Ⅸ 冒険ごっこ(4)

 同日午前9時。スコットランド・ヤードの資料室……。


 ファイルの詰まったスチール製ラックの林立する部屋の中で、片隅に設えられたPCの画面を覗き込みながら、マクシミリアンとジェニファーも新たに起こったこの事件について思索を巡らしていた。


 なぜ、こんな人気のない辺鄙な場所でそんなことをしているのかといえば、部外者のマクシミリアンが事件に首を突っ込むのに、経済及び特殊犯罪課のオフィスではいろいろと難があるからである。


「やっぱり、これも同一犯の仕業なのでしょうか?」


 PCを前に座るマクシミリアンに、背後から立ったままのジェニファーが尋ねる。


「おそらくは。このタイミングでまた〝円卓〟となれば、無関係とは考えられない……グレグスン警部の言っていた冗談が本当になるかもしれないな」


 素人の運営する怪奇現象系サイトのBBSに寄せられた膨大な〝ハンティング街道の幽霊の狩猟〟目撃情報を目で追いながら、先日、アダムス邸でグレグスン警部が漏らした「本当に甲冑を着た騎士が犯人ではないか?」という言葉を思い出してマクシミリアンは呟く。


「襲われたナショナル・スタッドの警備員も、騎士のような甲冑を着た者に殴り倒されたと証言している。その後、どう捜査の目を掻い潜ったのかはわからないが、ニューマーケットで盗んだ馬を車でサマセットまで運んだことだけは確かでしょう……その手並みの良さ。どうやら馬の扱いにもかなり慣れているようだ。ますます騎士のイメージが湧いてくる犯人像だとは思いませんか?」


「その騎士がコーンウォールとリッチモンドの犯人でもあると……ですが、もしそうだとしても、今回の犯人達の目的は一体なんなのでしょう?盗んだ馬も現場に置いて行ってしまって……コーンウォールの件は物盗りとはっきりしていますし、ディビッド・アダムスの殺害についても何か私的な怨恨と考えれば、わからなくもないのですが……」


「確かに、金銭欲や怨恨という一般的な線から紐解こうとすると理解し難いものとなってしまうが、これをそうした動機など意味をなさない愉快犯だと見れば、さして驚くべきことでもない。犯人達は自らの存在を世に知らしめることに快楽を覚えているんですよ。その自己主張的な犯行の傾向は例の円卓カードにも表れている……そうだ。カードと言えば、オーモンド刑事。過去のいくつかの事件においても、あのカードが現場に残されていたと言いましたね?」


 困惑した顔で訊くキャサリンに答えると、思い出したかのようにマクシミリアンは彼女の方を振り向く。


「あ、はい。これまで誰もそんな事件は聞いたことなかったので期待薄ではあったのですが、本部で各行政区カウンティの警察署に例のカードの見付かった事件はないかと照会してみたところ、思いがけず何件もの前例が見付かったんです。それも、今回の件とはまるで関係のないような事件で……どうやら、そのためにどこも関連付けては考えていなかったみたいですね。ちょっと、失礼します」


 そう断ると、ジェニファーはマクシミリアンの脇から潜り込み、マウスを操作してお目当てのファイルを開いた。彼女の付けているバラの香水の芳香が、不意にマクシミリアンの鼻を掠める。


「これはその事件をまとめた一覧です。リンクが貼ってありますので、タイトルをクリックしてもらえば、その事件で見付かったカードの画像が出ます」


 画面には、10を超える事件の名称と簡単な説明が並ぶ表が映し出されていた。場所は様々で、イングランドだけでなく、ウェールズやスコットランドのものもある。


「起きた日時順に並んでいますが、まず一番初めにあるものは昨年の一月末から二月中旬にかけて、奇しくも旧トゥルブ家邸博物館と同じコーンウォール州内で起きた銀行のキャッシュ・ポイント(※現金自動預け払い機)の連続現金強奪事件です。犯人はいまだ捕まっていません。件数は3件ですが、いずれもキャッシュ・ポイントを破壊し、一ヶ所につき約3万ポンドの現金を奪っています。その3件すべての場所に円卓のカードが残されていたとのことです」


 言ってジェニファーはタイトルをクリックし、その3件の事件現場にあったというカードの写真を映し出す。


「……先日見たものと全く同じだな」


 そこに映っていたのは、マクシミリアンの言葉通り、紛うことなき旧トゥルブ家邸博物館とディヴィッド・アダムス邸で見たあのカードだった。


「しかし、以前、このような事例があったのに、なぜ、コーンウォールの方では今回の旧トゥルブ家邸博物館の事件と関連付けて考えなかったんですか? 同一犯と思われる3件の現場で共通して見付かっているというのに……」


 3枚のカードのデジタル画像を青い目で睨みながら、マクシミリアンが不思議そうに尋ねる。


「それが事件当時、地元警察は3件を同一犯の犯行と判断はしたものの、カードの方には着目なかったようなんです。一応、現場の遺留物として保管はしておいたようなのですが、落し物かガラスに張ってある宣伝広告か何かだとしか考えなかったみたいで……今回、情報が上がって来たのだって、問い合わせをして事件の担当だった者がそういえばと思い出してくれたからいいものの、もしそうでなかったら永遠にわからなかったところです」


「なるほど……で、次はエセックス州コルチェスターで起きた現金輸送車襲撃事件か」


 ジェニファーの説明する地元警察の対応に、マクシミリアンはどこか不満げな様子で頷くと、二番目に記された事件のタイトルを読み上げる。


「はい。同2月中旬に、3人組のグループによって銀行へ向かう途中の現金輸送車が郊外の路上で襲われ、約10万ポンドが奪われた事件です。こちらも犯人はまだ捕まっていませんが、運転手や同乗していた警備員の話によると、全身黒尽くめで目出し帽を被り、拳銃で武装した連中だったみたいです。今回のように甲冑を身に着けていたというような証言はありません。カードの方は現場の路上に落ちていたものを、こちらも一応、遺留物として回収しましたが、やはり事件に関係するとは考えられず、あまり重要視はされなかったようです」


「愚かな。先入観でものを見過ぎだ……」


 ジェニファーがクリックして見せた次のカードを見つめ、マクシミリアンは淡々とした声の調子ながらも、イライラした心情を微かに目の色に浮かべて呟いた。


「今の我々のようにその意味するところを知らなければ、案外、そんなものなのかもしれません……その次の三つ目は、同年3月にバークシャー州レディング郊外のシルチェスターで起きた、やはりキャッシュ・ポイントを破壊しての連続強奪事件です」


 対してジェニファーは自分達英国警察を多少擁護するようにそう述べると、立て続けに各事件のあらましを説明しながら、その場で見付かったカードの写真を順々に見せていく。


「ここで見付かったカードの扱いも、最初のコーンウォールのものと似たか寄ったかです……その次、四つ目は同年4月初旬、ウィンザーの宝飾品店に深夜、反抗グループが押し入った事件では、監視カメラの映像から五名の者の関与が認められています……さらにその下の五つ目は――」


 その後、表に並ぶ順にジェニファーが説明した事件は以下のとおりである。


 5月に起きた西ウェールズ・カーディガンでのキャッシュ・ポイント連続強奪事件。


 6月中旬のサマセット州バースの現金輸送車襲撃事件。


 7月中旬、ウェールズ・カナーヴォンの同日中に同時に数ヶ所で起こったキャッシュ・ポイントの現金強奪事件。


 8月中旬、スコットランド南西部サウス・エァシャイアの州都エアでの現金輸送車襲撃事件。


 9月下旬、スコットランド・フォルカークの、カナーヴォン同様、同時的キャッシュ・ポイント強奪事件。


 10月中旬、スコットランドの首都エディンバラで起きた宝飾品店強盗事件。


 少し時間を置いて12月中旬、デヴォン州エクセターのやはり同時的キャッシュ・ポイント強奪事件。


 そして最後は、3月初旬、ケント州カンタベリーにおいての現金輸送車襲撃事件。


 そのいずれにおいても件の円卓のカードが現場で発見されており、マクシミリアンはそれらのすべてを画面上で見ることとなった。

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