Ⅱ アーサー王の被疑者たち(2)

「現在、世間一般に広く知られているアーサー王像は、1469年ないし70年に書かれたサー・トーマス・マロリーの『アーサー王の死』によるものです。これはそれまでに存在した様々なアーサー王関連の物語を一つの長大なストーリーにまとめ上げたものですが、その骨子となっているものといえば、さらに遡って十二世紀、ジェフリー・オブ・モンマスの手による『ブリタニア列王記』ですね」


 そして、満水の川の堰を切ったように、レストレイドが求めた以上の回答を返し始める。


「あらすじをいえば、物語はアーサーの受胎に始まり、彼は石に刺さった王の証しである剣を抜いてブリテン全土の王となる。王となったアーサーは魔術師マーリンの力を借りて反旗を翻したブリテン諸国の王達を倒し、さらには大陸に渡ってローマ皇帝とも戦い、それから主要な円卓の騎士達の冒険や聖杯探求の話が語られた後、最後は謀反を起こしたモルドレッド卿と死闘を演じて、致命傷を負ったアーサーはアヴァロン島へと運ばれて幕を閉じる……といったところでしょうか」


「あ、ああ、私の知ってる話も大体そんな感じですが……」


「もし、総監の言われているのがそうした〝空想フィクションのアーサー王〟であるならば、それを史実とするのには勿論、無理があるでしょう。しかし、歴史上、五~六世紀頃に実在したことが確かな人物をアーサー王のモデルと考える説も様々な根拠を持って語られています。例えば、ちょうど明日行くコーンウォール半島をその影響下に置いていたドゥムノニアの王なんかもその一例です」


「ど、どむ?」


 予想外のいい反応に、レストレイドは面喰って間抜けな言葉を口走ってしまう。

「ドゥムノニアとは七王国時代ヘプターキーの頃に、イングランド西南部のデヴォン州やサマセット州などを支配していた王国です。このアングロサクソン人達が七つの王国を築いていた六~九世紀という時代にあっては珍しい、ローマの末裔的ブリトン人の国でした。七王国といっても実際には七つ以外にいくつかの小国があったようですが、ドゥムノニアはその小国の方です」


「は、はあ……」


 レストレイドは呆けた表情をして、能弁に語るマクシミリアンの顔を大きく見開いた目で見つめた。


「この説では、ジェフリーの『ブリタニア列王記』などでアーサーの祖父とされるコンスタンティヌス三世を、名前が似ているということからドゥムノニアの〝クステンヌン・ゴーニュ〟という人物だと考え、アーサー王はこの国の王族の一人ではなかったかと考えています」


 なんだか知らないが、どうやらマクシミリアンのスイッチを押してしまったらしい……態度や口調は先程から変わっていないが、まるで何かに取り憑かれでもしたかのように、彼は早口で小難しい話をすらすらと語っていく。


「それに、もしもアーサー王が実在とするならば、5、6世紀に土着の民間信仰と習合したキリスト教徒であったことは間違いないのですが、ドゥムノニアの支配していた地域は考古学的に見ても当時、キリスト教が広まっていたようですし、キャメロットの候補地とされるキャドベリー城やティンタジェルもその地域内に存在します。アーサー最後の戦いが行われたカムランの候補地である北サマセットのクィーンキャメルやコーンウォールのスローター・ブリッジ、後にアーサー王伝説並びに聖杯伝説で重要となるグラストンベリーも領土内ですので、確かに伝説で語られるアーサー王を構成する要素はかなりクリアしています」


「で、では、そのなんとかいう国の王様が、実在のアーサー王だったということで……」


 意外によくしゃべるマクシミリアンに唖然としながらも、レストレイドは譫言のように呟く。


「いえ、先程も申しましたように、この説にも確たる証拠は何もありません。あくまでも仮説です。なので、明日見に行くキャメロットの可能性が高いとされる丘城ヒルフォートの遺跡もドゥムノニア王国との絡みでいけば有力な候補ではあるのかもしれませんが、やはり可能性の域は出ないのです。もっとも〝アーサー王〟の名と〝伝説に語られる彼の業績〟なんかが記された碑文が発見され、それが科学的にその時代の物であると証明されでもしていれば、話はまた別ですがね」


「そ、そうですか……」


 完全に圧倒されるレストレイドであったが、マクシミリアンの説明はなおも続く。


「こうしたブリトン人の王をそのモデルとして考える説には、他にも紀元前五一年にローマがブリテン島に侵攻してきた際に戦ったカトゥヴェラーニ族の王カタラクスだという説やカンブリアの王ウリエン説など様々なものがあります。五九六年に亡くなったという記録の残る、ダルリアダ国の王アダン・マック・ガブランの息子の〝アーサー〟もその一人です」


「アーサー?」


「正確にはアーサーに相当するアイルランド名の〝アルトゥイル〟という名前なのですが、このスコットランドとアイルランドに跨る王国の王子などをアーサーだとする〝北方アーサー説〟というものもあります。スコットランドにもエディンバラの〝アーサーの席〟と呼ばれる丘など、アーサー所縁の地は存在しますし、意外に伝承は多い」


「そ、それは……名前もまさに〝アーサー〟ですし、王の息子として記録に残っているのでしたら、その人物が実在のアーサー王なんじゃ……」


「いや、そうは思えませんね」


 マクシミリアンの話に当然そう考えるレストレイドであったが、その結論をマクシミリアンはきっぱりと否定する。


「確かに名前は〝アーサー〟ですが、この人物にはそれほど目立った業績もないし、生きた年代も多少遅い。かのアーサー王と見るには少々役不足です。当時――六~七世紀の頃には〝アーサー〟という名前が〝流行っていた〟ようでもありますしね。これよりももう少し、そう主張してもおかしくないような根拠を持つブリトン人の王としては、リオタムスという人物もいます」


「リオタムス? ……聞いたことのない名前ですな」


「先程から出ているジェフリーの『ブリタニア列王記』の中で、一番、アーサー王と似た経歴を持つブリトン人の王ですよ」


「ほう……それじゃ、そのリオタムスという人物はそれほどアーサー王に似ておるのですか?」


 ようやく能弁なマクシミリアンにも慣れてきたレストレイドは、普段の調子を若干、取り戻して彼に尋ねる。


「ええ、それなりには。しかも、この人物は実在が確かな人物です。ほぼ同時代の歴史家ヨルダネスやトゥールのグレゴリウスの記録によると、五世紀後半の西ローマ帝国皇帝アンテミウスが、このリオタムスに西ゴート族のユリックと戦うための援助を求め、470年頃、彼は1万2千の兵とともに海を渡ってガリアへ駆け付けています。これは伝説の中でアーサー王が大陸に進軍した話を彷彿とさせると思いませんか? ただし、伝説での敵は蛮族ではなく、ローマ皇帝の方なのですがね」


「ああ、そういえば、そんな話もアーサー王物語の中にありましたな」


「しかし、残念なことにリオタムスと彼の率いるブリトン兵達は、ガリアの法務長官の裏切りによって敗走させられ、その多くがブルゴーシュのゴート族の手で殺害されてしまったそうです。ここもなんだかモルドレッドの裏切りによって崩壊するアーサーの王国と似ています」


「おお、そう言われてみれば……」


「もっとも、ここもアーサー王の場合は大陸ではなく、ブリテン島での戦いで最後を迎えていますがね。その後、王リオタムスがどうなったのかは不明です。が、一節にブルターニ半島のリル・ダヴァル付近で行方不明になったともされていて、ここはあの〝アヴァロン〟ではないかと云われている場所でもあるのですよ」


「え? あの、アーサー王が運ばれて行ったというアヴァロン島ですか?」


「ええ。その〝アヴァロン〟です。これまた見事にアーサー王の最後と符合しています。そうなると、リオタムスをアーサーのモデルと考えるのもわかる気がしてきますよ」


「ブリトンの王で、大陸にまで渡って戦い、家臣に裏切られ、最後はアヴァロンで終わる……確かにアーサー王と似ておりますな。しかし、リオタムスとアーサーとでは全然、名前が違う。もし、本当にそのリオタムス王がアーサー王のモデルだったとしても、なぜ、リオタムスという名前からアーサーという名前になったのでしょう?」


 先程から騙されてばかりいるので今度は油断せず、まかりなりにもスコットランドヤードの総監としてレストレイドはその問題点を指摘する。


「ああ、それについては、ブリトン語で〝リオタムス〟という言葉が〝最高の王〟を意味するので、これは名誉的な称号であり、その個人名が〝アーサー〟だったのだと解釈しています」


「おお! それではもう、そのリオタムスが…」


「ただし、それは称号ではなく、ケルト時代のブリテンやガリアでよく見られた〝王〟という意味の部分を含む個人名だという説もあるんですがね」


「へ? ……なんだ、それじゃ全然、駄目ではないですか」


「確かに、名前の説明には少々難のある仮説ではありますね。ともかくも、今、挙げた一部のものを見ただけでもわかる通り、アーサー王を実在の人物だとする説は無数に語られているということです」


「なるほど……ま、そのどれが正しいのかは置いとくとして、そうなると、やはりアーサー王という人物は、モデルにしろなんにしろ、実際にいたと考える方がいいようですな」


 一度持ち上げては落とすようなマクシミリアンの説明に顔をしかめながらも、幼い頃より聞かされてきたこの国の偉大なる王アーサーに対して、レストレイドは改めてそう思い返すのであったが……。

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