ⅩⅣ 伝説の再現(1)

「――フフ…おもしろいことになってきたじゃない」


 反逆者ランスロット卿とグウィネヴィア妃―—ジェニファーの処刑を強要され、窮地に立たされたケイ卿ことアルフレッドが必死に心中で助けを求めていたその時、実は彼が願うまでもなく、刃神とマリアンヌの二人は既にこの地へと到着し、すぐ近くの〝城門〟の裏に隠れていた。


 円卓の騎士団の到着よりも遥かに早くやって来ていた彼らは、入江や半島側からの道などティンタジェル城へのすべての出入口を見渡せるこの場所で、得物がのこのこやって来るのを今や遅しと待ち構えていたのである。


「ああ、詐欺師からヤツらの一人とあのサツの女ができてるとは聞いてたが、こんな内ゲバをおっ始めてくれるとはな…モゴモゴ…」


 壁に開いた穴から敵の様子を覗うマリアンヌの傍らで、来る途中のパン屋で買ったコーンウォール名物〝コーニッシュ・パースティー〟を食いながら刃神が答える。


「これって、お宝をいただくには好都合なんじゃない?この混乱に乗じてヤツらに襲いかかれば……って、ちょっとパイなんて食べてる場合じゃないでしょう?」


「だから、腹が減っては戦はできねえってこの前から言ってんだろ…ゴクリ……フゥ、ま、これで腹拵えもできたことだし、なんか詐欺師も困ってるようだから、こっちもそろそろパーティーに参加してやるとするか」


 いつもの如く場違いな行動に苦言を呈するマリアンヌへそう返すと、刃神は背負っていた〝太くて短いブロンラヴィン〟の柄へ手をかける。


 その言葉に、マリアンヌも不敵な笑みを可愛い顔に浮かべると、彼女の仕事着であるクリーム色のドレスの裾をたくし上げ、両太腿に着けたフォルスターの銃へと手を伸ばした。


「んじゃっ、ド派手に乾杯と行くぜえぇぇぇーっ!」


 そう叫ぶや刃神は隠れていた壁の上へ飛び上がり、さらにそれを踏み台にして高々と夜空へ跳躍する。


「イヤッハーッ!」


 そして、奇声を上げながら騎士達とランスロット卿との間に飛来すると、大きく振りかぶったブロンラヴィンを思いっ切り地面に叩き付けた。

 

 巨大で分厚い鉄板のようなブロンラヴィンの刃が、夜のティンタジェル城にドオォォォーン…! と不気味な地響きを立てる。


「キャッ…!」


 その衝撃に、ジェニファーはうっかりバランスを崩して背後に倒れそうになる。


「ジェニファーっ!」


 だが、その腕をランスロット卿が咄嗟に摑み、彼女を自分の懐へと引き寄せる。


「………ジョナサン」


 彼のひんやりとしたボディ・アーマーにしがみ付き、顔を上げたジェニファーは、久々にこんな近くで見る恋人の顔に、どこか懐かしい感覚となんともいえない彼への愛おしさを感じていた。


 一方、ベディヴィエール卿ら円卓の騎士達は、轟音とともに突如、上空から降って来た謎の黒い物体に驚きのあまり固まってしまう。


 もしここがティンタジェルではなく、ブラム・ストーカー所縁のウィットビーだったならば、かのドラキュラ伯爵が化けた巨大な蝙蝠が襲って来たものかと誤解したかもしれない。


「いよう。久しぶりだな、円卓の騎士の皆さんよ。この前持ってかれた俺のエクスカリバー、返してもらいに来たぜ?」


 騎士達が大きく見開かれた目で見守る中、飛来した謎の物体はぬうっと立ち上がると、暢気な口調で開口一番にそう告げた。


「き、貴様は、あの夜、博物館にいた……なぜ、貴様がここにいる?」


「ああっ! ベイリン卿!」


 その黒いロングコートを纏った長身をしばし眺めた後、ベディヴィエール卿がさらに驚いた様子で声を上げると、それを引き継ぐかのようにガラハッド卿も叫ぶ。


「だ、旦那ぁ……」


 アルフレッドも刃神であることに気付き、顔色を明るくして小さな声で呟く。


「おうよ。そう呼びたいんなら勝手にそう呼びな。んなら、俺も双剣の騎士ベイリン卿として、てめーらのアーサー王ごっこの仲間に入れてもらうとするぜ。今度は、この『ロブナイの夢』に出てくる〝オスラのナイフ〟でなっ!」


 唖然とするベディヴィエール卿らにそう答えると、刃神は地面に突き立ったブロンラヴィンを引っこ抜いて、円卓の騎士達目がけて横薙ぎに薙ぎ払った。


「うがっ…」


 前列にいたベディヴィエール卿、ガウェイン卿、モルドレッド卿らが咄嗟に盾を構えたものの、呆然と立ち尽くしていた騎士達はその強烈な一撃に全員一緒に吹き飛ばされる。


「あ、危なぁ……ちょ、ちょっと、いきなり勘弁してくださいよぉ……」


 どうやらアルフレッドはわずかな時間差で脇へ逃れていたため、辛くもまきぞいは逃れたようである。


「よし! 今の内だ!」


「え、ええ……」


 また、その隙にランスロット卿はジェニファーの手を引いて歩道の方へと逃れる。


「さてと。そんじゃ、このお宝は遠慮なくいただいて行くとするぜ。エクスカリバーの箱はどれだ? この細いやつのどっちかか? とすると長え方かな……」


 そんな二人に目をくれることもなく、騎士団を一時的に排除した刃神は、壁の残骸の上に置かれたアーサー王の宝が入った箱へと近付き、物色を始める。


「……っ!」


 だが、彼が木箱の一つへ手をかけようとした瞬間、その足下に銃弾が連射され、地面の石材と跳弾が土煙をあげて弾け飛んだ。


「チッ! また騎士のくせに飛び道具かよ」


 見ると、先程殴り倒した騎士の一人、五芒星の盾を着けたガウェイン卿が上体を起こしてサブ・マシンガンを構えている。


 旧トゥルブ家邸博物館の時と同様、彼らは刀剣類ばかりでなく、近代的な銃火器でも武装しているのである。


「非道の騎士ベイリン卿! 我らの王の宝から離れてもらおうか!」


 銃口を突き付け、ガウェイン卿は刃神に命じる。


 その周りでは、他の騎士達もようやく起き上り、剣や銃を闖入者に向けて構え始めている。


「ちょっと皆さん、この華麗なる怪盗の存在をお忘れじゃありませんこと?」


「うわっ!」


 しかし、起き上がった騎士達の足下へ、そんなふざけた台詞とともにこちらも前方から銃弾が連射される。


「伏せろっ!」


 当たりはしなかったものの、再度の予期せぬ攻撃に手前にいた騎士達はまたしても地面に転がされ、後方にいた者達も危険を感じて身体を低くする。


「こんなこともあろうかと、今日はこれを持って来といて正解だったわ」


 先程、刃神が踏み台にした石壁の上に立ち、愉しげにそう呟くマリアンヌの両手には、騎士達に向けて二丁の拳銃が握られている。


 だが、それはいつも彼女が持っている愛用のベレッタM8000クーガーとワルサーP5ではなく、〝ベレッタM1951R〟と〝ベレッタM93R〟という、拳銃をベースに作られた小型短機関銃マシン・ピストルだ。


 M1951Rはマシンガンのようにフルバーストで弾が発射でき、M93Rの方は命中率を高めるためにフルバーストはできないものの、三点バーストという一度に三発連射される機構が付いている。


「お、お前は妖妃モルガン!」


 盾で頭部を庇いながら振り返ったガウェイン卿は、暗闇の中、仄かな月明かりとランタンの光に浮かび上がるそのクリーム色のドレスと赤い三角帽を身に着けた奇抜な姿に、旧トゥルブ家邸博物館でのことを思い出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る