ⅩⅢ ティンタジェルへの船旅(1)

「――おい! そりゃ本当かっ⁉」


 新生円卓の騎士団がウィンチェスターの牧場に終結した日の翌日午前10時頃、スウィンドンにあるリディントン城――バドベリー・キャンプの丘を見上げながら、刃神はマリアンヌから奪ったスマホを片手に大声を上げていた。


「ちょっと、あたしが話してたのよ! ってか、また他人のスマホ勝手に使って!」


 今日も話途中にスマホを奪われたマリアンヌは、刃神を睨みつけて金切声を上げる。


 そんな二人の眼前に聳える丘城ヒルフォートの頂上部分には〝KEEP OUT〟のテープが張り巡らされ、野次馬達から現場を守るために立つ見張りの警官や地元警察の刑事、それにスコットランドヤードとM15から派遣された捜査員の動き回る姿が小さく見えている。


 この丘からは準ローマ時代の住居跡もわずかに発見されているが、彼らは何もその遺跡の調査をしている訳ではない。今はすでに取り除かれているが、昨日の早朝、散歩に来た近所の住民が、そこに悠然と翻る12本の〝円卓の旗〟を見付けたらしいのだ。


 また、その前日の夜にはスウィンドンの街にあった外資系の自動車販売店が何者かによって焼き打ちされており、標的が外資系企業であるということと、さも人を嘲るように立てられたその〝円卓の旗〟から、警察は一連のテロ事件と同一犯の仕業であると判断したようだ。


 無論、英国警察はまだその名を知らないが、犯人は新生円卓の騎士団である。


「まだ話全部聞いてないんだから、早くあたしのスマホ返しなさいよ!」


 小柄なマリアンヌは刃神の太い腕に取り付き、必死にスマホを取り返そうとする。


「ええい、邪魔な小娘だな……で、それは本当なんだな?」


 しかし、刃神は意に介することなくそれを振り解き、携帯(モバイオ)の持ち主に背を向けて話を続ける。


 同じく彼らの周りにいたマスコミや野次馬達が、そのドタバタ劇に二人の方へ目を向けるが、幸いカップルの痴話喧嘩か何かと思ってくれたらしく、しばらくすると皆、また丘の上の方へと自分達の興味を戻した。


 昨日、やはり円卓の騎士団が事件を起こしたロチェスターへ行っていた刃神達はその足でこちらへも趣き、一晩、スウィンドンのINNで過ごすと、今朝からリディントン城の現場を調べに来ていたのだった。


 とはいえ、警察に閉め出されてなかなか現場へ近付けないでいたところ、予期せずアルフレッドから朗報の電話が舞い込んだのである。


〝まこともまこと。大まことっすよ。こんなこと冗談なんかで言ったら、確実に旦那やマリアンヌ嬢ちゃんに殺されますからね。そんな恐ろしいこたあできないですって〟


 その電話の主は、晴れ渡った青空の下、爽やかな海風に吹かれながら今日も朝から絶好調な軽口で返事を返す。


〝もう一度言いますが、今夜、日が暮れたら…まあ、5月の今の時期ですと10時くらいっすかねえ? ヤツらはコーンウォールのティンタジェル城に行く予定になってます。それも、例のエクスカリバーと王冠、王笏、宝珠のアーサー王のレガリア三点セットを持ってね。アーサー王ごっこに玩具は欠かせないって訳です〟


「そうか……こいつは思ってもみねえチャンス到来だぜ」


 アルフレッドの告げた朗報に、刃神はスマホを奪い返そうと纏わりつくマリアンヌをなおも振り払いながら、口元に不敵な笑みを浮かべる。


「で、今、てめーもヤツらと一緒なのか?」


〝ええ。一緒にティンタジェルに向かってる最中っす〟


「なら、エクスカリバーもそこにあるんだな? よし、どっかにやられねえよう、片時も目を離さずに見張ってろ。それから向こうへ行くのに使う道筋も教えろ。ティンタジェルまで待つまでもねえ。これから俺達も追いかけるから、頃合いを見計らって、道中の途中でも奪い返してやるぜ」


 と、刃神が指示を出した瞬間、逸る気持ちにできた一瞬の隙を衝いてマリアンヌが彼の腕にしがみ付き、スマホに向かって叫ぶ。


「それよりも、独りでお宝奪って逃げようなんて変な気起こすんじゃないわよ? そんなことしたら、あなたの脳天にパラベラム弾撃ち込んでやるからね!」


〝もう、やだなあ。そんな気あったら、こうしてわざわざ報告なんざしませんって。それにこんなとこじゃ、金庫から盗み出したとしても逃げ場がどこにもないっすからね〟


「ん? ……どういうことよ? ムシュー・ターナー、あなた今、いったいどこにいるの? ――」




「――え? 今っすか? ……さあ、正確な位置はよくわかりませんが、とりあえず、船に乗って海の上です」


 マリアンヌの質問に、アルフレッドは目の前に広がる雄大な海原を眺めながらそう答えた。優に15人以上が楽々と乗れるクルーザーの後方甲板で電話する彼の頭上には、白いカモメ達が時折、鳴声を上げながら優雅に戯れている――。




「――海の上~っ⁉」


 一拍置いて、お互い強引にスマホへ耳をくっ付けていた刃神とマリアンヌが同時に声を上げた。


「おい、なんで船なんかに乗ってんだよ? 確かにウィンチェスターのすぐ南にゃサウサンプトンの港があるけどよ……だからって、わざわざ船使わなくてもいいだろ? ティンタジェルはコーンウォール半島の反対側だぞ!」


「そうよ! それじゃ、ティンタジェルに着くまでこっちは手が出せないじゃない!」


 そして、また二人して強引にスマホへ口を近付けて吠える。


〝なんでも『キルフフとオルウェン』とかいう物語にちなんで、このプリドウェンって船で遊覧しながら行くんですって。ベドウィル・トゥルブが中古で買った船らしいっすけど、きっと新しい玩具を早く使いたかったんでしょう。ま、なかなか大きくて乗り心地のいいクルーザーですし、ここんとこの事件の成功祝いも兼ねてるとかで酒やご馳走もたくさん出るしで、結構、快適な旅っすよ?〟


「チッ。キルフフとその仲間達の冒険気分かよ。またふざけた真似をしてくれやがる」


 スマホの向こう側で、優雅に船の旅を満喫しているらしいアルフレッドの言葉に刃神は苦々しく舌打ちする。


〝ま、そんなことで、俺、ちゃんとしたGPSなんか持ってないですし、操舵室に行って確認するってのも怪しまれるんで、逐一、今の居場所をお伝えするのは不可能です。なんで、やっぱ決行はティンタジェルに着いてからっすね〟


「ちょっと、どうしてもっと早く連絡してこなかったのよ! 出航する前に仕掛けられてたら、この上ない絶好の機会だったのに! ほんと、使えないわね!」


 マリアンヌも刃神に負けじとスマホを摑み、まるで他人事のようなアルフレッドを激しく罵倒する。


〝いや、俺も昨日、この計画を聞いてからすぐに連絡しようと思いましたよ? でも、俺達新入りの歓迎会やらなんやらで、今の今までなかなか一人にしてくれなかったんすよ。で、さっきようやく解放されたんで、こうしてお電話申し上げてるって次第です。あ、ちなみに言っときますけど、別に歓迎会で飲み過ぎて、二日酔いで出航前に電話するの忘れてた訳じゃないっすからね?〟


 いや、実を言うとそうだったりもする……。


「もお! やっぱり忘れてたのね!」


 鋭くマリアンヌがその嘘を看破してそう言った時――。




「――はい。順調にティンタジェルへ向けて南海岸沿いを航行中です」


 そんな女性の声が、アルフレッドのいる後方甲板の方へ近付いて来た。


「あ、また、邪魔が入りましたんでこれで。そんじゃ、そゆことで、今夜またお会いしましょう」


〝あ、ちょっと、待ちなさ…〟


 気付かれないよう、今まで以上に小声で断りを入れると、マリアンヌの声を無視して、アルフレッドはスマホを素早く切る。そして、物影で息を殺して様子を覗っていると、そこに現れたのはエニード夫人――ジェニファーであった。


「……はい。やはり正確な時間はわかりませんが、このまま遊覧がてらゆっくり進み、日没後に到着するつもりかと……ええ。どこから上陸するかもまだわかりません」


 周囲に注意深く視線を配りながら、彼女もスマホ片手に電話をしているらしい。電話の主は、おそらくエレック卿――マクシミリアンであろう。


 彼は出航直前になって高熱と体調不良を訴え、病院に行くと言って独りサウサンプトンの港に残ったのであった。


 しかし、彼らが警察関係者であることをアルフレッドはよく承知している。二人が言い合わせて何かを企んでいることは確実であろう。


「それで、そちらの手筈の方は……はい。そうですか……やはりヤードの反応は鈍いですか……でも、地元警察だけでも協力してくれれば……」


 ジェニファーは周囲を警戒しながらも、アルフレッドにはまるで気付くことなく小声で電話を続けている。


 まさか自分達と同じように〝ある目的〟を持ってこの集団に潜入している者が、先程まで、これまた同様にここで秘密の電話をしていたとは思ってもいまい。


 ……さっきは言うの忘れちまったけど、どうやら、あのエレックとエニード夫妻も動き出したようだな。ハァ…こいつは早くお宝盗んでトンズラしねえと、こっちもとんだトバッチリを食いそうだ……。


 アルフレッドは物影から彼女の言葉に耳をそばだて、やれやれというように溜息を吐く。


「えっ? ……いえ、大丈夫です……いえ、こちらに残る役を買って出たのは、マックス捜査官の発言の方がヤードを動かせると思ったからでして、別に他意はありません……ええ、心配はいりません。それじゃ、気付かれるといけないのでそろそろ切ります。また何かありましたら……」


 何を訊かれたのか、ジェニファーは不意に深刻そうな顔をして答えると、スマホのホールドボタンを押した。


 と、同時に彼女の背後へ何者かの迫る気配がする。


「…!」


 ジェニファーが慌てて振り向くと、そこにいたのはランスロット卿であった。

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