Ⅴ 夜の博物館での邂逅(7)
「作戦完了ーっ! 全員、撤収だっ!」
だが、ここで彼らの闘いには水が注される……皆に指示を出していた頭目と思しき騎士が、一階ホールでそう声を張り上げたのである。
「ランスロット卿、ガウェイン卿、貴殿らもそこまでだ!引き上げるぞ!」
続くその言葉に、刃神と剣を交えていた自称ランスロットも飛び退いて間合いを取る。
「時間切れか……この勝負、今度相
「ああん?」
また、マリアンヌと銃撃戦を繰り広げていた五芒星盾の騎士――ガウェイン卿と呼ばれた者も、一階ホールの方を気にして、不意にその動きを止める。
「チッ…やむを得んな……」
「えっ? 何……」
気が付くと、いつの間にやらすべての銃声が鳴り止み、博物館の中はやけに静かになっていた。
ブゥゥゥゥン…! というエンジン音がその静寂を再び破り、それぞれに騎士の駆る、奪った収蔵品を満載したバイクが一階ホールから正面玄関を通って夜の闇へと走り出して行く。
同じく二階に上がって来ていた騎士達も、バイクに飛び乗ると階段を駆け下り、先に出た仲間の後を追って行く。
刃神とマリアンヌが最初に隠れた展示ケース内の〝王笏〟と〝王冠〟、さらにもう一つのレガリアである〝宝珠〟も、いつの間にやら彼らの手によって回収され、今や走り去るバイクの荷台に括り付けられた袋の中だ。
そして、ランスロット卿を名乗る騎士、ガウェイン卿と呼ばれた騎士も刃神達から離れ、アイドリング状態だった自身のバイクへと素早く跨った。
「あっ、コラ! 俺のエクスカリバー返せ!」
エクスカリバーを積んだバイクを発進させようとする自称ランスロットに、そう叫びながら刃神は飛びかかろうとする。
「うっ…!」
が、それを援護するかのようにガウェインの騎士がサブ・マシンガンを彼の足元目がけて放ち、刃神はその足を止められてしまう。
「ちょっと待ちなさい! それはあたしのお宝よ…きゃっ!」
代って駆け寄ろうとしたマリアンヌだったが、彼女も威嚇射撃を受け、その場で慌てて立ち止まる。
そうしてできた僅かな隙を突き、最後に残っていたその二人の騎士も、エクスカリバーともども猛スピードで階段を駆け下りて行った。
「ちっくしょおーっ! 待ちやがれっ! ゴラッ!」
それでも追い駆けようと刃神は階段の縁まで走ったが、その時にはもう、彼らの姿は屋外の暗闇の中にかき消され、遠ざかるバイクのエンジン音だけがヴゥゥン…と虚しく後に尾を引いている。
「………………」
残された刃神とマリアンヌは、呆然と立ち尽くし辺りを見回す……。
嵐が過ぎ去ったかのように静寂を取り戻したそこには、ここは戦場かと見紛うばかりの惨憺たる光景が広がっていた。
瀟洒な造りをしていた元貴族のお屋敷内は、壁という壁が蜂の巣のように無数の弾痕で抉られ、床には割られた展示ケースのガラス片と、まだ熱を帯びた大量の薬莢が散らばっている。
この静けさから容易に想像はついたが、一、二階の廊下の入口には、何発もの銃弾を浴びせられた警備員四名の遺体が、真っ赤な血溜りを作って転がっていた。
「何……なんなのよいったい!? ……ねえ、あいつらいったいなんなの⁉」
刃神の傍らまで来たマリアンヌが、いつになく困惑した顔で彼に食いつく。
「俺が知るかっ! 聞きてえのはこっちの方だっ!」
同様に訊かれてわかるはずがない刃神も、苛立たしげに思わず声を荒げる。
「クソっ! やられたぜ……どこのどいつだか知らねえが、俺様のエクスカリバーを横取りなんぞしやがって……」
「あ、あのう……」
そんなところへ、申し訳なさそうに声をかけるもう一人の人物がいた。
「…⁉」
その声に驚き振り向いた刃神とマリアンヌは、それぞれに剣と銃を声のした方向へと向ける。
「あ、ああ! ちょ、ちょっと待ってください! 怪しいもんじゃないですから……というか、本当は怪しいんですけど……」
剣先と銃口を突き付けられた人物は、慌てて両手をバタバタと振り、二人に物騒な真似はしないでもらうよう、必死に訴える。
「私、ここの遺跡の発掘調査をしてる者でして……」
それは、独り物影に隠れていて助かったアルフレッド・ターナーだった。
「ん? ……ああ、そういえば、昼間、あのなんとかいう博士と一緒に遺跡でも見かけたような……」
アルフレッドの顔をまじまじと見つめたマリアンヌは、記憶を辿ってなんとなくその顔を思い出す。
「そうか。連れの方は
刃神も先程見た光景を思い浮かべ、アルフレッドの蒼白な顔を眺めながら呟いた。
「ええ。なんとかおかげさまで……で、お訊きしたいんですが、今のやつらはいったい何者です?」
アルフレッドは頭を掻きながら苦笑いをしてみせると、不意に真面目な顔に戻って刃神達に尋ねる。
「だから、俺が知るわけねえだろっ! こっちだってなあ、いきなりあんな騎士野郎にお宝横取りされて、何がなんだかさっぱりだっつんだ」
「そうよ! なんなのあれ? なんかの宣伝⁉ それともパレードかなんか⁉」
「え? 横取り? ……あ、そう言われてみれば、あなた達は……えっ? もしかして、あなた達も……盗賊さん?」
狂犬のように吠える刃神と、お前が言うかというような奇抜な衣装をしたマリアンヌの顔を見比べ、アルフレッドがようやくそこに思い至ったその時、どこか遠くから風に乗ってパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
「チッ…
その音に耳を澄まし、刃神は苦々しげに呟く。
「このままここに長居してると、いただくもんもいただいてねえのに濡れ衣着せられちまうな……とりあえず、ここは早々に退散した方がよさそうだ」
それから二本の剣を背負った鞘に納めると、早々に扉の壊れた正面玄関の方へと階段を下り始める。
「ええ。そうみたいね……」
それに続き、マリアンヌもすたすたと足早に彼の後を追って行く。
「あ! ちょ、ちょっと、お二人さん…!」
そんな二人の背中に手を伸ばし、アルフレッドも思わずその後に続いたが、階段を真ん中くらいまで下りた所で、急に立ち止まって後を振り返った。
「ハンコック博士……」
見上げた二階の廊下に寝かせてあるハンコックの遺体を気にかけ、しばし、アルフレッドはその場で足を止める。
そして、心残りをふっ切るかのように前を向き直ると、刃神達を追って再び駆け出した。
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