間章 エレックとエニード――マクシミリアン・フォン・クーデンホーフ(30歳)とジェニファー・オーモンド(29歳)の謀(1)

「――なるほど。それで、お二人の間にはケンカが絶えず、ついには離婚まで考えるようになってきてしまっていると……そういう訳ですね?」


 診察室で、マクシミリアンとジェニファーの前に座った中年の紳士―—ベドウィル・トゥルブが、いかにもカウンセラーらしい穏やかな声で二人の説明した話を要約して確認する。


「はい。その通りです。別に離婚がしたいわけではないんです。でも、こうなってしまっては、いっそ、そうした方がお互いのためにいいんじゃないかと……」


「わたし達、もう別れるしかないのでしょうか?」


 対して二人も、素人にしては上出来の芝居を続けたまま、真剣な眼差しで訴えるようにしてそう答えた。


 かつてのエクスカリバーの持ち主・ベドウィル・トゥルブと〝アーサー王の円卓〟をシンボルに掲げる事件の犯人との関係を探るため、彼の経営する恋愛カウンセリングを訪れたマクシミリアンとジェニファーは、そうした離婚の危機に瀕している国際結婚夫婦を偽り、彼のカウンセリングを受けている。


 設定におけるケンカの原因は、お互いの国の文化の違いもあるが、夫であるマクシミリアンが会社を解雇されて家でごろごろしているという、いかにもありそうなベタなものだ。


 二人がそんな嘘を吐いてまでカウンセリングを受けているのは、なにも学生時代、劇団に入っていて小芝居するのが趣味なのでも、恋愛カウンセリングに興味があって、前々から是非一度を受けてみたいと思っていたからでもない。二人には、演じている嘘の夫婦にも負けず劣らずの切実とした理由わけがあるのだ。


 かたやICPOの捜査官という部外者、かたや捜査担当から外されている刑事という完全蚊帳の外に置かれた状態の二人に正攻法でベドウィル・トゥルブを聴取する権利はなく、そこで彼に近付いて話を聞き出すため、偽の患者クライアントになるという方法をマクシミリアンは思い付いたのだった。


「いや、別れる必要はありません。というより、あなた達は離婚という逃げ道を選ぶのではなく、二人で力を合わせ、その問題に真正面から立ち向かわなくてはならないのです」


 偽りの救いを求める二人に、ベドウィルはもっともらしいことを言って諭す。


「マクシミリアンさん、それにジェニファーさん、わたしはあなた達によく似た一組の夫婦を知っています。あなた達と同じ問題を抱え、それを乗り越えた夫婦を」


「わたし達と同じ……それは、いったいどういう……」


「教えてください! その夫婦は、どうやって問題を乗り越えたのですか⁉」


 ストーンヘンジでもそうだったが、職業上、捜査のスキルとして身に着けているのか、マクシミリアンとジェニファーも迫真の演技でそれに答える。


 ちなみに二人はジェニファーのファミリーネーム以外、実名のままでカウンセリングを受けている。


 マクシミリアンの思い付きで、準備期間もないまま本番へ突入してしまったこともあり、下手に偽名を使ってボロを出すよりは良いという判断である。


 ま、さすがにICPOやスコットランドヤードの在籍名簿まで調べられることはないだろうし、実名の方が身分証明書などを求められた時にも都合がいい。


「お二人は、エレックとエニードという人物をご存知ですか?」


「エレックとエニード? ……さあ、どこかで聞いたような……」


 唐突にベドウィルが口にしたその質問に、マクシミリアンはよく知っていながらも、惚けた振りをしてそう答える。同じくジェニファーも、その隣で小首を傾げ、口を噤む。


「二人は、クレティアン・ド・トロワの書いた『エレックとエニード』に出てくる主人公の夫婦です。夫のエレックの方は円卓の騎士の一人でもありますね」


「円卓の騎士? ……というと、あの、アーサー王のですか?」


 なおも惚けて、マクシミリアンはベドウィルに聞き返す。


「そう。アーサー王の円卓の騎士です。そのエレック卿と、その妻であるエニードの夫婦が、実はあなた達お二人にとてもよく似ているのですよ」


「ええ⁉ そんな、騎士と貴婦人の夫婦がですか?」


「いったい、どのように似てると言うんです?」


 夫役のマクシミリアンに合わせ、ジェニファーも訝しがる妻を熱演して尋ねる。


「それは、クレティアンの書いた二人の物語を知ればよくわかりますよ。その筋は、ウェールズの騎士物語『ゲレイントとエニッド』に類似しています……」


 そんな二人にベドウィルは疑うことなく、饒舌に『エレックとエニード』の話を語り出した。


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