Ⅷ 円卓の下に(1)

 ディビット・アダムスの邸宅が円卓の騎士団に襲撃された翌朝……。


「…んん? ジェニファー・オーモンド……なぜ君がここにいる?」


 ジェニファーを伴って事件現場を訪れていたマクシミリアンは、現場に入る早々、その場の指揮を取っているブルドックのような顔をした警部に呼び止められた。


「君らの課に協力を要請した憶えはないぞ?該者は確かに金貸しと美術品ブローカーをやってたらしいが、そっち絡みかはまだわからんしな」


「おはようございます。グレグスン警部、こちらはICPOよりお越しのクーデンホーフ捜査官です」


 ひどく不愉快そうに分厚い頬肉を引き攣らせて咎める警部の言葉を無視し、代わりにジェニファーはマクシミリアンのことを紹介する。


「ICPO?」


「現在、クーデンホーフ捜査官は、ユネスコとの共同プロジェクトである文化財の破壊及び窃盗犯罪防止推進計画のために我が国へ参られているんです。私はその案内役を担当させていただいていますので」


「ああ、そういや、上がそんなような話してたか……」


「インターポールのクーデンホーフです」


「ああ、こりゃどうも。殺人及び重大犯罪捜査課のグレグスンです」


 今度は迷惑この上ないというように、その小さな目をさらに顔の肉の中へ埋もれさせる警部の傍まで来ると、マクシミリアンはいつもの起伏のない口調で彼と握手を交わした。


「しかし、その、なんだ、文化財の窃盗防止だかに来たICPOの方が、どうしてまたこんな所へ?」


「既にお調べ済みかとは思いますが、一昨日の夜、今回の被害者であるアダムス氏が運営していた旧トゥルブ家邸博物館へ強盗の一団が押し入っています。実はその前日に、私達もそこを訪れていたのですよ」


「え⁉ あのコーンウォールにあるとかいう博物館にですか?」


「はい。昨日の朝、事件後の現場も見てきました。向こうの被害は文化財絡みですし、それに私の職務上、少々〝気になること〟もありましたのでね」


 気になること――それは他でもない、コーンウォールの事件への怪盗マリアンヌ関与の可能性である。


 それを報告する用もあり、一旦、ロンドンへと戻っていたマクシミリアンは、今朝、この事件のことを聞き付け、急遽、現場へ駆けつけることとなったのである。


「なるほど。それでこちらへも……いや、すみません。指示も出していないのに、なぜ他の課の者が来ているのかと疑問に思いましたもので。しかも、彼女みたいな人間が……」


 マクシミリアンの告げた事実に小さな目を見開きつつも、グレグスン警部はジェニファーの方へと視線を送り、そんなあからさまな嫌味を口にする。


 だが、それに対して何か言い返すこともなく、ジェニファーは険しい表情で黙したまま、犬に似た上司の顔をじっと見つめているだけだった。


 二人のそうした様子を傍から眺め、部外者のマクシミリアンは先日、ジェニファーに案内されて担当課へ行った時のことを思い出す。


 あの時も彼女に対する課の者達の態度が妙に気になったが、皆、いったいなんだというのだろうか? 理由はわからないが、彼女はスコットランドヤードの中で快く思われていないのか? ここ二、三日、彼女と行動を共にしてみたが、仕事はできる方だと思うし、別にこれといって欠点も見当たらないのであるが……。


「それで、その気になることとは?」


 そんなマクシミリアンの疑問を、不意にグレグスン警部の声が遮った。


「コーンウォールのことはまだ聞いたばかりで詳しく知らないのですが、あなたがこちらへ参られたとなると、やはり、こちらの事件と何か関連が?」


「あ、いや、そこまではまだ。その前に先ずはこちらの現場を見せていただきたい」

 マクシミリアンはそう答えると、頭を切り替え、周囲の状況を改めて観察する。


 この、デイビッド・アダムスが殺害された二階の部屋に到るまでに見た屋敷内の様子は、昨日見た旧トゥルブ家邸博物館同様、惨憺たるものであった……。


 昨日ほど壁などに残る銃弾の跡は激しくないが、それに比して殺された人間の数はこちらの方が多い。出る前にスコットランド・ヤードで聞いた話によれば、家主のデイビッド・アダムスを始め、使用人や彼のボディーガード10名程が犠牲になっているようだ。


 今回も遺体は既に運び出された後だったが、部屋の床に残るべっとりとした黒い血の染みと白い該者の輪郭線が、残忍な犯行の確かに行われたことを物語っていた。


「あちらと手口は似てますかな?」


 その希薄な表情の変化からも何かを読みとったのか、グレグスン警部が尋ねる。


「ええ。向こうもこちら同様、ほぼ全員が皆殺しでした。おそらく10人前後の集団での襲撃ではなかったかと思われますが、こちらもやはり……」


 マクシミリアンは、故アダムスの輪郭を示す白線を見つめたまま答えた。


「状況を見るにそうではないかと。となると、どちらも殺されたアダムス氏が関わっていますし、手口からしても同一犯の仕業と考えたくなりますな」


「その可能性は充分にありうるでしょう。コーンウォールでは博物館に展示されていた古美術品が大量に盗まれていましたが、こちらでの紛失物は?」


 今度は床から視線を上げ、警部の方を振り返ってマクシミリアンは再度、尋ねる。


「いえ。今、調べた限りでは特にないようです。金庫も手付かずでしたしな。屋敷内に飾られている高そうな美術品なんかもそのまま残っていますよ」


「そうですか。そこは少し異なりますね。金庫に手を付けていないところは一緒ですが……」


 マクシミリアンは、邸内のそこここに飾られていた絵画や彫像のことを思い浮かべた。


 それに今見ているこの部屋も、旧トゥルブ家邸博物館の無残な有り様と違って綺麗なものである。部屋を荘厳する美術品の数々も何一つ動かされていないようだ。


 ただ、一つ気になるところといえば、壁に残る一条の血痕である。もし銃で撃たれたのならば、このように血は飛び散らないのではないだろうか?


「ディビッド・アダムス氏はどのように殺害されたのですか?」


「斬殺です。検視官の見立てによれば、剣のような長くて大きな刃物で斬り殺されたとのことですな。銃による射殺が主ですが、アダムスの他にも剣での斬殺や刺殺と思われるものがいくつか見受けられました」


「ほう、剣で斬殺ですか。それは珍しい。なるほど、それでこのような……しかし、そこもコーンウォールとは違う。となると、同一犯ではないのか……もしくは同一犯ならば、犯行の目的は物盗りではなく被害者への個人的な怨恨にあるのか……」


 警部の説明を聞いて、マクシミリアンは細く尖った顎に手をやると、独り言を呟きながら考え込む。


「ああ、ちなみにその凶器、該者の古美術品コレクションの中に刀剣類もあったので、それでも使ったのではないかと調べてみましたが、どうやら的外れだったみたいですな。となれば、賊が持参したものということになる。今のご時世、剣で武装した賊とは一体どんなやつらですかね? 日本の忍者か中華マフィアか、はたまた甲冑着けた中世の騎士かもしれませな、ハハハ…」


「というと、目撃者はいないということですか?」


 くだらぬ冗談を言って笑う警部に、マクシミリアンは冷徹な表情を崩さずに訊く。


「え、ええ。警備会社が駆け付けた時には既にもぬけの殻でしたし、近隣住民も銃声を聞いて警察を呼んでいますが、さすがに自ら見に出るような物好きはいませんでしたからな。警察が駆け付けたのは警備会社のさらに後です。それにそもそも、ここらは高級住宅街なんで、深夜となれば人通りも皆無に近いですし、繁華街なんかに比べて、街頭の監視カメラも数が少ないのですよ」


「そうですか……他に何か、犯人の手掛かりになるようなものは見付かっていないのですか?例えば、カードとか?」


 またしばし思考に没頭した後、マクシミリアはまさかと思いながらもその単語を口に出してみる。


「ええ! な、なぜ、カードのことをお知りなのですか⁉」


 すると、驚くべきことにもグレグスン警部の見せた反応は、予想外にもそのまさかだったのである。

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