいつらにアドバイスしてるやつがいるってこと?」


「いや。っていうより、影で糸引いてるような人物だ。あのクソジジイも、そんなマーリン同様の野郎だったからな。どっちも魔術師な上に、自分は影に隠れて、物知り顔に人を裏から操るところなんざそっくりだぜ……って、また胸クソ悪りぃこと思い出しちまったじゃねえか!」


「あんたが勝手に思い出したんじゃない……」


 本題から離れて自爆し、苦虫を噛み潰したような表情を作る刃神を、マリアンヌは醒めた目で見つめる。


「どうもいけねえな。なぜか今日はあの野郎のことばかり頭に浮かびやがる……さっ、んなことよりもヤツラの手掛かりだ。どうやら、まだ何もやらかしてはいねえようだし、ドルイド教のヤツらも関係なさそうだ。もうここに長居は無用だぜ」


 脳裏に映る白髭の老人の顔を無理やり追い出すかのように、刃神はそう言うと、突然、踵を返して歩き出す。


「あっ、また急に…もう、ちょっと待ってったら! ……ねえ、やっぱり闇雲にアーサー王伝説の場所見て回るってのは無理があったんじゃない?」


 置いてけぼりを食らったマリアンヌは慌ててその後を追うと、マーリンの話題は放り出して、そんな質問を投げかける。


 今、ぐるっと一周、ストーンヘンジの周りを歩いて観察してみたが、あの円卓の騎士団と関わりのありそうなものはおろか、何一つ変わったようなところは見当たらなかった。


 今日は英国には珍しく天気も良く、時折、まばらな観光客の間を春風が吹き抜けるソールズベリー平原は、大変、長閑で平和そのものである。マリアンヌが言うまでもなく、この方法論には少々難があったのかもしれない。


「そうだな……確かになんの見当もなしに調べて回るってのは不毛かもしれねえな……となりゃ、やっぱ頼みの綱はベドウィル・トゥルブの線か……」


 マリアンヌのそこはかとない疑問には、となりを足早に歩く刃神も険悪な顔に溜息混じりの虚脱感を現す。


「そうね……その元トゥルブ家当主さんの行方を捜す方がまだ現実的な気がするわ」


「しかし、あの詐欺師に任せといてほんとに大丈夫か? あの軽いノリじゃあ、真面目に仕事しそうにねえし、第一ヤツはそもそもが詐欺師だ。いつ俺達のことを出し抜こうとするかもわからねえ」


「その点は大丈夫なんじゃない? ムシュー・ターナーも大金が絡んでるとなれば気合入れるだろうし、あたし達の協力なしじゃ、あの軍隊並に武装した騎士団相手にするのも無理でしょうからね。それに、もし出し抜こうなんてバカな真似しても、あたしはそう簡単に騙されたりはしないわ。まあ、鈍感などっかの誰かさんはどうか知らないけど」


「ケッ。俺もあんなサンピンの三文芝居になんざ騙されりゃしねえよ。もしも何か妙な真似しやがったら、その瞬間に胴と首を斬り離してやらあ……無論、てめえもな」


 マリアンヌの挑発的な台詞を聞くと、刃神はそう言って肩に担いだ大剣の柄を彼女に見せつけるようにして強く握りしめる。


「ええ。あたしもその時は、この鉛の弾を遠慮なくプレゼントしてあげるわ……勿論、あなたにもね」


 その言葉に対してマリアンヌも、オーバーコートの両ポケットに忍ばせた二丁の愛用拳銃へと手を伸ばし、可愛らしい顔に不敵な笑みを浮かべる。


「フン。そいつは嬉しい限りだぜ……さてと、こんなとこで、んな〝冗談〟言い合ってても時間の無駄だ。他に手掛りがねえ以上、こっちはこっちで地道にこの線を追うしかねえからな。まだ動いてねえだけで、ここでも何か仕掛けるつもりではいるのかもしれねえし、近くにヤツらのアジトがある可能性だってなくはねえ」


「そうね……ま、運良く何かに出くわすってこともあるし、今は詐欺師さんの活躍に期待して、あたし達もできだけのことをするだけか……じゃ、次はこの周辺の建物でも調べてみましょう」


 そうして、冗談とも本気ともつかぬ危険な会話を二人は交わしながら、もと来た道を駐車場の方へと帰って行った――。

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