Ⅸ 冒険ごっこ(6)

 その頃、ウィンチェスターの市街地にある彼らのアジト〝ティ・グウィディル〟では……。


「ハッハッハっ! いや~おもしろいほど今回はうまくいったぜ!」


「ああ。新聞でも〝現代版幽霊の狩猟?〟って、俺達の記事をデカデカと取り上げてる」


 その〝ガラスの塔〟の名に相応しく、壁面のほとんどをガラスと鉄骨の骨組みで造った流麗な二階建て建造物の一室で、〝新生円卓の騎士団〟の12人は自分達の果たした冒険を自画自賛していた。


「みんな、たまげちまっただろうな。本物の幽霊の狩猟が出たかと思ってよ」


 今、バカ笑いを上げたラモラック卿ことチャールズ・グリフィスが、同朋の持つ新聞を覗き込みながら満足げに言う。


「そりゃそうだろう。なんせ、真っ暗闇ん中から、突然、中世の騎士が馬乗って駆けて来るんだからな。記事によると、民俗学者や心霊研究家なんかも調査に乗り出してるらしいぜ?」


 その言葉に、先程、街で買って来たその新聞を持つトリスタン卿ことポール・ウォーレスが、やはり愉しげな声で答える。


「そうですかぁ。ならもう大成功ですね。これで僕らも〝伝説〟の仲間入りって訳だ。あ、でも、そうすると、ニューマーケットから馬を盗んだのも幽霊の仕業とかいう風に研究家は考えてるのかな?」


「幽霊でもなんでもいいっすよ。今回、いつものボディ・アーマーじゃなくて、本物の騎士の鎧が着れただけで俺はもう満足っす」


「そんなことよりも、これで我ら円卓の騎士団の存在が一躍世に知らしめられたことの方が大事。むしろ、すべてを幽霊説で片付けられて、我々の存在に注目が集まらなくなってしまうのは迷惑です」


 二人の会話に、黒いジャケット、格子模様のセーター、牧師のような黒服を着た3人の若者達も、弾薬の詰まった箱や旗のポールを運びながら、それぞれの感想を口にした。


「ま、世間様の評価はどうあれ、作戦は大成功に違えねえよ。やっぱ、ニューマーケットで馬盗んでからサマセットまでの輸送方法が良かったよな。検問でも全然気付かねえでやんの」


「ああ。普通、馬なら家畜用のトラックかなんかで運ぶと考えるところだろうが、まさか、麻酔で眠らせた馬を数頭に分けて、霊柩車や小型のコンテナ車に乗せていたとは神様でも気が付くめえってやつだ。こんな手を思いつくとはさすがランスロット卿! 昔取った杵柄ってとこかあ?」


 若年層の意見を聞いて、ラモラック卿とトリスタン卿は新聞から顔を上げると、前方で銃を磨いているランスロット卿――ジョナサン・ディオールの方を見つめる。


「いや、私はただ警察の心理の裏をかいただけのことだ。別に褒められるようなことじゃない」


「こら! ラモラック卿とトリスタン卿! 話すのはいいが、ちゃんと手も動かせ!」


 すると、謙遜するランスロット卿の傍らで、ガウェイン卿――アイザック・ウィリアムズが厳めしい顔で二人を嗜めた。


「へいへい。相変わらずガウェイン卿は厳しいなあ」


「やっぱ軍人上がりだけのことはあるねえ」


「うるさい。お前らが緩み過ぎなんだ。ユーウェイン卿とパロミデス卿を見習え。さっきから黙々と仕事をしているぞ」


 怒られて、しぶしぶ文句を言いながら剣の手入れを再開する二人に、ガウェイン卿は後にいるユーウェイン卿と呼ばれるジャック・スティーブンスとパロミデス卿を称するアヴドゥル・バットゥータの方を視線で指し示す。


「いやあ、別に黙々という訳でも……」


「ただ普通にしてるだけで……」


 見ると、二人は苦笑いを浮かべ上がら、ボロ布で銀色に光る兜をピカピカに磨いている。


「それにモルドレッド卿とガヘリス卿だって、うら若き少女達ながらしっかり働いているではないか」


 次にガウェイン卿が目を向けた先では、モルドレッド卿であるミッシェル・ラドクリフとガヘリス卿なるナンシー・ワトソンがボディー・アーマーの修理をしていた。


「フン。私はただ言われた仕事をやっているだけだ」


「ガウェインお兄さま、年齢や性別は関係ないですわ」


 ガウェイン卿の言葉に、モルドレッド卿は不機嫌そうに呟き、それに追従するかのようにガヘリス卿もツンとした態度で彼に文句をつける。


「うう…ベディヴィエール卿、あなたからもなんとか言ってください」


 皆の反応があんまりだったので、ガウェイン卿は顔をしかめながら、自称ベディヴィエール卿ことベドウィル・トゥルブに助けを求めた。


「ハッハッハ…まあ、二人のはしゃぐ気持ちもわからんではないからな……今回の冒険での皆の働きも大変すばらしいものだった。見よ。ここにある伝説の武器達を眺めるだけでも、我らがいかに偉大な冒険をして来たのかがわかるというものだ」


 そう語り、自らの紋章の入った盾を磨く中年紳士の見つめる先には、壁際の専用ラックに掛かったアロンダイトやガラティーン、クレシューズ、マルミアドース、セクエンス、カルンウェナンといったアーサー王伝説に関わりのある刀剣、また、その上の天井近くにはロンゴミニアドの槍が荘厳さをもって飾られている。


 ベディヴィエール卿の言に、騎士達も各々の手を止めて、その上に自分達の果たしてきた冒険の数々を重ねながら伝説の武器類を見上げた。


 室内を見渡せば、その他にも彼ら新生円卓の騎士団が用いているボディー・アーマーや銃火器類、刀剣類に始まって、先日の〝幽霊の狩猟〟で使用した中世の甲冑から、彼らがこれまでに蒐集した武器以外のアーサー王や円卓の騎士達に関する遺物までもがすべてここに収められている。


 ここ、建物地下一階にある倉庫は、現在、彼らの武器庫兼宝物庫として使用されているのだ。ただし、トゥルブ家に伝わっていたエクスカリバーとアーサー王の王冠・王笏・宝珠のレガリア三点セットだけは、いまだ現れぬ現世のアーサー王の代わりとして、建物二階にある円卓の置かれた大広間の方に安置されているのであるが……。


「……ああ、そうだ!」


 そうして、彼らの軌跡を辿る記念館ともいうべき場所でしばし感慨に浸る時間が流れた後、ガウェイン卿が思い出したかのように口を開いた。


「そういえば、そこにある旧トゥルブ家邸博物館から奪還した〝石に突き刺さった剣〟ですが、大き過ぎて置き場がなかったのでこっちに運んでおきましたけど、やはり大広間に持って行った方が良かったですか?」


「んん?」


 ガウェイン卿に促されて、ベディヴィエール卿がそちらに目を向けると、専用ラックのある壁の隅に、ワイン樽ほどの大きさの岩に一本の長い剣が突き刺さったものが置かれている。いや、より正確に言えば、その剣は岩に刺さっているというより、その岩に融合するかのようにしてくっ付いた金床へ突き立てられていると言った方が良いであろう。


「あ、そういやガラハッド卿。君、あれ抜くの試してみたかい?」


 声につられてベディヴィエール卿以外の者も全員そちらを注視したが、その中の一人、黒いジャケットを羽織った若者が、牧師のような黒服の青年にそう尋ねた。


 それは、おそらく〝アーサー王のもの〟以外にガラハッド卿が円卓に加わる時に抜いた〝川から流れてきた石に突き刺さった剣〟というものもあるので、そのことを踏まえての質問であろう。


「いや。一応、試してみたけど抜けなかったよ。やはり、あれはアーサー王にしか抜けない剣なんだ。そもそも私の持つべきダヴィデの剣は、あのベイリン卿みたいな双剣の男が持っているようだしね」


 その問いに、牧師のような青年は首をふるふると横に振ると、ランスロット卿が旧トゥルブ家邸博物館で相対したという男の話を口にする。


「ああ、あの黒尽くめの男か。私は直に剣を交えたが、確かにあの者は凶暴で剣の腕も立ち、まさにベイリン卿を思わす人物だった」


 すると、その名を聞いたランスロット卿も、あの夜の戦闘を思い出して感慨深げに言う。


「なら、きっと彼も私達みたいにベイリン卿の生まれ変わりに違いありませんわ……あ、でも、服装からすれば、黒い鎧を着て、知らずに兄のベイリン卿と戦って刺し違えた弟のベイラン卿の方という可能性もありますわね」


「それを言えば、俺が交戦したあの奇怪な女もまるでモルガン・ル・フェイのようなヤツだったぞ? 魔法でも使っているかのように宙を自在に飛び回っていたからな」


「ああ、あの女ね。確かに魔女みてえにエキセントリックな動きしてたな。それに、なぜか俺達より先にあの場所にいて、俺達の邪魔しようとしてたしな。きっと、あの女もアーサー王を苦しめた王の異父姉、妖妃モルガンの生まれ変わりに違いないぜ!」


 それには、ガヘリス卿、ガウェイン卿、ラモラック卿も食いつき、皆はその話題で一気に盛り上がりを見せようとする。


「………………」


 しかし、ベディヴィエール卿だけは〝岩に突き刺さった剣〟を見つめたまま、黙って、彼らの話に加わろうとはしていなかった。


「…? ……どうしたんですか? ベディヴィエール卿」


 その様子に気付き、ランスロット卿が怪訝な顔で彼に問いかける。


「ん? ……あ、いや、何。なんでもない………」


 そうは答えたものの、彼はなおもそれを見つめたまま、腑に落ちぬという表情をして眉間に皺を寄せている。


 彼――ベドウィル・トゥルブがそのような態度を見せる理由……それは、その〝岩に突き刺さった剣〟が紛れもなく旧トゥルブ家邸博物館から奪取して来た物のはずなのに、それに彼はまるで〝見憶えがなかった〟からであった。


 あの博物館にあったアーサー王関連の宝物はすべて、彼の家に代々伝わる、よく見知った伝世品であるはずなのに、ベドウィルには見た憶えはおろか、そのような物があると聞いた憶えもなかったのである。


「ベイリン卿と妖妃モルガン……遂に僕らにもライバル出現ですね!」


「なんか、おもしろくなってきたっす!」


「いや、おもしろがってばかりではいけない。彼らも悔い改めさせ、正しき道に導いてやらなくては」


 一方、そうしたベドウィルの疑問を他所よそに、若手三人組も新たな強敵出現の話題に興奮気味な声を漏らしている。


「……なんだかよくわからんが……まあ、良いか……」


 そんな明るい喧噪の中、ベドウィル・トゥルブは人知れず、まるで狐にでも抓まれたかのような不思議な気分で独りそう呟いた。

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