間章 ボールス卿――ロバート・ウィルソン(21歳)の独白(2)

 運命……そう、運命ですね…と独り言のように呟くと、彼は唐突に、ボールス卿―ボールス・ド・ゲイネスという人物をご存知ですか? と訊いてきた。


 突然のことに、最初、僕はなんのことを言っているのかさっぱりわからず、誰ですかそれは? と尋ね返した。


 するとカウンセラーは、アーサー王の円卓の騎士の一人ですよ。ガラハッド卿、パーシヴァル卿とともに〝聖杯の探求〟を成功させた三人の内の一人でもありますと、ポカンとした顔で訝しむ僕を他所に、後に僕の運命を左右することになるその人物ついての説明をおもむろにし始める。


 聞いてる内に、そういえばアーサー王の聖杯探求の物語の中でそんな人物もいたような気もしてきたが、僕はアーサー王伝説についてそれほど詳しくないので、初めて聞く話とほとんど変わりはない……いや、本当はこの現世において初めて〝思い出した〟というべきなのだろうか?


 彼の話にようと、そのボールス卿という騎士は次のような人物であるらしい……。


 サー・ボールス……父親はブリテン諸国の王達が反乱を起こした際にアーサー王に味方したガリア(※現在のフランス)のボールス王で、ランスロット卿とは従兄弟の間柄にあり、父親と混同しないように〝ボールス・ド・ゲイネス〟と呼ばれることもある。


 物語においてはアーサー王のローマ遠征の時期から登場しており、円卓の騎士としてはなかなかに古参である。


 ローマ遠征後、物語の主役がアーサー王から円卓の騎士達に移ると放浪癖のあるランスロット卿を探し回るような形でたびたび登場し、グウィネヴィア王妃からはランスロット卿のことでその都度、相談を受けるくらい、かなり頼りにされていたようだ。


 また、アグラヴェイン卿らの襲撃から逃げ出したランスロット卿がボールス卿のところへ駆け込んだり、あるいは負傷したランスロット卿が従者のラヴェイン卿にキャメロットへの使いを頼む際、「ボールス卿を尋ねろ」と指示するなど、ランスロット卿からも信頼されている。


 むしろ、ランスロット卿は弟であるエクター・ド・マリス卿よりもボールス卿を頼っているとすら言えるほどだ。


 また、聖杯探求においては、他の円卓の騎士達が悉く失敗する中、ガラハッド卿やパーシヴァル卿のような活躍はしないものの、彼らとともに旅をして、ついに聖杯に到達することに成功している。


 しかもその後、ガラハッド卿、パーシヴァル卿は相次いで亡くなってしまうが、ボールス卿だけは聖杯に到達した騎士の唯一の生き残りとしてアーサー王の宮廷に帰還し、事の顛末を報告しているのだ。


 物語の終盤、ランスロット卿とアーサー王の対立により内乱が始まるとランスロット卿派につき、アーサー王を落馬させ、命を取る寸前にまで追い込むほどの活躍を見せている。


 そして、その戦争が和議によって終了すると、ボールス卿はランスロット卿によりクローダスの国王に封じられるが、ランスロット卿が出家したので彼に従い自身も出家し、ランスロット卿の死亡後は彼の遺言によりエクター・ド・マリス卿らとともに聖地へ向い、そこで異教徒であるトルコ人らと戦って、聖金曜日に死亡したとされている。


 以上が、カウンセラーの語ってくれたボールス卿の大まかな生涯であるが、僕が興味を抱いたのは、そんな彼の華々しい武勇伝に対してではない……僕を驚かせたのは、彼の境遇がなぜか〝僕に似ていた〟ことである。


 そう……ボールス卿もまた、アーサー王の物語においては主人公を助ける〝引き立て役〟であり、〝損な役回り〟ばかりをさせられていたのだ。


 例えば、グウィネヴィア妃がパトリス卿という騎士を毒殺したというあらぬ疑いをその従兄弟のマドール・ド・ラ・ポルト卿にかけられた時のことだ。


 グウィネヴィア妃は自分の無実を証明するために誰か代理の騎士を立ててマドール卿と闘わせなければならなくなったのだが、ちょうどその頃、くだらない彼女のヤキモチからランスロット卿は追放されてしまっていたので、仕方なく彼の代わりにボールス卿が王妃を擁護して闘わなければならない羽目となった。


 しかも結局は闘いが始まろとするその時、ランスロット卿が颯爽と現れてマドール卿を打ち負かしてしまうので、やっぱりボールス卿は引き立て役として終わるのである。


 この他にも、彼はランスロット卿がグィネヴィア妃の不興を買う度に妃の取るに足らない愚痴を延々聞かされた挙句、二人の中を取り持つ役割をさせられているし、散々忠告したにも関わらず、アグラヴェイン卿の罠に嵌って二人が浮気現場を押さえられた時には、その後に起きるであろう王妃の夫・アーサー王との争いに備えて、誰と誰がランスロット側に付くのかを調べに行かされたりもしている。


 頼りにされているといえば聞こえはいいが、ようは二人の尻拭い役をいつもさせられているのである。


 それは、奇遇にも僕と同じだ……僕も、常に皆の尻拭い役なのだ。


 聖杯探究の冒険においても、やはりボールス卿の扱いはそんなだった……。


 ガラハッド卿が父のランスロット卿と、パーシヴァル卿が彼の妹と再会して冒険のストーリーが進んでいる間、彼だけは怪我をした騎士を倒そうとしている非道な騎士を見かけ、それを追って脇道に逸れて行ってしまうのだ。


 その話を聞ききながら、僕は〝怪我をした騎士〟という要素に、なんだかダートモアでの一件のことを思い出していた。彼も僕と同じように、そいつのためにイベントからリタイアしなくてはいけなかったのである。


 それに、そもそも聖杯の探求…いや、アーサー王伝説全般を通してのボールス卿の役回りは、物語の主人公というより〝物語の目撃者〟なのだ。彼はアーサー王の死後も生き残り、さらにランスロット卿の死も見送っている。


 同じく僕も、やはり主人公自身ではなく、常に主人公の傍で〝物語を見守る〟役柄である。


 この奇妙な役回りの一致に、僕はなんだか運命的なものを感じた。


 彼は…ボールス卿はアーサー王伝説の中に出てくる架空の人物のはずなのであるが、何かこう、彼とは浅からぬえにしで結ばれているいるような、そんな感覚を覚えたのである。

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