Ⅹ 探求者達の旧所名跡ツアー(5)
1週間後、正午より5分前。サマセット州・サウスキャドベリー丘……。
この大きな堀で囲まれた高さ150メートルの丘の平らな頂に、新生円卓の騎士団の面々は穏やかな春風に吹かれながら立っていた。
長閑な村の
1週間前、〝マーリンの予言書〟に従ってそれぞれに与えられた冒険の結果を報告し合うべく、約束通り彼らはこの地に集まったのであった。
しかし、正午までにはまだ若干の時間があるせいか、円卓の騎士達は全員揃ってはおらず、姿が見えるのは男6名、女2名の計8名である。
「ここがキャメロットの有力な候補地の一つ、かのサウスキャドベリー丘城なのですね?」
すでに集まっている者の一人、黒いジャケットを羽織った学生風の若者が、頂上からの雄大な景色を眺めながら弾んだ声で言った。
「そう。テューダー朝の好事家ジョン・リーランドがキャメロットの跡だと考えた場所だ。16世紀以降、地元の人々もここを〝キャメロット〟と呼び、教会の南には〝キャマレイト〟なる地名がある。そこにはかつて有名な城か町があって、アーサー王がよく訪れていたという伝承もあるそうだ。1960年にレズリー・オールコックが発掘調査をした際には、この頂上部分からローマ時代の宴会用大広間の跡が見付かっている。宴会用の広間は、アーサー王の生きた当時の城には不可欠なものだ。また、木材による五重の櫓付き城壁と木製の門楼があったこともわかっているな」
若者の問いかけに、彼の背後に立つ灰色のスーツにソフト帽を被ったベディヴィエール卿が観光ガイドのように説明する。
「確か、紀元61年の王妃ブーディッカ率いる〝イケニ族の叛乱〟の時の跡も見付かっているとか」
「さすが元将校だな、ガウェイン卿。ここの発掘では人の骨や武器、炎による城の破壊の跡なども確認されているが、その乱の際、ウェールズから帰って来たローマの司令官スエトニウス・パウリヌスの軍が行ったものだと考えられている。もう一つ付け加えると、ここは
同じくすでに到着していたガウェイン卿の言葉に、振り返ったベディヴィエール卿はそう補足を加える。
「では、やっぱりここがキャメロットである可能性が高いんですね…」
再び黒いジャケットの青年がそう口を開こうとした時。
「いや~遅れてすみません」
まだ到着していなかったユーウェイン卿、パロミデス卿、ラモラック卿の三人組が、急な丘の坂道をあくせく登って姿を現した。
「ほんとはもっと早く着くつもりだったんですが、昨夜飲み過ぎたラモラック卿がなかなか起きてくれなかったものでして……」
到着早々、いつもの申し訳なさそうな顔をしてユーウェイン卿は皆に謝る。
「別に遅刻したわけじゃねえからいいじゃねえかよ。ほら、時間ちょっきしだぜ?」
そんなユーウェイン卿のとなりで、少々二日酔い気味のラモラック卿はスポーツタイプの腕時計を見せながら反論する。
「私達で最後ですか?」
「いや、ランスロット卿がまだ来ていない。遅刻だな……」
さらにそのとなりで、既に集まっている仲間達を見回して尋ねるパロミデス卿に、渋い表情でガウェイン卿が答えた。見ると、確かにランスロット卿のすらりとした長身はその中に見られない。
「まあ、その内来るだろう。では、定刻となったので、冒険の報告をそれぞれに始めてもらいたいと思う」
だが、それをあまり気にはしていない風のベディヴィエール卿は、そう言って各人の冒険報告会をさっそくに始めた。
「そうだな、まずはダラムの〝アーサーの丘〟に行ったガラハッド卿、ボールス卿、パーシヴァル卿の三人からお願いしよう」
「はい……それが……」
一番手に指名されると、それまではにこやかだった黒ジャケットの青年始め、ダラム組若手三人の顔が急に暗くなる。
「がんばってアーサーの丘を掘ったんすが、宝はさっぱり出てこなかったっすよ。騎士達の亡霊も出てこなかったんで、それはまあ良かったんすが……」
パーシヴァル卿が、訴えるような眼を向けてベディヴィエール卿の問いに答える。
「すみません。冒険は失敗です。かなり探しはしたのですが……」
続いて、牧師のような黒服の若者も申し訳なさそうに述べる。
「そうか……まあ、時にはそのようなこともある。そんなに気を落とすな……それでは次に、アングルシー河畔の〝アーサーの洞窟〟に行ったガウェイン卿、モルドレッド卿、ガヘリス卿。そなた達はどうだった?」
二番目にベディヴィエール卿がアングルシー組三人を指名すると、名を呼ばれたガウェイン卿もその表情を硬くする。
「それが、恥ずかしながら我々も失敗に終わりました。環状列石の立っていたと思しき所を掘り返してはみたのですが、財宝はおろか、それを守る魔法の生き物達の気配すら見られず……」
「こういってはなんだが、あんな所にアーサー王の財宝があるようには思えなかったぞ? あれはただの迷信の類いではないのか?」
「ええ。わたくしもお兄さまの意見に賛成ですわ」
一方、畏まって報告するガウェイン卿の傍らで、モルドレッド卿とガヘリス卿の二人は不満大ありという態度で逆に文句を口にする。
「こら、お前達なんてことを言うんだ!」
「まあよい、ガウェイン卿。二人がそう言うのも冒険を成し遂げられなかった悔しさが故のことだろう。これからもその悔しさをバネに己の騎士道を磨くのだ。次、今度はドーストンの〝アーサーの石〟に行ったユーウェイン卿、パラミデス卿、ラモラック卿。貴殿らだ」
妹…というか、弟にあたる二人を嗜めるガウェイン卿だったが、そんなロッド王の長兄を宥めると、ベディヴィエール卿は今しがた来たばかりの三人の方へ視線を移した。
「まあ、なんと申しましょうか……実はこちらも手ぶらで……」
「ええ。同じく岩の下付近を掘ってみましたが、人間の骨みたいなものは何も出てきませんでした」
すると、ユーウェイン卿とパラミデス卿も、先程からの申し訳なさそうな顔のままにそう報告する。
「仕方ねえよ。あんだけ掘っても出てこなかったんだからよ。俺達のミスじゃない」
ドーストン組のもう一人ラモラック卿も、相変わらず反省の色は見せぬ代わりに、他の二人を慰めるように言う。
「そうか。そちらも駄目だったか……では、ランスロット卿はまだなので、とばしてセント・マイケルズ・マウントに行ったトリスタン卿。貴殿の方はどうであった?」
「なんだ、みんな全滅かよお~。んじゃあ、俺の結果は発表しない方がようさそうだな。俺もそんな大したことはできなかったからよ……ククク…」
冒険の成功者が誰一人として現れぬ中、最後に振られたトリスタン卿もその口振りからしてやはり失敗したかに思われるのだったが、なぜだか彼は含み笑いを見せた後、顔を上げて愉快そうに答えるのだった。
「ま、別に自慢できるようなもんじゃねえが、コーンウォールの地方紙を買って来たから見てみな。俺の果たした些細な冒険のことが記事に載ってるぜ? 〝セント・マイケルズ・マウントの最上階の部屋に、何者かが深夜忍びこんで円卓の旗を立ててった〟っていう珍事件のな」
言うと、トリスタン卿は革ジャンの懐から折りたたんだ新聞紙を取り出し、写真入りの小さな記事を皆に見せる。
ベディヴィエール卿を始め他の者達が覗き込むと、どこかの部屋に掲げられた、紛れもなく自分達の〝円卓の旗〟の写真がそこにはあった。
「おお、これはまさしく……トリスタン卿、見事、冒険を成し遂げたな」
記事を確認し、ベディヴィエール卿は称賛の声を上げる。
「貴殿は本当に冒険を成功させたのか……」
「トリスタン卿だけが成功を……」
すると、ガウェイン卿やパラミデス卿ら冒険に失敗した他の者達は、嫉妬の思いがあるのか、複雑な表情で口々に呟く。
「フン。トリスタン卿の冒険は、あるかもわからぬ宝を探す我らのものとは違うからな」
「そうですわ。お一人だけずるいですわ!」
中にはモルドレッド卿、ガヘリス卿のように、露骨に嫉妬の言葉を表す者もある。
「ヘヘヘ、まあ、そんな焼くなって。確かに俺の冒険の方が成功確率は高かったかもしれねえな。でも、こっちは独りでだからな。これでも厳しい警備を掻い潜って旗立ててくんのには苦労したんだぜ? それに、これだけじゃ物足りないと思って、カースル・ドアっていう同じコーンウォールにある丘城にも自主的に行って、そこにある〝トリスタン石〟っていう前世の俺の墓の横にスイカズラも植えてきてやった。もちろん、マリ・ド・フランスの『スイカズラ』にちなんだ、俺様特有の愛のジョークってやつよ」
しかし、成功者の余裕か? それとも元来の性格のためなのか? トリスタン卿はそうした誹謗に怒ることもなく、砕けた調子で自身の苦労譚を語る。
「おおーい! みんなーっ!」
と、その時である。
どこからか、そんな聞き憶えのある呼び声が、丘を吹き上げる風に乗って聞こえてきたのだった。
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