Ⅵ 真夜中の安宿会議(2)
「――なるほどな。つまりは現在の所有者であるディビッド・アダムスに依頼されて、あのエクスカリバーや他のアーサー王伝来の宝が本物っぽく見えるよう、てめえがいろいろ小細工してたってことか」
「ところが驚いたことに、遺跡を捏造しようとして丘を掘ってみたら、本当にアーサー王の時代の
「ええ。そんなとこっす。まさに〝嘘から出たまこと〟ってやつっすよ。ま、おかげでこっちの手間は省けて大助かりだったっすけど、あれにはほんと、たまげましたねえ。偶然とはいえ、まさか本物の遺跡が出てきちゃうとはなあ……しかも、キャメロットの可能性がある
簡単に要約して確認する刃神とマリアンヌに、アルフレッドはその時のことを思い出して、興奮気味に相槌を打つ。
「だが、それ聞いて安心したぜ。そんじゃ、あの剣がアーサー王のエクスカリバーだっていうトゥルブ家の伝承も、まるっきりの嘘ってことじゃねえわけだ。それに5世紀の
「ま、そのアーサー王のお宝はついさっき、バイク乗った変な騎士達に持ってかれちゃったんだけどね」
口元に不敵な笑みを浮かべ、アルフレッドの話にむしろ喜んでいる様子の刃神であったが、そんな彼の気を削ぐようなコメントを不愉快そうにマリアンヌは挟む。
「ケッ! つまんねえこと思い出さすんじゃねえよ。また胸糞が悪くなってくるじゃねえか……ま、俺様のエクスカリバーはすぐにでも取り返してやるけどな」
「え? ってことは、さっきのやつらにやっぱり何か心当たりがあるんすね⁉」
吐き捨てるようにして返す刃神の言葉に、パッと目を輝かせるアルフレッドだったが。
「いや、ない」
短く、一瞬にしてその期待は裏切られる。
「な、ないんすか……」
「ないが、俺様の獲物に手を出したんだ……そんなふざけた野郎は生かしちゃおけねえ」
刃神は尖った歯をぎりぎり言わせながら、凶悪な顔で脇に置いたダヴィデの剣の鞘を強く握り締めた。
「あ、あの、そちらのお嬢さんも、やっぱし心当たりは……」
落胆したアルフレッドは、一応、マリアンヌにも尋ねてみるが。
「あるわけないじゃない! あったら今頃、あいつら全員蜂の巣にして、あたしのお宝奪い返してるわよ!」
こちらも期待した答えは聞けず、代わりにヒステリックな怒鳴り声を浴びせられた。
ここがホテルやB&B(ベッド&ブレッグファースト)だったならば、夜の静けさにその声はよく響いていたことだろうが、幸い今なお下のパブから騒音の聞こえてくるこのINNでは、先程からの彼らの大声もそれほど目立ちはしない。
「そうっすかあ……何か知ってればと思ったんすけどねえ……ハァ…せっかく苦労してここまでお膳立てしたってのに、肝心の〝商品〟がなくなっちまっちゃあ商売あがったりっすよ。ハンコック博士は殺されちまうし、それにこの失態が知れたら、俺もアダムスの旦那に何されるか……あの人なら、簀巻きにしてテムズ川へ放り込むなんてこともしないとは言い切れない……おお、怖っ……」
「そう言うあなたはどうなのよ? あなたの方こそ何か心当たりないの? そのアダムスって人を恨んでたヤツとか、旧トゥルブ家のお宝を前々から狙ってたヤツとかさ?」
肩を落として落ち込んだり、今後待ち受けるであろう自分の不運な未来を幻視して身震いするアルフレッドに、今度はマリアンヌの方から尋ねる。
「それがこっちもさっぱり……っていうか、因業な金貸しのアダムスを恨んでるやつなんか星の数ほどいますからね。トゥルブ家の家宝を狙ってる盗賊がいるなんていう話もまるで聞きませんでしたし……ま、実際にはあの妙な騎士達や、お二人のような方々がいたわけっすが」
首をふるふると横に振ってそう答えると、アルフレッドは何を思ったか、刃神とマリアンヌの顔を交互にまじまじと見つめた。
「あの、先程からご拝見するに、お二人はプロの盗人稼業の方とお見受けしましたが、ご同業者の間でああいった盗賊団についての噂話とかはないもんなんすかねえ?」
「あんな変なやつら聞いたこともないわ。ま、あたしが知らないだけかもしれないし、一応、それについては後で当たってみるつもりだけどね。期待薄だけど……」
「おお! そうだった。心当たりはねえが手掛りだったら一つあるぜ!」
そんな時、アルフレッドの問いに答えるマリアンヌの前で、何かを思い出したのか、刃神が突然、声を上げる。
「手掛り?」
マリアンヌとアルフレッドは、二人声を揃えて反復する。
「ああ。そこから判断すりゃあ、やつらが次に仕事をしそうな場所を絞り込める。うまくすれば、やつらの先回りをして取っ捕まえられるかもしれねえ……」
「ねえ、なんなの? その手掛りって」
「ああ、それはだな。どうやら、やつらが狙ってる物ってのは……」
声を弾ませて尋ねるマリアンヌに、思わず答えそうになる刃神だったが。
「おっと、危ねえ危ねえ。危うく話しちまうところだったぜ。ヘン。商売敵に教えてやる義理はねえよ」
「何よ、そこまで言っといて、このケチっ!」
途中で話をやめる刃神に、マリアンヌは頬を膨らまして抗議する。
「うるせえ。てめえと俺とは同じ獲物狙ってる敵同士だぜ? それなのに、なんでそんなてめえに俺様が貴重な情報教えてやらなきゃいけねえんだよ。お宝が欲しけりゃ、てめえはてめえで、ちゃんと自分の頭で考えな」
「うううう……あ! そうだ!」
優越感に浸る刃神を睨みつけ、恨めしそうに唸るマリアンヌだったが、しばし後、何か良い考えを思いついたのか不意にポンと手を叩く。
「ねえ、ものは相談なんだけど……ここは一つ、この三人で同盟を組むってのはどう?」
「はあ? 同盟だあ?」
「同盟……ですか?」
突然の予期せぬ提案に、刃神は頓狂な声を上げ、アルフレッドは驚きの表情を浮かべる。
「ええ、そうよ。ここにいる三人はあの騎士達からお宝を奪い返したいっていう同一の目標を持ってるわ。それに一人一人じゃ役に立たなくても、各々が持っている独自の情報源を合わせれば、きっとあいつらの尻尾を摑むことができると思うの。それに、あの物騒な集団相手に一人で遣り合うってのもちょっとキツイしね。となれば、ここであたし達が協力しない手はないと思わない?」
「ちょっと待て。確かに俺達三人の目標は一緒だが、ってことはつまり、俺達の利害は相反するってことでもあるんだぜ? 獲物は一つだってのに、どうやって仲良くしろってんだよ?」
「そうっすね。俺もお力をお借りしたいのは山々なんすが、さりとて、お二人にトゥルブ家の家宝を持って行かれては本末転倒ですし……」
その提案の矛盾を突いて、即座に反論する刃神とアルフレッド。だが、マリアンヌは愉快そうに笑みを浮かべると、澄ました顔でその問題解決策を口にする。
「そこはそれ。いろいろやり方はあるわ。ねえ、あなた。あなたが欲しいのはエクスカリバーなのよね? だったら、エクスカリバーについてはあなたに譲るわ」
「何っ⁉」
意外なマリアンヌの発言に、刃神は思わず声を漏らす。
「その代わり、他のアーサー王関連のお宝はあたしがもらうっていうのでどう? なかなかいい交換条件だと思うけど」
「それはまあ……他のもんはついでだったからな。エクスカリバーさえ手に入りゃあ、それで俺は満足だが……」
会えば口論となる相性の悪さであるが、案外、マリアンヌは彼の性格をよく理解しているようである。彼女の出した譲歩案を、消極的ながらも刃神は肯定する。
「それからあなた! あなたの利益を守るのにこういうのはどうかしら? もし、あの騎士達からお宝を取り戻せたら、先ずは一旦、あなたの所へ返すわ。それであなたが仕事を終え、アダムスからしっかり報酬をいただいた後で、改めてあたし達がお宝を頂戴する。もちろん、その時は盗み出しやすいようにいろいろ便宜ははかってもらうけどね」
「俺に二重詐欺をやれって言うんすか? こりゃ、詐欺師も真っ青な悪知恵だ……ま、そういうの嫌いじゃないっすけどね。ええ。儲けさえちゃんといただければ、俺はそれでも全然OKっすよ」
アルフレッドもマリアンヌの出した条件に軽いノリで首を縦に振る。
「どうやら決まりね。ここに〝アーサー王のお宝奪還同盟〟成立よ。じゃ、そういうことで、さっそくその手掛りってのがなんなのか教えてもらおうかしら?」
二人の同意を得たマリアンヌは満足げに微笑み、さっそく刃神に先程の話の続きを催促した。
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