間章 ユーウェイン卿――ジャック・スティーブンス(35歳)の診察風景(2)

「ええ。本当の自分……つまり、前世の自分の記憶を思い出すのですよ」


「はい?」


「あなたが今抱えている問題のすべての原因はあなたの前世にあります。そう……あなたがアーサー王の円卓の騎士の一人、ユーウェイン卿であったことに」


「……い、いったい、なんの話をなされているんですか?」


 突然始まったカウンセラーの奇妙な話に、ジャックはひどく困惑した様子で尋ねる。


「〝ライオンを連れた騎士〟ユーウェイン卿……クレティアン・ド・トロワの作品ではイヴァン。また、オワインと発音されることもある円卓の騎士ですよ。ライオンを連れた騎士のお話は聞いたことありませんか?」


「は、はあ、詳しくは知りませんが、どこかで聞いたことはあるような……」


「まあ、サー・トマス・マロリーの『アーサー王の死』では、本来、彼のものだった活躍がパーシヴァル卿のものとされ、特に目立った役割も与えられてはいませんからね。広く知られていないのも無理はないかもしれません……」


 その真意を理解できぬまま、とりあえず答えるジャックだったが、そんなクライアントのことなど置いてけぼりにして、カウンセラーはなんの問題もないように話を続ける。


「ちょ、ちょっと、待ってください!そのアーサー王伝説に出てくる騎士と私の問題がどう関係あるって言うんですか⁉」


「それは、ユーウェイン卿がなぜ〝ライオンを連れた騎士〟と呼ばれるようになったかという、その経緯いきさつを知ればおわかりになりますよ」


「経緯?」


「まだ未熟な騎士だった頃、ユーウェイン卿は武名を上げるため、ブロスリアンドの森にある魔法の泉を守っていた騎士エスクラドスと闘ってこれを殺し、エスクラドスの城に行って未亡人になったその騎士の妻、貴婦人ロディーヌと結婚します。しかし、結婚後すぐにゴヴァン――即ちガウェイン卿の冒険に付き合わされることとなり、ロディーヌはユーウェイン卿に一年だけ冒険に行くことを許すのですが、彼は約束の日に帰ることを忘れ、ロディーヌの愛を失ってしまうのです……この話、どこか、あなたの場合と似ていませんか?」


「似て……いますか?」


 ここまで言われてもまだピンと来ていないようなクライアントに、カウンセラーはより直接的な言い方に変えて彼に告げる。


「ええ。そっくりですよ。騎士の最も重要な務めは戦争で戦うこと。また、そのために冒険の旅に出て武芸を磨くことも言ってみれば騎士の〝仕事〟です。ユーウェイン卿はその〝仕事熱心なあまり〟、妻ロディーヌとの約束を破って、彼女に愛想を尽かされてしまったのです。これは仕事が忙しくて奥様を放ったらかしにし、奥様の愛を失ってしまったあなたと同じではないですか?」


「…!」


 それを聞いた瞬間、ジャックはようやく理解したのか、眼鏡の奥の目を大きく見開いた。


「そ、それは……し、しかし、それだけで似ているというのは……」


「いいえ。それだけではありません。あなたは離婚して間もない奥様との仲をカフェにいた若い給仕の娘に取り持ってもらったと言っていましたが、夫を殺した仇である彼の愛を受け入れないロディーヌを得るため、ユーウェイン卿も彼女の妹であるリュネットの助けを借りているのです。夫を失って間もない女性…若い娘による恋の仲立ち…これらの奇妙な符合も、すべてはあなたがユーウェイン卿であったがための運命さだめなのです」


「……そ、それは、あまりにもこじつけが過ぎやしませんか?」


 そう口で批判してはいるものの、心の内では自分とユーウェイン卿との類似性に何か運命めいたものと、そのことに対する言いようのない不安をジャックはそこはかとなく感じている。


「いいえ。こじつけではありません。あなたは紛れもなくユーウェイン卿なのですよ。そして、あなたが奥様の愛を取り戻すためには、ユーウェイン卿同様、冒険の旅に出なくてはなりません」


「妻の愛を……取り戻す……」


 その言葉に、ジャックは思わず耳を傾ける。


「犯した罪を購う手立てを求め、再び冒険の旅へと向かったユーウェイン卿は、ある冒険で大蛇と戦っているライオンを助けました。すると、そのライオンがいつも彼につき従うようになり、このライオンによって彼はロディーヌの愛を取り戻すのです……そう。あなたが今なすべきは、再びユーウェイン卿として〝ライオンを連れた騎士〟の旅に出ることなのです!」


「ライオンを連れた騎士の旅……」


「彼が連れていたライオンは実際の動物の獅子ライオンという解釈の他に、獅子ライオンがキリストの象徴であることから、神の恩寵・献身の理想などの象徴とする考え方もあります。即ち、女性に対する挺身的な愛を伴う騎士道的な冒険を通し、あなたは奥様に対していかに接するべきなのかを学ばなければならないのですよ」


「……あ、ああ、そういうことですか……あなたは、その、ユーウェイン卿の故事を例えに私のなすべきことを教えてくださっているのですね……」


 本当は既にそうでないとわかっていながらも、そう言って自分を誤魔化すジャックだったが。


「いいえ。これは例えでも比喩でもありませんよ、ジャック・スティーブンスさん。私は真実、あなたの前世がユーウェイン卿であったと言っているんです」


「で、ですが、そんな、伝説に出てくる架空の人物が前世だなんて……」


 真剣な表情で語るカウンセラーにジャックは最後の抵抗を試みるが、その常識的な意見も一瞬にして打ち砕かれる。


「ユーウェイン卿は完全に架空の人物とは言い切れません。そのモデルは6世紀末にイングランド軍を破ったウリエンス王の息子とされていますし、彼の物語で有名なものはクレティアン・ド・トロアの『イヴァン』ですが、もとの起源はケルト系であり、かなり古い部類に属するものと考えられるのです」


「で、ですが、ライオンを連れた騎士なんか……」


「ちなみに彼の連れているライオンも、現在、ブリテンには生息していませんが、16世紀のスコットランドの歴史家ボゥイースがかつてスコットランドにもいたことを主張していますし、古いアーサー王の物語ではブルノールという円卓の騎士やガウェイン卿、ケイ卿がアングルシー島でライオンを殺しています……そう。ライオンを連れた騎士ユーウェインは実在の人物であり、そして、現在のあなたなのです!」


「………………」


 ジャックは何か反論しようと言葉を探してみたが、まるで気負ったライオンのように口から何も発することができなかった。


「まあ、こんな話を突然されても信じられないのは無理のないことです。よろしい。それでは、これからあなたに退行催眠をかけて、前世の記憶を蘇らせて差し上げましょう。なあに、すぐにすべてを思い出しますよ」


 信じがたい自分の運命に茫然自失とした様子のジャックを、カウンセラーはふかふかのソファに深々と腰掛けるよう促す。


「さあ、どうぞ、そんなに身構えずに。目を瞑って気を楽にしてください――」

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