Ⅵ 真夜中の安宿会議(3)

「ああ、いいだろう。教えてやるぜ。だが、ちゃんとてめえらも知ってることがあったら俺に教えろよ?」


「わかってるわよ、そんなの。さ、もったいぶらずにとっとと言いなさいよ!」


「チッ…ったく、どこまでも可愛い気のねえ小娘だな……おい、お前ら。やつらがなんでエクスカリバーやトゥルブ家の家宝をかっぱらってったのかわかるか?」


 きつい口調で急かすマリアンヌに舌打ちする刃神だったが、交互に二人の顔を見つめると、ようやくそのことについて語り始めた。


「それはな、〝アーサー王の持ち物〟だったからだ」


「アーサー王の持ち物? ……って、当たり前じゃない。何を今さら言ってんのよ? まあ、真偽の程はともかくとしても、だからそれなりには価値があると思って、あたしも目を付けたんだし、あなただってそうでしょ? ディビッド・アダムスだって、それだから、わざわざこの詐欺師さん雇って小細工しようとしてたんでしょうに」


「いや、そういう意味じゃねえよ。やつらはな、アーサー王関連の遺物を集めてるんだ」


 呆れたという顔をして、どうやら真意を理解していないらしいマリアンヌに、刃神はもう一度、別の言葉で言い直す。


「……どういうこと?」


「あいつらは自分達のことを〝円卓の騎士団〟だとぬかしてやがる」


「円卓の騎士団?」


 アリアンヌは、それでもまるで訳がわからないといった表情で呟く。


「てめえは聞かなかったかもしれねえが、俺と遣り合った野郎は自分のことをサー・ランスロッドだなんてほざいてやがった。同様に、てめえがドンパチしてた騎士もサー・ガウェインだとな。やつらの着けてた盾に紋章が描いてあっただろ? そう言われてみりゃあ、あれは各々、円卓の騎士達の紋章だ」


「ああ、あの五芒星とかの? どこの貴族さんかと思ったら、そういうことだったの……」


「そんでもって、自称ランスロット野郎は〝アロンダイト〟っていう、アーサー王伝説に出てくるランスロット卿の愛剣を持っていやがった。俺が目をつけてたってのにどっかの阿呆に先越された代物だ。それだけじゃねえ、てめえの相手もガウェイン卿の剣〝ガラティーン〟を持ってるって言ってたな。その上、俺様の持つこのガラハッド卿のダヴィデの剣までよこせとふざけたことをぬかしやがる。今回のエクスカリバーやトゥルブ家の家宝を奪ったのもそのためだ……やつらはな、そうやってアーサー王絡みのお宝を集めてやがんのさ」


 刃神はそう説明するとダヴィデの剣を持ち上げ、二人の前へと突き出して見せた。


「えっ? ってことはっすよ。なんすか? あの騎士の格好したやつらは、アーサー王に関わりのある品を専門に盗んで廻ってる盗賊団だっていうことっすか?」


 アルフレッドが、その常識はずれな犯行目的に少々慌てた様子で聞き返す。


「ああそうだ。俺もこの際、アーサー王関連の剣を集めてみようかと考えていたが、やつらはそんな気楽な思い付きじゃなく、どうやらもっと何か、こう強い拘りみたいなもんがあるように感じた。なんせ、わざわざ、あんなコスプレまでしてやがんだからな」


「じゃあ何? 自分達は円卓の騎士団だからって、あんな中世の騎士みたいな格好してたってこと? まあ、槍と馬の代わりに銃とバイクで武装してたけど……」


「遊びでやってるのか、それとも本気でそう思ってる頭のイカレた連中なのかはわからねえがな。いずれにしろ、やつらがアーサー王伝説に拘って盗みを働いてのるのは確かだ。まったく、とんだアーサー王マニアだぜ」


 そこまで言うと、刃神は嘲るように鼻で笑った。


「でだ。そうなってくりゃあ、やつらが次に現れそうな場所も多少は検討がついてくるってもんだ」


「なるほどね……わかったわ。それじゃ、あなたはその方面でやつらが次に襲いそうな場所を絞り込んで。あたしの方は同業者連中廻って、そんなアーサー王狂いのヤツらの噂を聞いたことないか尋ねてみるから」


 刃神の話を聞き、飲み込み早くマリアンヌは頷くと、すぐさま次の具体的な行動を考え、お返しとばかりに指示を与える。


「ああ、言われなくてもそうするぜ……ってか、なんでてめえに指図されなきゃなんねえんだよ!」


 そんなマリアンヌにいつもながら声を荒げる刃神だったが、言うだけ無駄と思ったか、今度は視線をアルフレッドの方へと向ける。


「……で、そっちの詐欺師はこれからどうすんだ?」


「え? 俺っすか? うーん……まあ、一応はアダムスの旦那のとこへ今回の件の報告に行くつもりです。警察にいろいろ訊かれるの嫌だったんで思わず逃げ出して来ちまいましたが、このまま姿くらましたら、俺もやつらの共犯だとアダムスの旦那に疑われかねないっすからね。あの人、半分マフィアみたいな人っすから、そんな誤解受けちゃあマジで命が危ねえ……ま、ついでにその円卓の騎士団とアダムスが何か関係ないか探りを入れてきますよ」


「ええ。よろしくね。それについては、あなたにしかできない仕事だからね……それで、三人の繋ぎはどうつける?」


「俺は訳あってまだ使えるスマホがねえし、ま、てめらの番号聞いといてもいいんだが、やっぱ直接会って話できた方がいいな……そうだ、何かわかったら緑男の骨董展グリーンマンズ・アンティークに集合ってのでどうだ? あそこなら、俺達みたいな稼業のもんでも秘密は無用だし、それにあのオヤジに訊けば、もしかしてあいつらのことも何かわかるかもしれねえ」


 マリアンヌの問いに、刃神は少し考えてからそう答えた。


「あ、それは名案ね! ウォーリーのことをすっかり忘れてたわ。あそこなら確かに最適の場所よ!」


 刃神のその提案をマリアンヌも大賛成する。


「なんすか? そのグリンピースだか、アイアンマンだかって?」


緑男の骨董展グリーンマンズ・アンティーク、ピカデリーにある骨董屋だ。裏で盗品のブローカーとその筋の情報屋もやってる。とはいえ、表向きはカタギの骨董屋で通ってるから、場所がわかんなきゃ誰かそこらにいるやつにでも訊きな」


 一方、不可解な顔で尋ねるアルフレッドに刃神はそう説明した。


「ええ。ま、なんとか場所はわかると思います」


「じゃ、各人、こまめに緑男の骨董展グリーンマンズ・アンティークには繋ぎを取ってね。えっと、アルフレッドさんだったかしら? そこのウォーリーって老店主に言えばすぐにわかると思うから」


「はい。了解っす……あ、そういえば、お二人のお名前をまだ聞いてませんでしたね」


 頷いたアルフレッドは、今更ながらだが、二人の名をまだ知らないことに気付いた。


「ん? そういやそうだったか……フン。特別教えてやるからありがたく聞きな。俺はジンシン・イソノカミ。日本人の〝魔術武器使いマジック・ウェポナー〟だ」


「マジック・ウェポナー?」


「俺の造語だがな。魔術に使う道具や魔法の力を秘めた武器――魔術武器マジック・ウェポンを使う者っていうような意味だ。あの騎士の野郎どもじゃねえが、そういった物を蒐集すんのが俺の専門なのさ」


「つまりは危ないカルトってことよ」


「誰がカルトだ! コラッ!」


 マリアンヌの補足説明に、すでにお約束となりつつあるツッコミを刃神は入れる。


「はあ……つまり簡単にいうと、その魔術武器マジック・ウェポンとかいうのの専門の蒐集家コレクターさんなわけっすね」


 それでも、そんな二人の無駄な言い争いは無視し、アルフレッドは自分なりに咀嚼して、簡潔に理解したようだ。


「ま、簡単にいうとそういうことだ。で、こっちのはコソ泥の怪盗小娘だ」


「誰がコソ泥で小娘よっ!」


 今のお返しとばかりに紹介する刃神のその呼称を、マリアンヌも即座に否定する。


「マリアンヌだって言ってるでしょう? ムシュー・ターナー、いい? こいつの言うことなんか信用しちゃだめよ。あたしはそんじゃそこらの下等な盗人なんかとは違う、世界を股にかけて歴史とロマン溢れるお宝を捜し求める優雅で華麗なトレジャー・ハンター……フランスが生んだ自由の怪盗マリアンヌ。それがあたしの名前よ」


「トレジャー・ハンターで怪盗っすか……なんだかわかったような、わからないような感じですが、とりあえず憶えました。マドモワゼル・マリアンヌっすね」


 自画自賛なマリアンヌの自己紹介にアルフレッドは苦笑を浮かべていたが、なんとなくどんな人物かはわかったようである。


「ええ。その通りよ。ふぁ~あ……それじゃ、無事、同盟も結べたことだし、今夜はいろいろあって疲れたからもう寝るわ。さ、ムシュー・イソノカミ、そこをどいてくださる?」


 今後の方針が一通り決まり、自己紹介も滞りなく終わると、マリアンヌはそこに座る刃神を押し退け、その部屋に一つしかないベッドの中へ潜り込もうとする。


「ん? ああ、それじゃ、俺も自分の部屋に戻って…」


 そのあまりにも自然な動きに違和感なく場所を譲る刃神だったが、数秒の後、それがひどくおかしなことに気付く。


「ちょっと待て! ここは俺の部屋で、それは俺のベッドだろうがっ!」


 だが、もうすでに遅し。マリアンヌはしっかりと毛布ブランケットに身を包み、心地良さそうに頭を枕の上へ置いている。


「それじゃ、俺もちょっと仮眠を取らせてもらいまさあ。明るくなる前には出てきますんで。あ、このソファ貸してくださいね」


 その上、アルフレッドまで座っていたソファの上で足を投げ出すと、持っていたソフト帽を顔に載せて、早々眠る態勢に入ってしまう。


「おい! 起きろっ! 寝るんだったら、どっか他所へ行って…」


 刃神は怒号を吐きながら、マリアンヌの毛布ブランケットを引き剥がそうとしたのだったが。


「な……」


 カチャ…という微かな音が聞こえたかと思うと、彼の鼻先に突然、ワルサーP5の銃口が突きつけられた。


「一応、言っとくけど、もし変なことしようとしたら、あなたの〝タマ〟にこの鉛の弾をぶつけてやるからね。それじゃ、お休みなさい」


 マリアンヌはそう脅し文句を口にすると、銃をしまって再びベッドの上で目を閉じる。


「……な、なんて、下品な小娘だ……っていうか、おまえら、いい加減にしろよ……」


 刃神独り立ち尽くすINNの部屋の中には、階下のパブから聞こえてくる賑やかな酔っ払い達の笑い声だけが響いていた――。

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