ⅩⅠ 円卓のカウンセリング(5)

 それから20分ほど後……。


 ピカデリー・サーカスから地下鉄で二駅先のコヴェント・ガーデン駅まで行った刃神達三人は、駅から北上してニール・ストリートを歩いていた。


 この若者やオシャレなロンドンっ子に人気のあるこじんまりとした通りは、平日の午前中であっても結構な賑わいを見せている。狭い通りに面して立ち並ぶビーズ・アクセサリーの店やお茶専門店、アフリカ民芸の店やベルギー料理店など、個性豊かな店舗を物色しながら、センスの良い地元民やロンドンを訪れた旅行客達がぞろぞろと歩いている。


 そうした人の波を掻き分けるようにして、刃神達も左右をきょろきょろと眺めながら、通りを北方向へと進む。ベドウィル・トゥルブが恋愛カウンセリングを行っている〝カウンセリング・オブ・円卓ラウンドテーブル〟を捜しているのだ。


「あ! ありましたよ。あそこです」


 しばらくすると、アルフレッドが前方を指差し、他の二人にその場所を示した。


 見ると人々の頭越しに円卓にハートのキングを組み合わせた看板の絵が目に映る。アルフレッドが言っていた通り、小さいが赤煉瓦と白い壁のなかなかに小洒落た建物である。


「どうやら今日はやってるみたいね……さてと。それじゃ、さっそく作戦開始と行きましょうか。これまでの豊富な恋愛経験から〝嘘の〟悩みもばっちり思い付いたし」


 入口のドアに掛った「オープン」の看板を確認すると、マリアンヌは準備運動でもするかのように手を組んで腕を伸ばしながら言った。


「ま、小娘のてめーに豊かな経験があるとも思えねえが、無知な小娘を自でいきゃあ、なんとか騙せるだろ」


 隣を歩く刃神も円卓の看板を不敵な笑顔で見つめながら、いつもの悪態を口にする。


「だから誰が無知な小娘よ! ほんっと、あんたって失礼なヤツね!」


 そのコメントに、やはりいつものようにマリアンヌが声を荒げようとしたその時。


「ちょっと待て!」


 不意に刃神が真面目な表情を見せたかと思うと、手を挙げて彼女の口を制する。


「おい、あれを見ろ」


 そして、なぜか声を潜ませると、診療所の方を顎で示したのだった。


 怪訝な顔で刃神を見つめ、彼の示す方向へと再び視線を向けるマリアンヌだったが、その言葉の意味するところを彼女もすぐに理解した。


 カウンセリング・オブ・円卓ラウンドテーブルの前を行き交う人々の雑踏の中に混じって、彼らが見覚えのある人物――先日、ストーン・ヘンジで唐突に話しかけてきた、あの奇妙な男女二人組が立っていたのである。


 即ち、刃神とマリアンヌは未だその名も素生も知らないが、マクシミリアン・フォン・クーデンホーフ捜査官とジェニファー・オーモンド刑事だ。刃神達と同じ目的でスコットランド・ヤードを出た二人は、タクシーに乗って一足早くこの場所へ着いていたのだった。


 ここニールストリートは、ブロードウェイ街にあるヤードからもほど近い。つまり、大胆不敵なことには、刃神達がいつも屯している〝緑男の骨董店グリーンマンズ・アンティーク〟とヤードも、やってる〝裏の商売〟のわりに実はそれほど離れていない距離にあったりなんかする……。


「見付かるとマズイな。そこらに隠れるぞ」


 刃神はそう小声で告げるや、マリアンヌと独り訳がわからぬという顔をしたアルフレットを促して、診療所の斜め前にあった占いグッズの専門店へと急いで入る。


 氏素性は摑んでいないものの、彼らがおそらく警察関係者であろうことを刃神もマリアンヌも感覚的に嗅ぎ取っている。


「なんであいつらがこんなとこにいるわけ?」


 水晶玉やら占いに使うウジャ板やらが並ぶ店のショーウィンドウ越しに二人を見つめ、マリアンヌが刃神に尋ねた。


「俺達と同じってこったろう。あいつらもベドウィル・トゥルブの居場所を突き止めたんだ。おっ、中に入ってくぞ!」


 同じくショーウィンドウから様子を覗いつつ刃神が答えている間にも、二人は診療所の入口のドアを開け、建物の中へと消えて行く。


「あいつら、やっぱり騎士どもを追ってるサツだったらしいな……さもなきゃ、あの後、別れ話の持ち上がったカップルか、〝円卓〟と聞いて吸い寄せられた本当に物好きなアーサリアンかだ」


「あのう、ちょっとばかし説明をいただけるとありがたいのですがあ……」


 険しい表情で外に視線を向ける刃神に、アルフレッドが遠慮しがちに尋ねる。


「ああん? ……ああ、そうか。てめーはいなかったからな。いやなに、この前、ストーン・ヘンジを小娘と一緒に調べ行ったんだがな、そん時、あの二人に偶然、出くわしたんだよ。でな、ヤツたの言うには――」


 刃神はその時の経緯を手短に話して聞かせた。

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