Ⅵ 真夜中の安宿会談(1)

 旧トゥルブ家邸博物館を正体不明の騎士団が襲撃したその日の深夜……。


 石上刃神はキャメルフォード近郊にあるINNの一室で、あまり上等ではないベッドの上に腰掛け、目の前の古ぼけたソファに座るうら若き女性をものすごく不機嫌そうな顔で睨んでいた。


「……で、なんで、てめえもここにいんだよ?」


 さらに陰険極まりなく眉根をしかめ、刃神はどすの利いた声で呟く。


「うーん…なんでと問われれば……成り行き? ほら、あんな戦闘した後だし、慌てて逃げて来たから、どっか落ち着ける場所で一息入れたいかな~と思って」


 しかし、刃神の鋭い視線の先にいる女性――マリアンヌは、まるで意に介することなく、惚けた調子でそんな風に答える。


「だからって、なんで俺の宿で一息入れなきゃならねえのかって訊いてんだっ! 休むんだったら自分の宿で休みやがれ!」


「それはまあ、なんていうか、なんとなく一緒の方向へ逃げてきちゃったし……それにあたし、お宝いただいたら、すぐにここを発つ予定だったから宿とってないのよね」


 声を荒げる刃神に、平然とマリアンヌは着替えその他諸々の入った革の四角い旅行鞄を見せて言う。


 彼女の服装はというと、先刻、旧トゥルブ家邸博物館に忍び込んだ時に着ていたクリーム色のドレスに赤いフリジア帽という奇妙な格好そのままである。


「知るかっ! んな、てめえの都合わよおっ! ……んまあ、千歩譲って、てめえは同業者だから、納得はいかねえがまだいいとしよう……だが、なんでおめえまでついて来てんだよ⁉ ええ⁉」


 刃神は苦々しげに、今度はマリアンヌの左隣に座る人物へと視線を向ける。


「いやあ、こちらもなんと言いますか……やっぱり、成り行きっすかねえ?」


 そこには、旧トゥルブ家邸博物館に住み込み、ハンコック博士の助手として丘城ヒルフォート遺跡の発掘調査をしていたマーク・ポプキンことアルフレッド・ターナーの姿もあった。


「いいか? 俺達はあの博物館に忍び込んだ盗人だぞ? それに対して、おめえはあの博物館の人間だろうが。なのに、なんで俺達について逃げて来てんだよ?」


 正体不明の騎士団にエクスカリバーを奪われた挙句、危うく現場で警察に包囲されそうになった刃神は、前もって取っておいたこのパブの二階にある安宿へと避難したのだった。


 しかし、どうしたことか商売敵の女怪盗と、さらには被害者の博物館関係者まで一緒について来てしまい、今、こうして狭い部屋の中で三人がバカみたいに顔を突き合わせているというわけだ。


 ちなみに三人は二階の窓からこっそり部屋に入ったので、宿の者やパブの客には目撃されていない。


「それはその……突然、あんな予想外の事態が起こっちゃったんで、ちょっとばかし動揺しちゃいまして……それに、こちらもあんまし警察のご厄介にはなりたくなかったりするものですから……」


 アルフレッドはなぜか恥ずかしそうに頭を掻くと、少々言い淀みながら小声で呟く。


「あん? ……そう言えば、あんな場に居合わせたってのに、カタギのわりにゃあ、やけに落ち着いてるな」


 その意味深な言葉を耳聡く拾い、刃神はアルフレッドに疑念の目を向ける。


「ああ、そう言われてみればそうね……あなた、ほんとに考古学者の助手?」


 それを聞くと、マリアンヌも彼に不審を抱き始める。


「ハァ……本来なら何がなんでも誤魔化し通すのが職分ってもんですがね、こうなったらこの際、正直に全部包み隠さず申し上げますよ。ええ……実は、ハンコック博士の助手マーク・ポプキンというのは仮の姿。本当はアルレッド・ターナーっていう米国生まれのケチな詐欺師でございまさあ」


「詐欺師?」


 一つ溜息を吐き、覚悟を決めたように告白するアルフレッドに、刃神とマリアンヌの二人は顔をしかめて同時に呟く。


「詐欺師? なんで詐欺師が遺跡の調査なんかやってんだよ? ……って、おい、ちょっと待てよ。ってことは、あの遺跡もエクスカリバーも、もしかして真っ赤な偽物…」


「あ、いえ、それについては少々話が立て込んでまして……本物とも偽物とも言い切れないというか…あ、遺跡の方は正真正銘、本物っすよ? 俺が言うんだから間違いありません…って、嘘言う商売の人間が言っても説得力ないっすね、テへへ」


 詐欺師が旧トゥルブ家領遺跡に関わっていたという事実から、お目当てのエクスカリバーが完全なる偽物である可能性を推理する刃神だったが、そんな彼の口をアルフレットが慌てて塞ぐ。


「何、どういうこと? あたし達にもわかるように最初から詳しく説明してくれる?」


「ええ。よござんすよ。そもそもはっすね、俺がロンドンのカジノで大勝ちしようとしてた時のことなんすが――」


 可愛らしい眉間に皺を寄せて尋ねるマリアンヌに、アルフレッドは少々無用な部分まで話しながらも、順序立ててこれまでの経緯を一から十まですべて語って聞かせた。

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