ⅩⅦ グラストンベリー丘の戦い(5)

 一方、その頃、〝聖杯の井戸チャリス・ウェル〟の庭園を密かに監視していたマクシミリアンとジェニファー達も、先程、トールの頂上付近で起きた爆発に気付き、そちらに向かって走り出していた。


「読みを外したか……てっきり聖杯を狙って来るものと思っていたのだがな……」


 闇にこんもりと浮かび上がる黒いトールの影へと駆けながら、マクシミリアンは誰に言うとでもなく悔しそうに呟く。


「無理もありません……まさか何もないトールの方で騒動を起こすなんて……誰も考えませんわ」


 その少し後を追いかけるジェニファーは、息を上がらせながらも彼をフォローするようにコメントを入れる。


 トールに向かうのは彼らの他に八名、地元警察の警官が二人の後に付いてきている。


 新生円卓の騎士団の犯行を警戒して聖杯の井戸チャリス・ウェル周辺に配備していた者達だが、それでもその数ではとてもこの騒動を終わらせるのには物足りない。もっともマクシミリアン達は、刃神達加え、モルドレッド卿の反乱軍までがいることをまだ知らないのであるが……。


「一体、上ではどうなっている? 誰かと争っているのか?」


 現場へと近付くにつれ、次第に丘の頂からは銃声や人の叫び声なども聞こえてくる。


 現時点では、本当に新生円卓の騎士団に関わるものなのかどうかを判断する情報は何もないが、このような場所で、そのようなバカ騒ぎを起こすのは十中八九、かの者達に相違あるまい。


「…ハァ、ハァ……ティンタジェルのことを考えれば……まさか、本当に怪盗マリアンヌか?」


 丘の麓で一旦立ち止まり、目の前に立ちはだかる黒山を見上げてそう呟くと、再びマクシミリアンは先を急いだ。


 月明かりも届かぬ暗闇に覆われた急な斜面を、銃声の響く頂目指して彼らの一団は真っ直ぐに登って行く……職務に勤勉な警察官達は、あまり時を置かずして、すべてが見渡せる場所へと到達した。


「これは……」


 青白い月光に映し出され、彼らの目の前に広がっていたのは、セント・マイケルズ教会の崩れかけた塔のもとで繰り広げられる、こんな田舎町でお目にかかるとは到底思えない、銃弾飛び交い、一群の人々が相乱れ争う戦場であった。


 その驚愕の光景に数秒立ち尽くした後、とりあえず彼らは闇に身を潜めて様子を覗う。


「何がどうなっている? 仲間割れでもしたのか? それにしては人数が多いように見えるが……」


 いつになく動揺を隠し切れない様子で、地面に屈み、戦いの場をじっと見つめてマクシミリアンが問う。


「わかりません……ですが、新生円卓の騎士団が関与していることは間違いないみたいですね」


 同じようにして状況確認に努めていたジェニファーが、混戦の中に銀色のボディ・アーマーを着けた者達の姿を認め、そう答えた。


「いいえ。そうでなくても、こんなバカげた殺し合いはすぐさま止めなくては……」


 そして、ジャケットの下のフォルスターから拳銃を引き抜くと、早々に混乱する修羅場へ足を向けようとする。


「待て! この人数では無理だ。応援が到着するのを待とう」


 だが、そんな彼女の肩をマクシミリアンが抑えて制す。


「ええ。我々もそのように思います。もう間もなく武装した警官隊が到着するはずです。先程、応援を呼んでおいて本当に正解でした」


 二人の後に控える地元警官達の代表・コヴェントリー巡査部長も、マクシミリアンの意見に賛同する旨を述べる。


「それでは遅過ぎます! このまま悠長に待っていたのでは何人の犠牲者が出るかわかりません。ここは、わたし達だけでもなんとかしなくては!」


 しかし、ジェニファーだけは違っていた。彼女は皆に反論すると、肩に掛ったマクシミリアンの手を振り解き、紛争の真っ只中へと駆け出して行く。


「待てっ! 危険だっ!」


 マクシミリアンは彼女の背中へ手を伸ばして叫ぶが、ジェニファーは止まらない。


 同じ警察官とスキャンダルを起したばかりか、件の犯罪者達の中にその原因となったかつての恋人がいるという爆弾を抱え、今の彼女は刑事としての未来を完全に断たれてしまっている……それは、そんな絶望的現状を覆すべく、功を焦ったが故の愚かな行為であった。


「チッ…愚かな……已むを得ん。我々も行くぞ!」


 予想外の彼女の行動と、それを予測できなかった自分に舌打ちをしたマクシミリアンは、仕方なく警官達に号令を発し、ジェニファーの後に続いた。


「動かないで! 警察よ! 武器を捨てて手を上げなさい!」


 混乱する戦場に舞い降りると、ジェニファーは警察のバッジを頭上に掲げ、拳銃を戦う者達の方へ向けて叫ぶ。


 が、円卓の騎士団もテロリストの方も、戦いに夢中となっている連中はそんな声に反応しようとすらしない。


「サツだあ? 今はサツまで相手にしてる暇はねえぞ?」


 刃神も聖杯の騎士三人と剣を交えながら、面倒臭そうに独白する。


「まったくよ。来るならもっと手の空いてる時に来てほしいものね」


 同じくマリアンヌも両手にサブ・マシンガンを抱えてガウェイン卿と銃撃戦を繰り広げながらツッコミを入れる。


「今度はサツかよ~。もう、これ以上ややこしくしないでほしいもんだな……ええい! 我が円卓の騎士達よ!予を悪逆非道な国家権力より守るのだ!」


 また、すっかりその気になってしまったアーサー王役のアルフレッドは、どくさに紛れて身勝手な命令を騎士達に発している。


「ハッハッハッ! サツか。女一人でのこのこやって来るとはいい度胸だぜ。その度胸を讃えて、俺が直々に血祭りにあげてやる」


 そうした中、誰も見向きもしないジェニファーに独り興味を示す者がいた。モルドレッド卿が〝アグラヴェイン卿〟と呼んでいるあの男である。


「あなた達、止まりなさい! もうすぐ応援の警官隊も来るわ! 抵抗しても無駄よ! ……ちょっと、あなた達!わたしの言うことが聞こえないのっ!」


 喧噪と火薬の臭い渦巻く戦場で、なおも虚しく叫ぶジェニファー……人を掻き分け、そんな彼女の方へ近付くと、アグラヴェイン卿は舌舐めずりをして大口径の拳銃を向ける。


「危ないっ! 逃げるんだ、オーモンド刑事っ! うくっ…」


 追いかけて来たマクシミリアンがそれに気付き、注意の声を彼女に発するが、足下に被弾したサブ・マシンガンの弾に阻まれ、それ以上近付くことができない。


「……!」


 マクシミリアンの声に、ジェニファーはようやく自分に向けられた銃口に気付くが時既に遅し。アグラヴェイン卿は引鉄にかけた人差し指に力を込める。


「死にな……我々を迫害してきた権力の象徴め……」


「キャアっ!」


 次の瞬間、乾いた発砲音とともにジェニファーの悲鳴が夜の闇を引き裂く。


「うごが……」


 ところが、思わず瞑った目をジェニファーが開けてみれば、放たれた弾丸は明後日の方向へと飛んで行き、逆に銃を放ったアグラヴェイン卿の方が、突如、暗闇から飛び出して来た何者かの握る剣によって腹部を串刺しに貫かれていた。


「……⁉」


 突然の出来事に、ジェニファーもマクシミリアンも、他の警官達も息を飲む……闇より颯爽と現れたその者は、息の絶えかけたアグラヴェイン卿から剣を引き抜き、一振りして刃に付いた鮮血を落としている。


 銀色に輝くボディ・アーマーにクローズ・ヘルム型の兜を被ったその姿……左肩にかかる盾に描かれた白地に赤い斜めのストライプ紋様……それは誰あろう、あの夜、ティンタジェルから姿を消したままになっていたランスロット卿であった。


「ジョナサン……」


 ジェニファーは狐に抓まれたような顔で彼を見つめ、ぽつりとかつての恋人の名を呟く。


「ジェニファー、大丈夫か⁉ どこか怪我は⁉」


 一方、ランスロット卿の方は驚く彼女の反応など気にすることなく、それよりも彼女の身を案じている様子で飛び付くようにしてジェニファーの手を取った。


「え、ええ。大丈夫よ……でも、あなた、どうしてここが?」


「ハァ…良かった……これは奇跡だよ、ジェニファー! 神様が僕らの愛をお認めになって、救いの手を差し伸べてくださったんだ!」


 たった今まで命の危機に瀕していたことも忘れ、彼への疑問を口にするジェニファーに、ランスロット卿は安堵の溜息を吐くと興奮した様子で話し始める。


「今朝、夢に見たんだよ! 君がこのグラストンベリーの丘で助けを求めている姿をね。それで居ても立ってもいられなくなって、ここへ来てずっと身を潜めていたんだ。そうしたら本当に円卓の騎士団が現れて、そこに来た君が撃たれそうになった……これは正夢だ! 僕らの愛が奇跡を起こしたんだよ!」


 早口にその理由を説明したランスロット卿は、言い終るが早いか強く彼女を抱きしめる。


「ちょ、ちょっと、ジョナサン! ……ハァ…ありがとう。わたしったら本当に馬鹿ね。あなたはずっと、そうやってわたしを愛してくれてたっていうのに……」


 その熱い抱擁に、初めは恥ずかしそうに身を仰け反らすジェニファーだったが、自分の中にある彼への愛情を再確認し、彼の胸の中にその身を委ねた。


 しかし、二人の甘い逢瀬はそれほど長く続かなかった……。


「ランスロットぉーっ! 貴様ぁっ、よくもぬけぬけとっ!」


 彼の姿を戦場に認めたガウェイン卿が、マリアンヌとの撃ち合いそっち退けでこちらへ突進して来たのである。


「危ないっ!」


 走りながら乱射してくるガウェイン卿の小銃弾に、ランスロット卿は我が身を盾にしてジェニファーを庇う。


「ジェニファー、君は危ないから下がってるんだ。大丈夫、もう君を残してどこへも行ったりしないから」


 そして、誰もいない安全な場所へと彼女を押しやると、自分は迫り来るガウェイン卿の方へ向かって行った。


 一瞬、再び火花が輝いたかと思うと、甲高い金属の潰れる音が鳴り響く……銃弾を避けて振り下ろしたランスロット卿のアロンダイトが、自動小銃の銃口をぐしゃりと叩き潰したのだ。


「クソっ! おのれ、よくも…」


 するとガウェイン卿は腰の愛剣ガラティーンを抜いて斬りかかり、さらに甲高い金属音を響き渡らせると、二人の円卓の騎士の名剣はこのグラストンベリーの地で相見えた。


「やめるんだ、ガウェイン卿! 君達とは戦いたくない!」


 がっしりと剣を斬り結び、ギリギリと鎬を削りながらも、それでもランスロット卿はガウェイン卿の説得を試みようとする。


「まだ言うかっ! 貴様はガヘリス卿を殺した! 兄妹の仇は必ず討ち果たす!」


 だが、前世では兄弟であり、今世では妹のような存在であったガヘリス卿を殺された怒りに狂うガウェイン卿は、やはりがんとして聞こうとはしない。


「あれは仕方がなかったんだ! 私だって殺したかった訳じゃない。だが、あの時はそうしなければ、ジェニファーの命が……」


「フン…ならば、今度はこっちが貴様の大事なあの女を殺し、同じ苦しみを貴様に与えてやるまでだ。さあ、それが嫌だったら俺と本気で闘え! どちらかが死ぬまでこの戦いは終わらんと思え!」


「くっ……最早、避けられないか……ガウェイン卿、愛する者を守るため、悪いが死んでもらうぞ!」


 弁明も役には立たず、さらに恋人の命を奪うとまで脅されたランスロット卿は、結んだ剣を振り解くとその切先をガウェイン卿に向け、ついに闘う覚悟を決めるのだった――。

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